第51話

 学校の一階には職員室があり、その一角にコンラッドのデスクが設けられた。


 木製の椅子に腰掛けるとコンラッドは一息つく。


「ふう。若い連中を相手にするのは大変だな。お前はなんともないのか?」


 アレンは平然と言った。


「ええ。俺はまだ若いですから」


「って言ってももうすぐ三十だろ? そしたらあっという間だ。どこからしら体にガタが来る」


「先生もまだ老け込む歳でもないでしょう」


「マナが使えなければ俺は普通のおっさんだよ」


「普通のおっさんは若者を簡単に吹っ飛ばせませんよ」


 コンラッドはフッと笑うと周囲を見渡した。


「ベルモンドとリリーはいないのか? ここで働いてるんだよな?」


「あの二人は合宿中です」


「合宿?」


「ええ。彼らの担当は亜人や魔族なんですよ。ですから、その……」


「なるほど。あんまり人目がつく場所でやると反感を買うわけか。一緒に世界を救おうってのにイヤな世の中になったな」


「貴族ですよ。うるさいのが多くてかないません。俺が魔王にトドメを刺したのもよくなかった。そのせいで人間の方が優れていると勘違いする連中も多いんです。実際は大した働きもできなかったのに……」


「お前はよくやってたよ。他の三人ができすぎてただけだ」


「だといいですが」


 アレンが苦笑するとその後ろから白衣を着た女性が近づいてきた。


 女性はコンラッドの顔を覗き込むとぱあっと顔を明るくする。


「先生! お久しぶりです!」


「え? ああ。コーリンか。元気そうだな」


 コンラッドはようやくかつての教え子に気付いた。


 コーリンはアレンと同期の生徒だった。


 ショートボブのオレンジの髪をふわりと揺らし、セーターとミニのタイトスカートを履いていた。胸は大きく、スカートから伸びる太ももも肉付きがよかった。優しい性格で生徒からの人気も高い。


「もう来てたんですね」


「ああ。さっきな」


 コーリンの後ろから別の教師がやってきた。


「コンラッド先生。ご無沙汰してます」


「ニコラか。随分鍛えたな」


 褐色の肌に長い黒髪を後ろでまとめたニコラは首にかけたタオルで汗を拭きながらコンラッドに会釈した。


 セパレートのシャツとショートタイツを身につけ、大きな胸の下にはハッキリと割れた腹筋が見える。手足は筋肉質だが細くて長いため、モデルのような体型をしていた。


 しっかり者で普段は堅い表情のニコラは照れながら笑った。


「先生ほどではないですよ」


「いや、今の俺なんて全然だよ」


 苦笑するコンラッドだが、実際筋肉は十年前と違って随分落ちていた。


 それでも一般男性に比べればある方だが、純粋な力ではニコラに勝てないだろう。


「二人は今なにを教えてるんだ?」


 コーリンとニコラは答えた。


「わたしは回復学です。あと人間の土地にはない薬草とかも教えてます」


「私は体術です。それと簡単なマナ操作も」


 コンラッドは感心していた。


「へえ。二人とも大きくなったなあ」


 コーリンとニコラは顔を見合わせて喜んだ。


 話に割って入られたアレンは小さく嘆息する。


「挨拶はそのへんにして、どうする気ですか?」


「どうするって?」


「再試験ですよ。また俺の生徒達をボコボコにするんですか?」


「人聞きが悪いな。ただ若者は自分のいる場所を知っておいた方がいいと思っただけだ」


「それはよく分かったでしょうね。だけどほどほどにしてくださいよ。今の生徒は昔と違って自信をなくしたら中々戻らないんですから。こっちも気を遣っているんですよ」


「そういう生徒は切り捨てればいい。自分を客だと思ってる奴は前の時もいたよ。そういう奴にはなにもできない。世間は個人を満足させるためにあるわけじゃないからな。緊急事態なら尚更だ」


「正論ですけど、だからと言って生徒全員切り捨てたら世界が滅ぶのが現状です。なんとかして合格者を出さないと」


「分かってるよ。次はもう少し楽なテストにするつもりだ」


 ホッとするアレンにコンラッドは悪い笑みを浮かべた。


「だからと言って合格できるとは限らないけどな」

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