第69話 無くなっていく時間

 「それではなジャン! また何かあれば連絡をする」

 「お酒や食料ありがとうございます。ルイス国王……何かあれば周りに頼って下さい。私は近くにはいませんが、レオン様やロベルタ様は近くにいますでしょ!?」


 「……忠告ありがとう。出来るだけそうするよ」

 「では!」


 (あいつ会った時より疲れてないか? 目の下にクマ出来てたぞ)

 (寝る暇もない程に忙しいんだと思う……)

 (大変なんだなぁ)


 暗殺の仕事を終え、朝霧が濃い早朝にジャンとシャオは王都から出ていった。

 

 ダラムに戻り数日経つと、ダラムにまで王都で大人数の貴族が暗殺された事が広まっていた。

 田舎にまで届くという事は、王都では大問題になっているはずだろう。


 「うわ!! マジかよ!!」

 俺はダンと日課である手合わせをしている。

 いつものようにひっくり返された俺は、青い空を見上げていた。


 正直言って強くなった自覚もある。体力も筋力も付いた。

 経験だってそこそこある。殺し合いも沢山してきた。

 だが、未だにダンに一発入れる事が出来ない。


 「なあクソジジイ! 俺は強くなってるのか?」

 「強くなってるに決まっとるじゃろ! だがまだまだ未熟じゃな!」


 一対一なら、ダンより強い奴なんかいるのか? とさえ最近は思っている。

 「ゴッホゴホゴホ!」

 「じじい風邪か?」


 「流石に年には勝てんの〜。今日はこの辺に終わりにするかの」

 ダンが屋敷の中へと戻っていく。


 ジャンと俺、それにマルコは気付いていた。

 最近ダンの様子がおかしい事も、咳をする度に血を吐いている事も。

 もうそんなに長くない事を分かっていた。


 その前に一撃当てる事が俺の目標で、お礼だと思っている。

 ――。


 その日からダンが寝たきりになった。

 目を覚ます気配もなく一週間は経過している。


 出来る限りの看病はしているが、時間の問題だろう。


 コンコンコン。

 「入るぞじじい!」


 「ジャン様……」

 「マルコもいたのか。じじいの容態はどうだ?」

 「変わらずですね。もう年ですから仕方ありません。気にしてくださりありがとうございます」

 「ん〜。ん〜」

 ダンが唸りながら意識を取り戻し、目を開けた。


 「じいちゃん!?」

 「マルコか? 今何時じゃ?」


 「お昼過ぎた位だよじいちゃん」

 「そうかぁ」

 ダンが身体を起こした。


 「おお。小僧もおったのか。外に出ろ小僧! 相手してやる」

 「じいちゃんそんな身体で無理だって! 一週間も寝てたんだぞ!」


 「うるさいマルコ」

 止めようとするマルコを投げ飛ばす。


 「付いて来い小僧」

 黙って付いて行く。

 フラフラと歩き、庭へと出た。


 「今日は本気で戦ってやるから、小僧も本気で来い!」

 そう言ってダンが構えた瞬間、寒気が全身を駆け巡る。


 体が勝手に危険を感じたのか、防御しながらバックステップする。

 ダンの姿が見えない。右脇腹に強い衝撃が走る。


 二本、三本は折れた。

 俺は回復魔法で回復しようとすると、次は背中に衝撃が走る。


 ダンの攻撃、姿を全く捉える事が出来ない。

 速すぎる……。


 「なんじゃ!? 付いて来れんのか??」

 「クソジジイ!!」

 俺は本気で攻撃を仕掛けるが、誰もいない場所に攻撃を繰り出すだけだった。


 ただサンドバッグのように攻撃を食らう。

 「ハァハァハァハァ」


 「ゴホゴホ!」

 「じいちゃん止めなって!」

 「止めるなマルコ!」


 「技を見せてやる小僧。今の小僧なら理解出来るはずじゃ」

 ダンがユラユラと上半身を動かしていく。


 何をするつもりなのか。

 だが、殺気だけは尋常ではない。


 ダンが一瞬消えたかと思うと、また姿を現した。

 再び消えて、また姿を現す。


 その間隔が短くなっていく。

 ダンが何十人にも見えていき……分身している。

 魔法の類ではない。純粋な身体能力と技術の結晶だという事だけは分かる。


 (クソジジイ! 今まで一回も本気じゃなかったなクソが!)


