第6話 前へ

「味薄いね……」

「そうか?」


 レシピ通りに作ったはずなのに薄味に出来てしまった鍋を、リンカは美味しそうに食べ進める。もしかして普段ちゃんとした食事を食べていないのではないだろうか。


「きさ……お前が居てくれるおかげで今日は楽しい気分だ」

「良かった。今日はずっと居るからね」

「……今日だけなのか……?」


 リンカの寂しそうな顔に不意打ちを食らった。何か僕の中で変な感情が湧いてくる。


「そ、その……リンカはさ…………男の僕と二人きりでだ、大丈夫なの?」

「ん? どういう…………あぁ」


 僕の態度から察したのか、リンカはニヤリといたずらっぽく笑みを浮かべる。


「お前はそういう風に私を見てたんだな」

「ちっ、ちがっ! くもない……ってからかうのはやめてくれ!」

「アッハッハッハ! 冗談だ! お前なんかが私をどうこう出来る訳ないだろう?」

「うう……」


 顔が熱くなりきっと今僕は物凄く赤くなっている事だろう。そんな僕を見てイタズラ成功といった風に大笑いするリンカを見て、恥ずかしさよりは嬉しさの方が上回った。


「……リンカが笑ってくれて、今僕凄く幸せなんだ」

「……」


 こうして笑い合えるのは最後かもしれない。

 そんな事はないのだろうけど、今まで何もしてこれなかった分を今ここで全て吐き出すことに決めた。


 ――――――――


 カケルが何やら真面目そうな話をし始めたので、鍋をつつきながら静かに話を聞くことにした。


「リンカは僕が小学生の頃虐められてたの覚えてる?」

「ああ、そんな事もあったな」


 久しぶりの鍋美味しいな。

 

 昔話か。確かあの時、暴力を受けていたカケルが羨ましくて耐えられなかった私がつい割り込んだやつだな。


「あの時、僕にかけてくれた言葉……覚えてる……?」


 ん……? なんだっけな。確か……。


「いじめられたいの? だっけ」

「そ、そうだけどその後にさ、やり返さなきゃ変わらないって言ってくれたでしょ」


 ああ段々思い出してきたな。いじめっ子達、私には殴ってくれなくて悲しかったなあ……。

 まあ次の日から地味な虐めが始まったけど、周りからの視線が1番気持ちよかったな。


「それで僕、勇気付けられたんだ。やりかえしてやろうって」

「ははは、結局ターゲットが私になって何も出来てなかったな」


 そう笑い飛ばしていると、カケルは更に真面目な顔で目を合わせてきた。何やら尋常じゃない雰囲気に久しぶりの美味しい鍋を食べる手を止めて、真剣に話を聞くことにした。


「ずっと後悔してるんだ。リンカは僕を助けてくれたのに、僕はリンカが虐められているのを見て何もできなかった。それどころか、僕からターゲットが外れて喜んですらいた」


 ふむ。よっぽどのドMじゃなきゃ普通はそう考えるよな。


「リンカが苦しんでいる時、僕は今まで力になれなかった。それがずっと……ずっと僕の心を締め付けてた」

「そうなのか……」


 苦しんでなんかいない。むしろ喜んでいた。だが、酷く苦しそうなカケルを見て罪悪感が生まれる。

 そしてカケルは続ける。


「リンカは……本当は心優しい普通の女の子だって事を僕は知ってる。辛いことばかりで人を遠ざけるようになったのも、何も大事なものを失いたくないからだって……僕は気付いてる」

「…………」


 そう……だったのか。


 カケルにとって私はそういう存在だったらしい。

 今までただただドM心を満たす為にしていた行動が、カケルをこんなにも心配させてしまうほど追い詰めていたという事に、私は気付いた。

 ようやく気付いたのだ。


「……すまない」


 素直に心から私は謝った。私のしてる事は常人には理解出来ない。そういうのが好きな性癖なんだと明かす気はないが、ドMの行動で誰かが悲しむのならば……それは考えを改めないといけない。


「リンカが謝る必要なんてない。これから……これから先、リンカが辛い時、苦しい時。僕が支える。絶対に1人にはさせない。リンカの笑顔が僕の何よりの幸せだから……」

「…………すまない…………ありがとう。お手洗い行ってくるな」


 高鳴る心臓に気付かれないよう、急いでトイレへ駆け込む。


(えええええぇぇぇええええ!!? な、なんか……めっちゃ私の事思ってくれてるんだが!!? 前世おと、男だぞ!?)


 鏡に映る自分の顔は、信じられないほど真っ赤になっていた。ほっぺたまで沸騰しそうなほど熱くなっている。


 (私の行動でカケルを苦しめていたのは本当に申し訳ないと思ってるし今後改めようと思ってるけど……か、カケルすっごくカッコいいセリフ吐いてない!? なんでこんなに恥ずかしいんだ!!?)


 女に生まれて初めて、まるでプロポーズにも近い告白を聞いてその熱意と想い全てが伝わってきた。

 

 男になんて興味ないのに、あんなにも熱の籠もったセリフを聞いて……そしてこんなにも自分の事を思ってくれてる。そんなのドキドキしない訳がないだろう!?


「リンカ」

「ふぇっ!?」


 ふいに扉の外からカケルの声が聞こえる。


「僕は……本気だ。そして確信した。僕のこの気持ち……リンカ、君のことを愛してる…………そ、それじゃ……」


 (嘘だろ…………反則だろ…………!? な、何? こいつ私に罪悪感与えてそこから愛の告白とかいう最高にドMが喜ぶ事してるんだが? 飴と鞭、いや鞭と飴の天才か? やばい……好きになっちゃう…………)


 もはや疑いようのない愛のプロポーズに、しばらくトイレから出ることが出来なかった。


 転生して今までお遊び気分だったリンカ。それが今、今世に真剣に向き合うキッカケをカケルの手により作り出された。

 ドMなTS転生者としてじゃなく、物語の主人公としてでもなく。


 氷坂凛華としての1人の人生が今、歌声をあげる。


 ――真プロローグ・完――


 ――――――――


「うう…………わざわざトイレ前まで行ってあんなに恥ずかしいセリフ…………でも気持ちは全部伝えた……! …………でもどんな顔したらいいか分かんない!!」


 カケルもカケルで、恥ずかしさに悶え苦しんでいた。

 

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