148話 極秘の話とログマの合図
灰髪眼鏡の説明は続く。
「人身取引オークションについては極秘になるから、ここからのメモは禁止だ。資料は正式契約後に渡す。あなた方に依頼するのは、会場周りの警備。どこに配置するかは、希望と実力に応じて相談させてもらう」
うっ、俺のメモが重要になってしまった。霊術力と集中力の消耗で頭痛がしてきたが、頑張ろう。
「場所はここ北区スラムにある、旧公民館。その周辺に会場までの道があるのだが、詳しくは明かせない。だが、この旧公民館の全体を守ると思ってもらえれば間違いはない」
大方、地下にあるのだろうが、警備する傭兵達にも入り口は明かさないのか。
「次に時間だが。日取りは十一月二十五日だ。今日から十日後だな。開催時間は二十時から終了まで。だが、前後数日間は周辺で働いてもらうことになる。イベント開催の推測、場所や時間の特定を避けるためだ」
その日って――。一瞬手が止まったがすぐに再開した。
「詳しくはこの後決める配置に合わせて個別に話すが、この場では、重要な注意事項だけ説明しよう。このオークションには複数の人身取引団体が現れるが、我々ヒュドラーと敵対する組織『ハーヴェスト』には注意して欲しい」
世界共通語で、収穫という意味だった筈だ。世界中に実る人間を収穫しようとでも言うのか? 本来なら明るい言葉を使うあたり、ヒュドラーとは別の方向で鼻につく。
「情報によれば、ハーヴェストは今回不参加らしい。だからこそ、関係者がこの場にいた場合は強く警戒したい。今から言う要注意人物の姿があればすぐ連絡するように。――敵対組織への襲撃や戦闘を、中心になって行っている若い男だ。紺髪紺目で、長剣と精霊術を使う」
俺に疑いがかかった原因は、このハーヴェストの組員か! 彼自身に非はない――悪人ではある――のだが、いい迷惑だ。
灰髪眼鏡の声はそこで一区切りした。
「さて、あとは契約後の個別説明にて。改めて質問があれば受け付けよう」
初めて聞く強気な声がした。
「俺達にとって一番大事な、金額の話がまだだぞ」
「それは配置による。契約条件として個別に相談しよう」
「いいや。今ここで配置とその金額を開示してもらおう。ハーヴェストなんて一大犯罪組織とぶつかる可能性すらあるんだからな」
「はぁ。だから大きな話だと最初に――」
「危険に見合う金額は約束できるんだよなって聞きたいだけだ。三人一気に開示できねえのは、それぞれの足元を見て都合よく買い叩くためじゃねえのか?」
不穏な沈黙が流れた後、眼鏡の声が尋ねた。
「……だとしたら?」
「俺はここで降りる。安心しろ、俺もプロだ。情報は外に――」
脳内に銃声が弾けた。小さく呻いて顔を顰める。銃声はカルミアさんとケインにも聞こえたらしく、俺に状況を尋ねる声が同時に届いた。
ひとまず俺達は全員無事だとだけ伝え、再度集中。先程とは別の、震えた声が、何が起こったかを語っていた。
「ひっ、ひ……しん、死んで……」
灰髪眼鏡が冷たい声で言う。
「『必ず契約』と言った筈だ。……貴方も降りるなら、今のうちに言ってもらおうか」
答えたのは、先程の震えた声。亡くなっていない方の参加者なのだろう。
「ま、まさか! やります……!」
「ふん。……貴女は?」
ログマの不敵な声が応じる。
「裏のお仕事だからね。多少のことは呑み込むつもり。まあでも、危険に見合うものは貰いたいかな」
敵側四人らしき下品な笑い声が聞こえた。灰髪眼鏡がログマを馬鹿にする。
「貴女はかなり肝が据わっているようだ。ああでも、報酬を期待するなら、身体を売った方が早いと思うぞ? いっそ商品になってもらった方が助かる。なあ?」
応じた声は誰だか分からないが、同様に彼を侮辱した。
「ああそうだな。商品の枠は余ってるし、そっちでのエントリーはどうだ? 嬢ちゃん。……稼いだ金が懐に入るとは限らないけどな」
不快な笑い声が再度脳内に響く。カルミアさんがこのクズ共の発言を聴けなくて良かった。
続いたログマの声は、全く動じていなかった。むしろ楽しそうにすら聞こえた。
「はは。……まあ、そう言わずに検討してくれよ。私にはとあるセールスポイントがあるんだ」
灰髪眼鏡の
「ははは! 聞いてみてやってもいいぞ」
「不眠だよ」
「…………は?」
ログマの心底楽しそうな煽り文句が轟いた。
「ふふふ……ハハハハハァ! 呑気で幸せそうなてめえらに『憂鬱』で眠れねえ夜をお裾分けしてやるよォ!」
つい笑いが漏れた。合図のキーワードの『憂鬱』を口にするためだけに、大袈裟な喧嘩を売ったものだな。
――総攻撃、開始だ!
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