 「よく見ておけ小僧! これがわしが生み出した技『陽炎じゃ』」

 何十人にも見えるダン全てが本物であるかのように、全員が俺に向かって襲ってきた。


 そしてその全ての攻撃が本物であるかのように、全身に衝撃が走った。

 「ぐああああああ!」

 俺は膝をついた。


 「ゴホゴホ。ゴホゴホ!」

 ダンは咳をしながら血を吐き、倒れ込んだ。


 「じいちゃん! じいちゃん!」

 マルコが急いで近寄ってくる。


 「誰かーーー!」

 俺は声を張り上げる。


 「主様ー! 主様ー!」

 「リリア! こっちだ! 来てくれ!」


 「ダンが倒れた! リリア運んでくれ!」

 「ダンが!? かしこまりました」

 リリアがダンを運ぶ為に、おんぶをする。


 「!?!?!?!?」

 背中に乗ったダンが、リリアの胸を揉んだ。


 「ダン! 貴様ー!」

 リリアがダンを投げ飛ばし、剣を抜いて斬りかかる。


 ダンは簡単にリリアの剣を避け、その場を逃げ出す。

 そんなダンをリリアは追いかける。

 「待てーー!!」


 元気に駆け出して行くダンを見て、俺は少しホッとした。


 中へ戻ると、次は領地の仕事をこなしていく。

 その時に屋敷のあちこちで大声と走る音が聞こえる。


 「キャーーー!!」

 ドドドドドドドドドッ!


 「待てーーー!!」

 女性達の悲鳴のような、怒号とも言えるような声が屋敷中に響き渡る。


 バタンッ!

 「ハァハァ。匿ってくれ小僧」


 「ここには入って来ないで下さいよ」

 「シーッ」

 ダンが黙るようにとジェスチャーをする。


 「どこに逃げたーー」

 メイド達がジャンの書斎にも押し寄せた。


 「ジャン様! ダン様知りませんか?」

 「いやぁ……どうだろ? 見てないな」


 「見たら縛って動けないようにして下さい」

 「分かった……よ」

 メイド達は居なくなった。


 「ふぅ〜。どうにかなったのじゃ」

 「もう無茶苦茶ですよダン」


 「よいではないか。小僧! 夜飯は皆で飯と酒を飲もう」

 「今日はバーベキュー皆でやるみたいですよ。皆気に入ったみたいで」


 「それは楽しみじゃ! それじゃあ後でな」

 ダンは部屋を出ていった。


 日が落ちて夜になると、屋敷の外が騒がしくなっていく。

 屋敷の外に向かうと、盛大に宴が始まっていた。


 「パッパパラパラ〜! パッパパラパラ〜!」

 テディがゴレームを出して一緒に音に合わせて踊っていた。

 囲むように楽器を鳴らす人達と、それを見て楽しむ人達が。


 エルガルドの部隊が肉を焼き、料理を提供している。

 いくつかのテーブルが並べられ、皆が食事をしていた。


 隅の方のテーブルに座っているヘレナを見つけたジャンは、そのテーブルに向かう。

 「楽しんでるかい?」

 「ジャン様!? 皆と一緒に楽しんでいます」

 隣に座り、食事に手を付けていく。


 「おお小僧やっときたか!!」

 「ホレホレ! 小僧も飲め! 飲め!」

 隣に来たダンは、完全に出来上がっていた。


 「そんなに飲んで平気なんですか?」

 「大丈夫じゃよ〜! ヒック!」


 「あーこんな所にいたじいちゃん! ジャン様本当に申し訳ありません! じいちゃん酒飲み過ぎだよ!」

 マルコはダンの手からジョッキを奪おうとするが、全く奪えない。

 「マルコも座って酒を飲め!」


 諦めたのか、マルコ座ってダンと共に酒を酌み交わす。


 しばらくすると、ダンはテーブルに突っ伏して寝始めた。

 「ジャン様すいません。じいちゃんを寝室に運んできます」


 宴は夜深くまで続いた。

 


 ――次の日。

 ダンが再び目覚める事はなく、息を引き取った。

 

 故郷ではなく、ダラムで手厚く葬った。

 ダンが生前、マルコに頼んでいたようだ。

 死んだらダラムで葬ってほしいと。


 「ジャン様……ありがとうございます。じいちゃんの為にこんな立派な墓まで作って頂いて」

 「気にするなマルコ。ダンには世話になった」


 「今まで色々な場所に行きましたが、じいちゃんはダラムでの生活が一番楽しそうでした。ジャン様のおかげです」

 ダンの墓の前で頭を下げるマルコ。


 「マルコは今後どうするつもりなんだ? 今まで通り続けるか? それともどこか行ってしまうのか?」


 「厄介ではないでしょうか?」

 「そんな事はない! マルコやダンが家に居てくれたからこそ、戦に出ても安心して出る事が出来たんだ。家に何かあってもどうにかなるとな。信用しているんだ」


 「そうですか。でしたらまだまだお世話になりますジャン様」

 「ああ、これからもよろしく頼む」

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