50 ミッシングピース

「そう言えば長津田ながつだ君さあ、何で彼女と一緒に来なかったの」

 津島用にと二枚分のチケットを渡したはずが、当の津島はお手伝い係として入場。では余った一枚はどこに行ったのか。

 餌は今さらながらに長津田に問いかけた。


「彼女? まさか」

 彼女どころか友達もいないのだ。共に転部した津島は、ただの元部活仲間かつクラスメートでしかない。

 友達がいない。それを苦に思った事もない。

 長津田は困惑しながら餌を見た。


「だって喪男もおとこバスツアーに参加したんでしょ」

「そもそも喪男バスツアーとは何です?」

「えっ、まさか本当に知らなかったの」

 思わず足を止めた餌は、素知らぬ顔で歩く仏像を指さした。


「ねえねえ。喪男もおとこバスツアーの正式名称って何だったっけ。いたたまれない名前だったよね」

「知らねえな。それより津島君をどうするんだよ」


 青いドレスに身を包む、作家の皮をかぶった商材屋・ウルスラ麦茶。

 無意味な絶叫芸が売りの彼女と共に、朝七時から夜八時まで喪男どもが霊場巡り。

 参加費ぽっきり三万円の痛々しいバスツアー・【ウルスラ麦茶と行く 喪男再生バスの旅】。

 

 チンドン屋バイトで三万円をひねり出したにもかかわらず、親の同意書を用意できずに参加を見送った仏像は、強引に話題を変えた。


「どうするって? 三学期から週一回部室に来るんでしょ。いつも通りにやってればいいじゃん」

「そうは言っても、中林家菊毬なかばやしやきくまり師匠の元に通っている彼が、今さら何をやろうと。落語はこっちが教わるレベルだろうし、教えられるとしたら紙切りや玉すだれぐらいか……。レベルの低さに、今度こそ怒って退部するかも」

「そうは言っても去年までの事を考えれば、かなり真面目に活動しているよ。飛島君ですら『時そば』を覚えたし」


 放送部との掛け持ちの飛島は、急ピッチで『時そば』を習得。

 もちろん餌が部活説明会で体育館中を凍らせた『時そばジャカルタ編』ではない。

 小柳屋御米こやなぎやおこめ版の『時そば』がお手本だ。


 体作りのためにビーチサッカー部門にも顔を出す松尾でさえ、玉すだれを練習中だ。そして元競技かるた部にしてクラオタの長津田ながつだは『道灌どうかん』に挑んでいる。


「で、肝心の仏像は何を覚える気?」

 『紙入れ』『明烏あけがらす』に『品川心中しながわしんじゅう』。 

 実力を脇に置けば、いくつかやりたい演目がある。

 だが、どれもこれも高校生を前に演じる話ではない。


「結局決まらない。落研部員である以上、来年の部活説明会では落語を披露しないととは思うが」

「仏像さん。それこそ豆ちゃんさんに相談してみては」

 それまで黙って二人の会話を聞いていた松尾が、仏像に提案した。


三元さんげんじゃなくて、豆ちゃん?」

「はい。豆ちゃんさんなら、落語大会で受けやすい噺とか長さとか。テクニック的なアドバイスも的確だと思いますが」

「いや、大会は出ないぞ?」

「津島君が大会に出たいと言い出すなら、一応知っておいた方が」


 バカ部活を残したい。

 そんな思いで多良橋たらはしに直談判をして、ビーチサッカー部門と演芸部門を並立させ、来年からは晴れて単独での活動が再開できる。

 その道筋を作ったはずが、気が付けば真面目に活動している。


 こんなはずではなかったのに。これでは普通の落研と変わりない――。

 しばらく黙って歩いていた仏像は、振り返ってシャモと三元を見た。


「なあシャモ、三元さんげん……。留年しねえか」


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
































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