188話 雪と喪服



 ある日、朝起きてカーテンを開けると、窓の外に白い花弁のようなものがチラついていた。雪だ!


「おお……ゼフキも降るんだな」


 世界に漂う塵芥ちりあくたを、水で綺麗に包んで地に堕とした形が雪。この幻想的に見えて薄汚れた自然現象がどうにも好きなのだ。色々なものが真っ白に覆い隠された冬の景色も良い。美しいだけでなく特有の静けさが落ち着く。まだ積もらないのだろうが、その分雪掻きの心配をせずに眺めていられる。



 ……とは言え、降雪で元気になったのは俺だけらしい。食堂に出て行ったが誰の姿もなかった。


 まあ、想定の範囲内。薪ストーブは誰か来たら付けよう。エプロンを付けてキッチン周りの食材を眺め、一日の献立を考え始める。


「今日は何人出てくるかなぁ」


 ここ一週間はこんな調子なのだ。特に朝食は欠席率が異様に高い。事件後、表彰と会見を終えてすぐ、各々の調子が低迷し始めた。あまりに忙しく緊張感のある一ヶ月だったから無理もないと思う。


 心配ではあるが、防衛統括から多額の謝礼金が入ったので、懐事情には一切心配がない。いざとなれば弁当を仕入れるなど楽する余裕があるという事。俺は近頃安定しているし、ダンカムさんやミロナさんのサポートもあるから、しばらく各々ゆっくりしてもらおう。



 米を炊きながら野菜を刻んでいるとウィルルが食堂に現れた。髪に目立つ寝癖をつけた彼女は、もこもこのローブを身体に巻き付け、欠伸をしながら寄ってきた。


「ふぁ……寒いね。おはよ」

「おはよう。随分眠そうだけど」

「そうなの。最近、早寝遅起きでいつも眠い……」


 彼女は普段からどちらかと言えば過眠気味。今は極端にうとうとしているが、特に異常な事とも捉えず気軽に返した。


「疲れてるのかな? 座って待ってな」

「う……でもルーク、最近働き過ぎかもって、思ったり、するんだけれど?」


 遠慮がちな気遣いが嬉しい。でも今は、強がりとか抜きで平気だと言えるのだ。


「調子が良いから割と大丈夫だよ。たまにはこういう時もあるさ、甘えてくれよ」

「……ありがとう」


 結局、朝食は俺とウィルルの二人で食べた。雪について話を振ったが、ぼんやりとした返事しか貰えなかった。ウィルルは喜ぶ話題だと思っていたが予想が外れたな。



 食事後、お仕事は休みます、と言ってウィルルが部屋に引き返したためまた一人になった。一人の時間も好きだが、最近続いているから少し寂しい。



 料理の片付けや社内業務の進捗を確認したりした後、皆の様子を確認しに食堂を出ると、取締役室から出てきたレイジさんと鉢合わせた。彼の定時にはまだ早いが。


「おはようございます。早いです……ね」


 言葉が尻すぼみになった。彼は俺の目線に気付いたらしく、暗い返事をした。


「うん。ちょっとな。数日バタバタしそうだ」



 ――レイジさんは喪服だった。彼はいつもダークカラーのスーツだけど、今日のは明らかに違う。


 恐る恐る尋ねる。


「……不幸があったんですか」


 レイジさんは少し目線を泳がせ、言葉少なに答えた。


「支部の社員が首を吊った」


 あっ……と声が漏れた。彼は静かに踵を返す。


「この時期は増えるんだ。――行ってくるわ」


「お気をつけて……」



 どんな言葉も余計な気がして、ただ見送った。階段を降りていく取締役の、酷く悲しげな背中が心に焼き付いた。



 この時期は増える……? 途端に不安がこみ上げて、俺も社員用個室の並ぶ一階へと足早に向かった。


「ダルさが酷いんだけど、原因不明で困ってる。歳なのかなぁ……今日もお休み貰うよ」


「今の私、本っ当に面倒臭いから一人にしといて! ゴメン! ご飯は食べます!」


「気が向かない。一人で過ごす」


 この通り、ウィルル以外の皆も揃って休むと答えたものの、絶不調と言うわけではないらしく顔を見せてくれた。ひとまずほっとした。



 各々に朝食を運び終わって作業室へ移動してすぐ、ダンカムさんが出勤した。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。……今日はルークだけか」

「ですね。皆あんまり調子良くないみたいで」

「うーん、そっかぁ」


 社員の体調不調にはすっかり慣れている筈のダンカムさんだが、表情が険しい。レイジさんの背中を思い出し、訊いてみる。


「支部の社員の方が亡くなったと聞きました」


 ダンカムさんは少し意外そうな顔をしたが、特に言い淀まずに答えてくれた。


「ああ……うん。レイジに聞いたのか?」


「偶然鉢合わせたので。色々不安があるので、少し話せませんか」


「……それもそうか。もちろんいいよ」



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