132話 あまりに強すぎる言葉



 静かになった会議室から、一人の足音だけが近づいて来る。


 再び、血に汚れたカルミアさんの姿が見えた。さっきより少しだけ、恐怖を抑え込むことができた。向き合う覚悟を決めたからだ。



 軽い調子で手を挙げ、こちらへ近づかれる。


「や。お待たせ」


 声のトーンを彼に合わせようとすると自然と笑顔になり、たいそう嫌味っぽくなった。


「……うん、待った。カルミアさんが俺に自分をぶちまけるのを、今までずっと待ってたよ」


 二人とも丸腰。なのに、互いにロングソードとハルバードを構えたくらいの距離で、カルミアさんの歩みは止まった。


「へえ。嬉しいね!」


「本当に?」


 嫌だった質問を返してやると、彼は冗談っぽく笑った。


「いいね。そのモードのルーク、嫌いじゃないよ、俺」


 いつもの癖で笑いを返してしまう。


「ははっ、は――で? 教えてくれるんだろ、カルミアさんのこと」


 毅然として向き合いたいのに、噛み締めた奥歯は微かにカチカチと鳴っていた。



 カルミアさんは微笑んだまま、血染めのパーカーを軽く引っ張って見せる。


「この血、何だと思う?」


「……返り血だってことくらい分かるよ」


「はは、そうだろうけど、誰の返り血だと思う?」


 口をつぐんで悩んだが、すぐに答えを明かされた。


「事件の時の傭兵。四人いたでしょ、そのうちの二人だよ。顔を傷つけたククリナイフ使いと、右肩を砕いたダガー使い。普段から二人組だったらしくて、怪我と武器を組み合わせた情報だけですぐに辿り着けちゃったから、絞り上げてきたんだ」


 彼は意気揚々と続ける。


「こっちは防具なしのハルバード一本だし、ヒュドラーの情報だけ出してくれって穏便に頼んだのに、随分抵抗されたからこうなっちゃったよ」


「そ、そうか。それは災難――」


「元々、後で直々に尋問するために敢えて逃がしてやったってのに、勘違いしちゃったみたいだねー。逃げるのも勝つのもお前らじゃ無理だってのに。アッハハ!」


 言葉を返せなくなってしまった。



 やはり、最初から逃がす気なんてなかったんだ。時と場所、手段を選んで徹底的に問いただすために、防衛団員に引き渡さなかったんだ。あの状況下で、そこまで冷静に容赦のない判断ができたということ。――どうにも常識から外れている気がして、恐ろしく感じてしまう。



 怯えきって震える俺の口から出たのは、カルミアさんとは対照的な、平和ボケした台詞だった。


「そんなことしたらカルミアさんが捕まっちゃうだろ? 何してんだよ……」


 普段と変わらない調子で会話が続く。普段と違うのは、俺の心情だけ。


「ああ、確かにそれは面倒だよね。俺も捕まりたいわけじゃないから、そこは上手くやったよ。心配ありがとう。……あっ、チクらないでね」


「……上手くって、何?」


「まあそこはさ。ここらへんに長く住んでる人間の特権ってやつ? 色々あるんだよ」



 ギリッと歯が軋む。怯えを少しだけ上回った苛立ちが、言葉に滲んだ。


「そうやっていつも濁すよな。詳しい人に会うとか、話を聞ける心当たりがあるとか、顔が広いからとか言ってさ。色々あるのは分かるけど、何も教えてくれなかったら心配になるだろ?」


 カルミアさんは面倒そうに頬を掻く。


「でもちゃんと俺は無事だし、情報も全部吐かせたよ。勝算があってやってるし、結果も伴ってるんだから良くない?」


「そっ、そういう問題じゃ――」


「安心してよ、今後は心配かけないから。もう間もなく、ここ辞めて居なくなるんだ」


「えっ……? ちょ、ちょっと待て――」


「それにさ。傷付けちゃった彼らのことも、喋ってくれたお礼に知り合いの闇医者に届けてあげたよ。結構派手にやったから、助かるかは知らないけどね。まあもう関係ないし、どうでもいいんだ」



 まっすぐな視線で楽しそうに告げられた言葉は、あまりに強すぎて、彼に向き合おうと決めた俺の覚悟を粉微塵に叩き潰した。




「だって俺、元々人殺しだからね!」




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