第17話 リュウトエンド
――冗談みたいな光景だった。
あんなに恐ろしくてたまらなかったリュウトの攻撃が、戯螺という人には全く届いていなかった。
その剣撃は空を切り、魔法はヒラリと躱され、策略、戦略も全て読み切られる。
「く……くそ!」
リュウトの顔には脂汗と焦りが滲んでいた。
息が上がり、何度も唾を飲み込んで乾いた喉を潤している。
それに対して戯螺は息ひとつあがらず、腕を組んで首を左右に振って何かを考えているようだった。
「はぁ……なん……だよ、さっきから避けてばかりのゴミが」
そんなリュウトの言葉にはピクリとも反応せず、戯螺は何かを思いついたように柏手を打った。
すると、彼は懐から小さな木箱を取り出し、そこからきらりと光る何かを取り出した。
「あ? なんだそりゃ」
訳の分からない行動にリュウト警戒心はより高まり、剣を強く握り締めたのか、皮の手袋が擦れる音が鳴る。
「貴殿の剣技に対しては刺突武器が有効と判断したのだが、我はその系統の武器を持ち合わせておらぬ故、これで代わりをと……」
それを聞いた途端、リュウトの肩は小刻みに震え始める。
「てめぇ、そのまち針で俺とやるってのか!?」
俺からの距離では針は視認できないが、戯螺の手は何かを摘むような手の形をしているのがみてとれた。
「我も初めての試みになる故、至らぬ点ばかりだとは思うが、何卒ご容赦願いたい」
戯螺は懇切丁寧なお辞儀を行い、まち針をスっとリュウトに向け、恐らく戦いの構えであろう形をとった。
「上級魔法! 【ヘルファイア】」
リュウトが大きな声でそう唱えると、巨大な魔法陣から明らかに高温な炎が獰猛な魔物のような勢いで戯螺に襲いかかる。
数メートル離れている自分でも熱さを感じる程の熱だ。
――しかし、戯螺はまち針をリュウトの方へ向けたまま真っ直ぐ駆けて来る。
「バカが、この炎は対象を燃やし尽くす温度に自動的に変動する。 触れれば最後…………痛っ!」
言葉が途絶え、リュウトは魔法を放っていた右手を左手で掴み自身に引き寄せた。
当然、魔法は途中で消えてしまった。
「確かに恐ろしい術であるが、予備動作、息遣い、が容易に読み取れる。 それでは何か仕掛けてくると敵に教えているようなものだ」
「なめやが――」
「この距離は針の有効射程内ゆえ、反撃いたす」
言葉を言い終わらないうちに、戯螺の腕はイカズチのような速さでリュウトの顔面に向かって飛んでいく。
「――は? なに暗っっっ!」
リュウトの右目から血が噴き出す。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁ」
息つく暇もなく戯螺の連撃は続く。
まち針による容赦のない攻撃により、リュウトの体中に小さな穴があけられる。
「う・・・うがぁ・・く、や、やめ、やめろ」
リュウトの体はみるみるうちに赤く染まっていく。
持っていた剣で必死に暴れようにも片目を失っているため、あてることもできない。
「じ、、じぬ・・・ほんとにやめ・・・・・ろ」
例え針の穴程度といえど、これほどまで出血してしまったら、まともに立ってなどいられない。
リュウトの姿勢は崩れていき、最終的には地面に蹲って動かなくなった。
「勝負ありか」
戯螺は一言そういうと、一枚の布を取り出し針に着いた血を拭って、木箱に片づけた。
ヒューヒューと小さな息をたててそのまま動かないリュウト。
「――ダンダラ、頼みますよ」
黙っていたピートがそう言うと、ダンダラと呼ばれた中年の男性はけだるそうにぼりぼりと頭を掻く。
「やっぱり? お前ら相変わらず怖いこと考えるな」
ダンダラはリュウトに向かって手をかざす。
するとリュウトの体はエメラルド色の美しい光包まれ、その体についていた傷がまるで嘘のように治っていく。
「体が、目が治ってやがる!」
リュウトは飛び起きて、自身の体をまさぐると、あたりを見回し自身の剣を拾いあげる。
「ば、化け物どもが!」
なんとも気の抜けた情けない声でそうイキがると、よろけながらダンジョンの出口に向かって走り出した。
「――おぉっと、なに勝手に逃げようとしてんだ!? そんなことのためにお前を治してやったわけじゃねぇつぅの!」
リュウトの首根っこを掴んでいたのは雷華だ。
「は、放せ!!」
