49 ジェラシー

「あそこまで笑い転げたのは久しぶりだ。どうりで最終日の主任(トリ)を任されるわけだ」

「でもあのかぶり物は反則だろ。あんなの笑うしかないじゃん」

 高座名『サイドビーチ豆かん』こと豆ちゃんに感心しきりの三元さんげん。一方、シャモは御高祖頭巾おこぞずきんは邪道だと物言いをつける。


 シャモとて、豆ちゃんの力量を認めないわけではない。

 ただ、思いもよらぬ形で笑いをかっさらわれると、心中穏やかでいられないのもまた事実。

 人気配信者『みのちゃんねる』の血がたぎるのだ。


「ずるいわ……。物静かそうなのがギミックになっているんだよな」

 集中と緩和。緊張と放散。

 かつて山高亭海彦師匠さんこうていうみひこししょうが明かした通り、普段の豆ちゃんとのギャップがまた一段と笑いを誘う。


「あの頭巾は結果的に笑いを取っただけで、本人としては恐らく」

 仏像は、口にしかけた続く言葉をしまい込む。

 髪が伸びるのが遅い豆ちゃんは、刈り上げヘアのままなのだ。


「まーたまた仏像。そうやって『俺だけが知る豆ちゃん』を語ろうとして。何それ匂わせ? あらいやだ旦那様の前で。もうずうずうしったらないわね、奥様もそう思わない?」

 謎の井戸端会議口調で仏像に突っ込む餌。

 旦那呼ばわりされた事にも気づかぬ松尾は、スマホのチェックをしている所だ。


「餌、匂わせって何だ」

「白の頭巾に合わせてペアルックとかやだあ♡」

 問う仏像の、ライトグレーのニットから覗く白いボタンダウンシャツを指す餌。

「それを言うなら餌こそ」

 餌はオーバーサイズの白いニットカーディガンであざとさ倍増。さらに仏像に向かって、あざとくハートマークを作って見せる。

 だが、仏像は完全スルー。

 仏像に相手をしてもらえない餌は、その照準を松尾に定めた。


「ねえねえ松田君。豆ちゃんをどう思う」

「どうでも良いじゃないですか」

「待て松尾。俺は潔白だ。豆ちゃんとは何もない」

 もみじホールで豆ちゃんと会って以来、豆ちゃんと仏像が怪しいと言いまくっている餌。

 物証を前に浮気を否定する物言いになる仏像。

 

「それより、豆ちゃんさんと津島君を待たなくて良いのですか」

 二人のやりとりに、松尾は白け切った顔を向けた。

「豆ちゃんはともかく、津島君か。一応さっき楽屋であいさつはしたが」

 幽霊部員とは言え部員は部員。

 津島にあいさつもなく帰るのもいかがなものかと、仏像は足を止める。


多良橋たらはし先生が楽屋にまた行ったから、待たなくても大丈夫じゃないの」

 餌はいち早く南風なんぷうホールの出口へ。

 冬至近くのとっぷり暮れた寒空の下で、のんびり歩く面々を待つ。

 すると、多良橋が津島を含む数名の若者と楽屋口から出て来た。


「多良橋先生お疲れ様です。津島君も」

「いえ、私は疲れてなどおりません。かつてない高揚感を感じております」

「ああ、そう(やっぱり苦手だ。仏像に丸投げしよう)」

 餌は仏像を手招きで呼び寄せる。


「手伝いはもう終わったのか」

 単刀直入たんとうちょくにゅうにたずねた仏像に、津島は小さくうなずいた。

「この三日間で色々と学ぶことがありました。特に港中等教育学校の落語研究会さんからは、学生落語大会の実情や練習方法など多くを教えていただき」


 あれ、津島ってこんな話し方だったっけ。

 仏像はちらりと餌を見る。餌はその目線を松尾へ。そして松尾は置物化していた長津田へ。

 長津田は、津島を信じられないと言った顔で凝視している。

 そんな一同を見回した多良橋は、咳ばらいを一つした。


「それでな、津島君は三学期から、週一回部活動に顔を出す事になった」

「皆様方、どうぞご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願い申し上げます」

「津島君。僕らに落語脳がないと知りながら……。それを、慇懃無礼いんぎんぶれいと人は呼ぶ」

 小さく毒づいた餌を小突くと、仏像は津島の前に進み出る。


「落語に関しては、俺らが教わる事ばかりだと思う。だが、うちは演芸部門。ペン回しに紙切り、HBBヒューマン・ビート・ボックスに一発ギャグ。南京玉すだれならぬ眼筋玉すだれ。やる事は多いぞ」

「はい、心得ております政木まさき先輩」

「津島君、無理してない?」

 何か悪い物でも食べたのではないかと、クラスメートでもある長津田が津島をまじまじと見つめた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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