ギタイ
トラックが横転すると、走っていた勢いのまま道路の上を滑った。
氷の重さに負けた荷台は90度に傾いている。
つまり、僕らは荷台の幅だけ持ち上げられたということだ。
横転と同時に全身を衝撃が襲い、鎖が音を立て体に食い込む。
宙ぶらりんとなった僕の手に掴めるものはない。
無防備なまま、まったく身動きが取れなくなってしまった。
「くっ……まずいっ!」
鮮血に染まった氷の塊は、なおも成長している。
元少年の氷の中に、隣りにいた少女の切れっ端が見える。
彼らの関係はいったい何だったんだろう。
こうなった今、それはもう知り得ない。
「なんとか出来ないティムール!? あの爆食ってやつで!」
「おう! 鎖はむりだなー!! 氷も無理だぜー!!」
「えぇ?!」
「フ、フユ、ティムールの『爆食』は、生身……有機物にしかできないんだ」
「そ、そんなぁ?!」
ティムールが頼みの綱だったが、鎖や氷を食い尽くすことは出来ないらしい。
そういえば昔、無機物と有機物の区別を化学でやったな。
有機物は炭素が入っている
炭素が入ってないものと、炭素単体は含まない。
氷は水、炭素はもちろん入ってない。無機物だから「爆食」できない。
彼女の異能は強そうに見えたけど、意外と使い勝手がよくないんだなぁ……。
僕は宙ぶらりんのまま、必死で頭を働かせる。
どうしたらいい? このままだと僕らもあの少女みたいに氷に貫かれる。
そうしたら……死ぬ? いや、どうなるんだろう。
オズマさんはアンデッドは死なないといっていた。
体を全部失ったらどこかで再生するらしいけど、そうじゃない場合は?
アレに、ギタイに取り込まれたらどうなるんだろう?
ギタイに取り込まれたままさまよい続ける?
もしそうなったら、死ぬよりも悲惨だ。
心が持つかどうかもわからない。
もしかしたら……ギタイがそうなったのって……。
「……!」
氷の塊が光ったかと思うと、氷杭が僕の顔めがけて飛んでくる。
身をよじってなんとかよけたが、頬のすぐ横を氷が通り過ぎていった。
「あっぶな!!!」
氷の表面を見た僕は、そこに映っているものに気付いた。
黒い戦闘服を着たファシストの歪んだ像が氷に映り込んでいる。
首を振ってそちらを見ると、ファシストは銃を構えたまま動かない。
どうしたらいいのか分からず、放心状態になっているようだ。
「おい、僕らを解放しろ! こいつをなんとかしなくちゃいけないんだろ!?」
「そうだ! 早く何とかしろよ!」
「助けてちょうだい!! こんなところで死ぬのはいやよ!」
イチかバチか、僕はそう叫んでみた。
それに呼応して僕らの周りにいた人たちも騒ぎ出す。
するとファシストはハッとした様子で動き出す。
「相棒、連中の鎖を外してやれ! ギタイにこれ以上エサをやるとマズい!」
「あ……あぁ!」
僕が激を飛ばすと、ファシストが動き出した。
一人のファシストがトラックに走り込んでくる。彼はトラックの下面にまわると、サスペンションやタイヤをよじ登って、外側から荷台の横板に登ってきた。彼は上から鎖を引っ張って、僕らを荷台の外に引きずり出すつもりなのだ。
ぶら下がった今の状態で鎖を外すと、そのままバケモノの餌食になるからね。
「いくぞ……そらっ!」
鎖が引かれ、ひとりづつ荷台の外に消えていく。
ひとり、またひとりと消えるたびに、僕の番はまだかと焦りがつのっていく。
「――ッ!」
僕の下にある氷の塊がきらめいた。
嫌な予感がした次の瞬間、氷の槍が僕に向かって突き出された。
「グッ!!!」
氷の槍が顔をかばった僕の手のひらを貫いた。
開いた穴から鮮血がこぼれるが、すぐに凍りつき傷から霜が広がっていく。
<タタタタンッ!>
ファシストのアサルトライフルが吠え、銃弾が氷槍を貫き、撃ち砕いた。
危ない所で助かった。
「次はお前たちだ!」
鎖がぐいっと引っ張られ、僕とリカルダさんは荷台の外に上げられた。
僕たちはなんとか助かったが、氷の塊があった側――
向かいの人たちは全滅だった。鎖で身動きできないまま氷漬けになっている。
「ひどい……」
「おい、早く荷台から離れろ。鎖がもたん!」
「あっ、はい!」
氷の塊が人々を取り込み、霜をおろすたびに鎖が軋んでいる。
あれではそう長いこともちそうにない。
「フ、フユ、逃げよう!」
「うん!」
すでに何人かは荷台から離れ、バラバラに逃げていった。
ファシストもわざわざ追うことはしていない。逃げるなら今だ。
リカルダさんの手を取り、僕は荷台から飛び降りた。
砂の上に飛び降り、そのまま廃墟に向かって走ろうとしたときだ。
僕たちの前を走っていた女の人が氷漬けになり……砕けた。
「――へっ?!」
何の前触れもなく起きたそれに驚いた僕は間抜けな声を上げた。
砕けた氷は渦を巻き、雪になって周囲に降り注いでいる。
「……喰わせすぎたか。手遅れだ」
ファシストがぽつりといった。
周囲の空気が白ばみ、地面の泥に霜がおりる。
ちらちらと粉雪が舞うなか、飲み込んだ氷の塊が「立ち上がった」。
氷の塊は最初、無作為に伸びるアメーバのような形だった。
しかし今はしっかりと手足と判別できる部分があり、頭すらあった。
ぎらぎらと光る氷の体は、奇妙な生命感に満ちている。
体に取り込んだ人々は、氷の巨人の内蔵のようになっていた。
背を伸ばした巨人の身長は、トラックの荷台の高さを軽く越えている。
その大きさに僕は圧倒された。
「でっけー!」
「う、うそ……」
「……こんなの相手にする給料もらってねぇよ」
ファシストがぼやく。
間違いなく敵だが、彼の言葉に同意するしかなかった。
巨人は降り注ぐ天上の粉雪に向かって右手を掲げる。
すると、何百万という数の星のように光る粉雪が剣の形を取った。
剣が完成すると、巨人は
そして剣を肩の高さに帰すと、半身を引いて静かに構えた。
――あ、終わったかも。
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※更新日変更のおしらせ※
コンテスト用作品の執筆のため、更新日を月火の2日にしました。
しばらく更新が鈍化しますが、ご容赦ください!
次の更新予定
毎週 月・火 07:10 予定は変更される可能性があります
死人たちのアガルタ ~銃と廃墟のSF探索バトルアクション!~ ねくろん@カクヨム @nechron_kkym
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