第67話 追憶5 死の拘束
鈍く光る銃口を突き付けられたまま、兵士に背中を押されるようにして、建物の奥まで進む。
兵士は重厚な木のドアをドンドンと叩き、緊張感が張りつめた声を張り上げた。
「シャイアン大佐、森で怪しい奴を捉えました! この者の処遇について、お伺いしたくありますが!」
「通せ」
中から冷めた低い声が響く。
兵士がドアを開けると、部屋の奥まった場所にあるくすんだ色のデスクの向こうに、岩のような顔をした大柄な男がいた。
氷のような双眼をこちらに向け、その表情からは一切の感情が伝わってこない。
ただ冷静に冷徹に、物を見るようにこちらを見やっている。
兵士はその男に向かい、
「森の中を南から侵入してきたのです。武器は持っておりません。どうやら、片言の英語しか話せないようであります」
「ふーん……」
シャイアンと呼ばれた男は席を立って、ゆっくりと俺の顔面に両目を近づけて、
「お前は何だ? どこから来た? 見た感じ、アジア人のようだがな?」
相手を威圧するような、冷酷で重い声だ。
一言でも逆らえば、即座にばらばらにされて葬られてしまうような、そんな畏怖をはらんでいる。
「お、俺は、フェリエって町にいます。散歩の途中で動物に襲われて、森の中を迷ってここへ来ました」
端的にかつ正直に、自分の今の立場を伝えたつもりだ。
「お前もしかして……アイラが拾って来たと言っていた、アジア人か? それも恐らくは、日本人?」
「はい。事故か何かのせいで記憶が飛んでいるんですが、名前からして多分、日本人です」
「そうか……だから、下手くそな英語しか喋れないのか」
シャイアンは腰の後ろで手を組んで、ゆっくりと俺の前を、右左に往復する。
「全く、面倒くさいお荷物を持ち込んだものだ。この基地によそ者が近づくことなど、あってはならんのに」
「どういたしましょう、大佐殿?」
「そうだな……銃殺して、埋めてしまえ。スパイの疑いがあるような奴を、解き放つ訳にはいかんしな」
「はっ! 了解しました!」
威勢よく敬礼を返す兵士の横で、俺は意味が良く分からず、呆然と立ち尽くす。
自分の身に降りかかったことだと理解できずに、弱弱しく言葉を発する。
「え……銃殺って、言いました……? 何で……?」
「この基地の場所や素性が、外に知られる訳にはいかんのだよ。くさい物は始末する。それが一番手っ取り早くて簡単だ」
デスクの上に置いてあった葉巻に火を付けながら、何事でもないようにそう言い切るシャイアン。
信じられない事態に鼓動が爆上がりして意識がついて行かない中、ドアの後ろで、何やら言い争うような声がして。
バンッ!と、ドアが開け放たれた。
「シャイアン大佐、ちょっとお話が!」
そこにいたのは、引きつったような表情を蓄えたアイラだった。
「何だアイラ、騒々しい」
「申し訳ありません…… やっぱり、シュリだったのね。アジア人が捕まったって聞いたから……」
俺に向けられる眼には、戸惑いと非難の意志が込められている。
そして何故か彼女は、その華奢な体には不似合いな、緑と黒の迷彩色の服を着ている。
「大佐、彼は私の知り合いです。怪しい者ではありません」
「どうかな? そもそも君だって、彼が何者なのか、知らないのだろう?」
「それは……でも……」
アイラは何か言い返したそうだけれど、言葉が続かない。
彼女自信、俺が何者なのか、分っていないのだから、仕方がないのだろう。
「彼を、どのようにされるんですか?」
「即刻、銃殺にする」
「!!!!!」
アイラは瑠璃色の目を大きく見開いて、肩を震わせる。
震える唇から何とか言葉を発して、
「それは……ひど過ぎます。何故……?」
「この基地の存在が、他にばれる訳にはいかんのだよ。もし政府軍の連中に知れたら、総力を挙げてここを叩きにくるだろう。そうならないために、あらゆるリスクを排除する。今は、そういう戦争なのだよ、アイラ」
「そんな……」
アイラはがっくりと項垂れて、それ以上言葉が出ない。
その整った白い顔は、どうしようもない悲壮感に満ちている。
「では連れていけ」
シャイアンが慈悲の欠片もない声で命令を下すと、兵士が俺の腕をぐっと掴んだ。
「待って下さい、せめて、もう少し時間を!」
目に涙を溜めながら、そう懇願するアイラ。
「せめて一晩、時間を下さい! 私が彼と話します。それでも彼が怪しい人物だったら、その時はご命令に従いますから!」
「アイラ……随分と、彼に肩入れするじゃないか? 何か、特別な感情でもあるのか?」
「え……別に、そのようなものは……」
狼狽えた表情を見せるアイラに、シャイアンは氷剣のような言葉を突きさす。
「戦場で私情は禁物だ。余計な事を考えれば、それが一瞬の隙となって命とりとなる。我らに必要なのは、建国へのあくなき渇望と、あらゆる困難を打破する強い闘争心と忠誠心だけである」
「……はい……ですが……大佐、どうか……」
力の無い声で、それでも何とか食い下がろうとするアイラ。
両の眼からは、綺麗な涙の川が流れ落ちる。
そんな様子を、シャイアンはまるで道化でも眺めるかのように嘲笑してから、
「ふ…… まあいい。では、今夜一晩、独房にでも入れておけ。その間、その男との会話は許可する.。刑の執行は、明朝とする」
「……ありがとう……ございます」
目の前で交わされたそんな会話を、放心状態で見守った。
現実逃避をすることで、かろうじて自我の崩壊を、防ぐことができた。
そして俺は、いくつか建ち並ぶ小屋の中にある牢屋に、押し込められた。
あまりの出来事に自分事とは思えず、ただただ呆然と、冷たい床を見つめた。
やがて夜になって、小さなランプ一つの薄明りの中で膝を抱えていると、少し離れた場所から声が聞こえた。
小屋の扉がゆっくりと開いて、そこからアイラが姿を現した。
「ごめんね、シュリ。こんなことになってしまって」
「いや、俺の方こそごめん。勝手に外に出て、こんなことになってしまって」
そうだ、これは俺自身のせいでもあるんだ。
自戒の念を噛み締めて、彼女に向って、床に頭がつく程に、腰を曲げた。
「ううん。いいのそんなことは、もう。それより、時間が無いわ。今鍵を開けるから、逃げて」
優しく俺を見つめてから、彼女は懐から、鈍く光る鍵の束を取り出した。
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