147話 作戦開始



 男の裂けた口をケインが回復術で治し、服に着いた血は俺が水霊術で吸い取る。そうして中へ送り返してやると、少しして、彼は『裏』の給料とは思えない薄っぺらい封筒を手に持って戻ってきた。



 俺がドアに手を当てて属性を取っかえ引っかえしながら内部の様子を探知している間に、ケインとカルミアさんが男から情報を絞る。


 哀れな末端の彼には口止め料として一万ネイ紙幣を握らせたが、そんなもの必要ないくらい、見逃して貰えることに安堵していた。余程怖かったんだろうな。



 玄関の男を逃がし、顔を付き合わせる。


 カルミアさんが男からの情報を整理して伝えてくれた。


「時間になったから、拉致の仕事の説明が始まってる。さっきの男に給料を渡した奴含め、今は二階ホールの中にしか人はいない筈。敵は、ヒュドラー組員が一人と、重用されてる傭兵が三人。各々のメインウェポンまでは分からない。その他、説明会の参加者がログマの他に二人」


 頷いて、俺の探知した情報を共有。


「ホールの広さはうちの食堂くらいだと思う。そこに敵が四人、参加者が二人、俺達が四人となると、自由に戦えるか微妙だね」



 ケインが小さく手を挙げた。


「二階ホールの窓は殆ど塞がってるんだけど、天井付近に、一つだけ換気用の内倒し窓があるらしくて。私はそこから狙撃役してもいいかなぁ?」


 驚いた。

「頼もしいけど、どうやって?」


「風霊術で屋根に上る。この辺は建物が密集してて足場は多いし。宙を飛ぶとまではいかないけど、壁を安全に登る補助くらいにはなるんだ。屋根からロープを繋いで命綱にして、窓の縁に取り付く。……出来ると思う」


 カルミアさんがケインへ親指を立てる。


「任せた。俺とルークは正面から入ってくね。ホールの外に待機することになるだろうから――ルーク、精霊術でログマの合図を聞き取って、俺達に教えてくれる?」


「うん。建物自体に精霊術を妨害する仕掛けはなさそうだから、多分いける。……あ、でも屋根の上のケインには……」



 ケインが少し考えて言った。


「連絡機は声を出さなきゃいけないから、精霊術で伝えて」


 うっと呻いた。

「精霊術で伝言するなんて、俺やったことないよ……」


「今練習して。音を伝える初級風霊術の応用だからルークも出来るはず!」


「うう。ぶっつけ本番の無茶振り、心臓に悪いよ……二人とも俺遣い荒くない?」


「何でもできるって期待してるの!」


「聞こえは良いけどさぁ……。つらい……」


 教わりながら試しにやったら、俺にも三秒くらいの内容は送れそうだった。風の精霊は水以上に流動性が高くて、術を安定させるのが難しく感じる。ケインはそれが自由で好きらしいけど。



 俺の霊術力、大丈夫かなぁ。今日はもう探知で結構使っている。霊術力回復薬を飲み干したところで、肝心なことを思い出して尋ねた。


「そういや、突入後のことだけど。ログマにつけられた霊術封印具、どうやって外す? あーいうのって、付けた本人しか外し方が分からない仕組みになってるだろ」


 カルミアさんがにっこりと言った。


「あ、それも聞いた。結構華奢な作りらしいよ。ぶっ壊そう」


強力そうなペンチを見せられて笑った。最後は力づくか。



 いよいよ解散。作戦開始だ。


 錆びた雨樋に手をかけた彼女は、にっと明るく笑って手を振った。


「じゃね、前衛二人! ヒーラーがいないんだから、大怪我しないでよね?」



 俺とカルミアさんはなるべく音を立てずに廃屋へ侵入し、階段を上がる。上がってすぐ、二階全体をぶち抜く大きな部屋があった。ここがホールで間違いようがない。


 壁に背と両手を当て、目を閉じる。光と風の精霊の力を同時に借りれば、何とか状況は掴めそうだ。消耗は大きいが、それよりも、精霊術を封じられたまま単騎で潜入しているログマのことが心配だった。



 ホール内で暖房設備や照明設備は使われていないようだった。ランタンの火が複数箇所に揺らめいてはいるが、仄暗く見通しは悪い。廃屋である以上、電力が通っていないのだろう。暖炉が使われていないのは、煙突からの煙を出したくないためだろうか?


 開催者側は、正面に説明役が一人、その脇に補佐が一人、両横の壁側に一人ずつ。全員が玄関にいた男とは違う士気の高そうな雰囲気をしており、どれがヒュドラー組員かは分からない。


 中の様子を、隣のカルミアさんと、屋根の上のケインに共有。二人とも簡潔に了解を示した。



 真面目そうな、眼鏡の灰髪の男がホール正面で説明を行っており、それをログマと男性の戦士二人が聞いていた。


「――概要は以上だ。質問はあるか?」



 ログマがスッと挙手した。予想外の大胆な行動に動揺し、一瞬音声が途切れた。



 その間に質問を促されたらしいログマは、単純な興味で聞いた、と言わんばかりの見事な演技で尋ねた。



「オークションの大きなお仕事のお話も聞けると思っていた。こちらでは説明しないのか?」



 眼鏡が言い淀み、正面横にいた小柄な金髪の男に寄って行く。耳打ちをされ、戻ってきた彼は言った。


「その件は、参加希望者だけに話すようにしていた。希望があるならこのまま説明を続けよう。ただ、貴女も言った通り大きな仕事だ。無闇に情報を広めたくないから、説明を聞いたら必ず契約してもらう。聞きたい者は?」


 三人とも手を挙げたように見える。眼鏡の声はちょっと揺れた。


「宜しい。ではこのまま続行する。あー、ちょっと段取りするから待ってくれ――」



 一旦術を解除し、隣のカルミアさんに耳打ちする。


「『キャロル』の奴やりやがった」


「え、大丈夫?」


「スタンドプレーかつ、ファインプレーだよ。小柄な金髪の男がヒュドラー組員だって見当がついた。しかも、これからオークションの話が始まるように仕向けた」


「ほんとに? やるなぁ……」



 ケインにも途切れ途切れになんとか伝えた。ここからは風霊術、音だけに集中してメモを取る。ログマも取ってるだろうが、念のためだ。


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