21章 潜入

145話 いざ、潜入作戦へ



 その日の俺達五人は、珍しく全員の調子が良かった。そしてその夜には、仮設アジトのうちの一つで仕事の説明会が行われるという情報があった。潜入作戦に動くなら今日が最適だ。すぐに、各々準備に取り掛かった。



 夕方、俺達五人は裏庭に揃う。――そしてそのうち四人は、笑いをこらえていた。


「…………おい」


 いつも通りの、いや、いつも以上に攻撃的な声。それがその見た目とのギャップを際立たせ、皆の我慢の限界を突破させた。


「ぶふっ――ギャハハハ! ログマ、しばらくそれでいろよ。皆のメンタルには何よりの薬になるよ! あはははは!」


「クソルーク……! お前だけは絶対に、今回こそは、確実に燃やす!」


 カルミアさんが白々しく宥める。


「ダメだよログマ。ふふふ、俺達はメンバーが少ないんだから、貴重な戦力を……ははは!」


「おっさんも消し炭コースをご希望か? ああ?」



 俺の目の前にいるのは、中性的な容姿をもつ美青年ログマ――が扮する、絶世の美女。潜入する上での変装だ。


 大きな瞳、色白な肌、低い位置で緩く束ねられ三つ編みになった、黒染めの長髪。それでいて低い声と高い身長、鋭い目付きと少々の傷跡。お洒落なケインと、可愛いもの好きのウィルルによって生み出されたその作品は、何の違和感もないほどに完璧な、美しい女術士だった。



 ケインが笑いながら、自慢げにこだわりを喋り出す。


「装備の下の服は、男性らしい骨格が目立たないようなものを選んだの。くびれを強調したり、肩幅が目立たない余裕のある袖にしたり、華奢な足首だけ見せる着丈にしたり……とかね!」


「着せ替え人形じゃねえぞ……!」


「そういう言葉遣いもどうせ直らないと思ったから、高身長も活かして、カッコよくてエロい女性に仕上げてあげたんだよ。感謝してもらわなきゃ」


「百歩譲って巨乳は必要ねえだろ!」


「いいじゃん、夢と希望をパッドに詰め込んだのー。防弾仕様で作ったし、理にかなってるんだから」



 時折笑いのツボが周りとずれるウィルルも、今回は涙が出るほど笑っていた。


「ふふふ! 私の髪飾りすっごく似合ってる」


「あちこちにゴテゴテしたもん着けやがって……邪魔なんだよ!」


「ちっちっち。――ログマ、女心、だよ。かっこいい女の人でもね、細かいところに乙女な趣味が出たりするんだよ? ガサツな喋り方をする強い女の人が、可愛くて綺麗なものをちょっぴり付けているのが、むしろリアルなんだよ?」


「……妙に饒舌じゃねえか……」



 笑い過ぎて腹が痛くなってきた頃、ふと真面目になって呟いた。


「そういえば、ログマの戦士ランクって二桁超えてたな。ログマ個人の知名度と評価が高いから、思い切った変装をしたのか」


 ログマが少し余裕を取り戻し、カルミアさんが補足を入れてくれた。


「チッ、そういう事だ。イルネスカドルを優良事業者に育ててやったのは俺と言っても過言じゃない。覚えられている可能性は低いが、過去目立っちまったことも何度かある。今回に限っては、無名の方が都合が良かったんだがな」


「態度と愛想が悪いから推薦状は貰いにくいけど、六年ちょっとの実績だけで十一まで上がるのは凄いことだよ。確かに、期待の新星とか言って注目されてたこともあったよね」


「あー、あれは面倒だった。おこぼれを狙う奴が媚びてきたり絡んできたり。そういうのを追い払っただけで軍事依頼所が厳重注意とか言って等級を下げやがってよ。だから依頼所は嫌いなんだ」


 俺も絡まれたから気持ちは分かる。でも、ランクはあまり下がらないとか聞いた気がするんだけど……。何したんだ。まあ置いておこう。



 因みに、ランクを確認したのは昨日。別件のついでに依頼所で見てきたのだ。


 イルネスカドル本部チームの団体ランクは五、俺個人の戦士ランクは七だった。ログマはさっき言った通り十一、カルミアさんは九。戦士歴と強さの割に低いのは、例の前科で一等級からの再スタートを食らったから。ケインは防衛統括にいた頃から長年堅実に積み上げて九。ウィルルは三になったばかりのようだ。実力はあるから上がっていくことだろう。


 参考に見た中堅企業スパークルは、団体ランク七。個人ではレヴォリオが飛び抜けていて十三だった。その他の業務提携メンバーの中ではヤーナさんが十で最高。あの場に居なかった社員も、十等級に迫る人は片手で数える程だった。もしかしなくても、うちのチームは割と優秀戦士揃いなのではないか? と鼻高々になった。



 もちろん今日の潜入だって、成功させられる筈。いや、成功させるんだ。それだけの力はある筈なんだから。



 頼もしい仲間達を見回しながら、一つ、気になったことがあった。ログマの持っている女性用らしき杖のことだ。七色の大きな宝石があしらわれ、六属性から回復術までを楽に操ることができるだろう。


「その杖、物凄く上等そうだよね。そんな金、会社から下りたの?」


 皆の顔が曇り、伏し目がちになった。それだけで大体察してしまったが、ケインが説明してくれた。


「……元社員の遺品なんだ。ちょうど二年くらい前に、自分で、ね」


「……そうか」


「裏庭に集まってもらったのは、皆でお祈りしたかったからなの。あそこのお墓で眠ってるから、借りるねって言いに行こう」




 裏庭の奥、ウィルルの育てる生き生きとした植物達の横に佇む、大きな墓石。刻まれた名前と享年は五人分。裏庭で稽古する時はたまに立ち寄って手を合わせていたが、皆で墓参りをするのは初めてだった。


 ケインが、墓前に花束をそっと置く。彼女がそのまま目を閉じて両手の指を組んだのを皮切りに、各々が祈りを捧げた。



 静かだった。皆、仲間の姿を各々の心の中に思い浮かべ、話しかけているのだろう。



 俺は顔も声も知らない仲間達へ、ただ一方的に言った。


『お疲れ様でした。もう少し生きようとする俺達に、どうか力を貸して下さい』



 やがて目を開け、見合わせた皆の顔は、なんだか締まって見えた。



 カルミアさんが緩く力こぶを作ってにっと笑った。

「よーし。これで本当に総力戦だよ。さあ、気をつけて行ってらっしゃい、ログマ」


 俺より背の高い巨乳黒髪美女の肩を、バシッと叩いた。


「頼むぞ」

「ケッ、当然だぜ」

「言い直し」

「……………………『もちろん!』」

「ぶふはっ――」



 うちのエースは、たいそう不機嫌そうに、それでいてちょっとだけ内股で、スラムへ先行して行った。彼に殴られた頭はしばらくジンジンしていた。乗ってくれたクセに……。


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