「おいおい、散々ウチらの主をいたぶっといて、一回死にかけた程度でことが収まると思ってんのか?」
雷華はリュウトを壁に投げ飛ばす、その勢いで壁に張り付いたリュウト。彼の胴を伸ばした足で押し付け、体が壁からずり落ちないようにする。
「アタシら幹部全員。 お前をいたぶらないと気が済まないからよ、それまでは何度も死んでもらうぞ」
その言葉を皮切りにリュウトの体が小刻みに震えはじめる。
それはさっきまでの怒りによるものではない、あれは恐怖によるものだ。
この距離から見ても顔が青ざめているのがわかる。
「い、いやだ! いやだいやだ いやだいやだ いやだいやだ! 帰りたい帰らせてくれ!」
リュウトは首を必死に横に振って叫ぶ。
その時たまたま俺と目が合った。
「れ、れい!! れい、れいさん! いやレイ様!! 頼む助けてくれ!! 悪かった今までのことは謝る。 もう活動もやめるし、この炎上騒ぎの責任も取る、おお願いだ、たすけてぇ」
「ちっ‼ 興覚めなこと言いやがって」
雷華はぐりぐりと足を左右に揺らし、体にめり込ませる。
「ぐぇ」
リュウトはそれ以上声を出せなくなった。
「――ちょっとまってください!」
俺は走ってリュウトの所に駆け寄る。――考えるより先に体が動いていた。
「おいおい、主さん。 コレは結構トンデモないことをアンタにしたんだろ? もっと苦しめてここで殺しといたほうがいいんじゃないのか?」
雷華は明らかに自身のうちから湧き出てくる闘争本能を、発散したいだけように見える。
彼女にとって俺とリュウトの因縁は暴れるために体のいい言い訳なのだろう。
「お、俺が主なのであれば、俺の言うことを聞いてください! 彼の命は奪わなくていいです。 ちゃんと罪を償ってもらいたいので」
雷華の目をジッと見つめながらそう主張した。
――怖い。 だって彼女らが俺の言うことを聞かず殺さないという保証なんてないのだから。
「はぁ、甘っちょろいな。 まぁいっか」
雷華はため息交じりにそういうと、リュウトから足をどかす。
「――はぁはぁ、はぁ、早く命令しやがれ」
リュウトはあくまで高圧的な口調を崩さなかった。
「このダンジョンをでたら、必ず今回の件の本当のことを証言してください」
「――あぁ」
力なくそう答えるリュウト。
「男。 ウヌがもし主様の言うこと聞かなければすぐにわかるぞ」
さっきまで黙っていた雪偽と呼ばれていた女性が、そう告げた。
「それは本当です。彼女は一度覚えた魔力は二度と忘れずその感知範囲は全世界に及びます。 あなたが海外に逃げようと、我々はあなたの居場所を特定できますので」
次いでピートもリュウトにそう告げる。
「――わかったよ」
リュウトは観念したように、ゆっくりと立ち上がると、ダンジョンの入り口に向かって歩き始めた。
「――主様。 本当によろしかったのですか? 殺さないというご命令だけであれば、ダンダラもいますのでもっと苦しめてから生かすこともできたのですが」
ピートは俺の顔色を窺うように覗き込んできた。
「大丈夫、あんな奴に時間を使う方がもったいないよ。 ゴン太さんやマジカルOLさんの体調も心配だし、家では姉さんが待ってるからね」
ピートはまだ少し納得いってなさそうな顔だったが、それ以上は何も言わなかった。
――その時だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ダンジョンの入り口のほうから叫び声が鳴り響く。
すると先ほど、ダンジョンの入り口に行っていたはずのリュウトがこちらに走ってきていた。
しかし彼の体はすっかり変貌しており、その体はどんどんと膨張していった。
その場にいた全員が状況を理解できず、あっけに取られていた。
そして――彼は血しぶきをあげて破裂した。
「――使えぬ男。 やはりこれ以上は生かしておけないな」
ダンジョン内に知らない男の声が鳴り響く。
【あとがき】
7月10日辺りに18話目を更新出来たらと思います。
メインで書いている作品のあいまに思いつきで書き始めましたので、投稿頻度は不定期です。
それでも続きが気になると思ってくださいましたら是非フォローをお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます