第75話~釈迦問答~

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「どりゃあああぁあ!」

カノンは今までの静止状態で頭上から大きく剣を振り下ろす攻撃でなく、巨大な片刃剣を右肩に担ぐような構えから腕を伸ばしきることなくクイックな動作でルシファーに斬り掛ける。

…今までと違い、斬り掛け中に相手が攻撃を仕掛けてきても、腕が伸び切っていないので剣を引き戻し防御に切り替える事も出来るね。

一撃の威力は減ってしまうが、守りを考えるのは一撃で決めれない相手に立ち向かうには重要なことだ。

第一師団の訓練所でルシファーが行う特訓にカノンが加わり二週間が経過した。

カノンは魔法に関しては光星襲来まで使えるので、剣儀を主にルシファーが手解きをしている。

斬り掛けてきたカノンに、ルシファーは剣を持ち自然に垂らしていた右腕を振り上げる。

…あっ。その方向からはカノンは自分の剣筋が邪魔して、ルシファーの剣筋が見えないよ。

腕部強化で速度を上げたルシファーの剣は、カノンの左腰の辺りから右肩を目掛けて振り抜かれる。

<カッ!>

骨が絶たれる音が響き、カノンの右脇下から肩に向け断たれた右腕が巨大な片刃剣を握ったまま吹き飛ぶ。

「ぐわぁ!」

悲鳴を上げたカノンは、崩れ落ち片膝を付く。瞬時に傷口に力を入れたカノンは大量出血を免れていた。

私の横にいた七海が飛び出した。ルシファーに斬り裂かれ弾け飛んだカノンの腕を持ち、カノンの元に駆け付ける。

「今、接合をする」

七海はカノンに呼びかけると切断面を合わせて手を当てる。切断面が薄く光り接合が完了した。

「やはり、七海の方が回復に関しては有能だな」

ルシファーが手際よく接合を行う七海を見て呟く。

闇属性のルシファーだが、私と違い回復魔法も手を抜く事無く修練している。即死以外の回復と肉体の切断を接合する事も可能だが、光属性の七海の方が回復に関しては有能だ。

闇属性に比べ接合後の回復痛が軽くなり、体力の活性化など光属性しか使えない魔法もあるからだ。

接合を終えた七海は、カノンの胸に手を当て<体力活性化>を施す。

「少し休憩したら行けるから!」

七海がカノンに呼びかける。

まだ、苦悶の表情が残るカノンだ。

「ありがとうございます。自分の剣筋で死角が出来てしまったとは情けないですわ」

カノンは以前と違い、冷静に自分の落ち度を見付けていた。

…これが重要だよ。次は死角が出来ない剣筋を考えないとだね。


「ルシファー様。次、お願いします」

メイレーンが剣を抜き、ルシファーの前にやってきた。

「魔法物理結界」

私は物理魔法結界を二人の周りに張った。

結界が張られたことを察したルシファーがメイレーンに呼びかける。

「おいで」

ルシファーの足元に火嵐を投げ付け初手を牽制するメイレーンだ。

…おい、おい。火嵐のサイズがバランスボールサイズとか…ワイバーン程度なら一撃で灰だよ。

通常の火属性が使う<火嵐>はテニスボール程度…大きくてもサッカーボールのサイズだ。メイレーンの<火嵐>は常識外なサイズ…そう、ダイヤ級でも発動出来る者は数少ないレベルに達している。

「フン!」

足元で破裂し火炎をまき散らし視界を塞ぐ炎を、ルシファーは手にした剣を一振りして薙ぎ払った。

開けたルシファーの視界に、胸元へ飛び込むメイレーンが映る。

火炎を薙ぎ払ったルシファーの剣先は地面スレスレの位置にある。メイレーンはルシファーの剣先より少し上の位置から斜め上に向かい切り上げた。

剣先より高い位置から切り上げられたルシファーは、剣でガードをするのは間に合わないと後ろに飛び退いたが…

メイレーンは剣を切り上げると同時に、脚部強化を使って前方に突進をしルシファーとの間合いを詰めていた。

…おお!まさかの、まさかだね。

<シュッ>

何かが斬り裂かれる音がした。無表情だったルシファーの表情が驚きにかわる。

<ポタ、ポタ…>

ルシファーの右二の腕から地面に血が滴る。踏み込みが足りずメイレーンの剣はルシファーの腕を斬り飛ばすことは出来なかったが、ルシファに傷を負わす事は出来ていた。

「二千年振りかな…身を斬り裂かれる痛みを感じるなど…」

ルシファーは剣を納めると、自ら傷口に回復魔法を施した。

「魔法だけでなく、剣儀の成長も素晴らしいな…メイレーンよ」

「まさか…私の剣がルシファー様に届くだなんて…」

驚きを通り越してしまい半泣き顔になっているメイレーンだった。


「すごいよ!メイレーン!」

訓練の順番を待ち見守っていたセレンが、メイレーンの元に駆け付けてナデナデしてる。

「流石ですわ。私も頑張らないとですね」

メイレーンとの実力差を体感しているカノンは、素直に感嘆している。

「では、次はセレンの番だな」

ルシファーの呼びかけに、剣を抜きセレンが構える。

◆◆◆◆◆◆

…今日は謁見とかないってルシファーが言ってたから、日暮れまで特訓かな。

七海と私は多重空間ポーチから赤ワインのボトルを取り出し、二人で回し飲みをしながら訓練を見守る。

それは突然だった!

<パーン!>

セレンがルシファーに斬り掛け、ガードをしたルシファーの剣と刃が絡んだ瞬間だった。

掌中の鉄乃剣が砕け霧散してしまい、呆然とするセレンだ。

「刻が来たな…セレン…おめでとう!」

予感があったのか驚くこと無く、ルシファーがセレンに祝福の言葉をつたえる。

「もしかして…もしかして…」

言葉に詰まり薄く涙目のセレンだった。

手の平の多重空間からルシファーは木の小箱を取り出した。

小箱より数本のバングルを取り出すと、ルシファーはバングルを手の平に置きセレンに差し出す。

…二回目の選剣儀だね。

手の平をルシファーの手の平に置かれたバングルに向けるセレンだ。

「剣よ…私に力を」

ルシファーの手の平より一本のバングルが消え、セレンの左手首に新たなバングルが現れた。

「えっ!水晶!?」

手首に現れたバングルを見て驚愕の表情になるセレンだった。

「メイレーンが水晶乃剣で帰って来た時も驚いたが、セレンも水晶とは…凄いな」

とてつもない驚きでルシファーですら凡庸な表現しか出来ない。

闇と光属性以外で水晶乃剣を手にした者は過去に数名しか記録はない。

それが短期間に二名も現れた。この異常事態をどう考えればよいのか私も悩む。

「やはり…彩美が…」

小さく呟いたルシファーの声が聞こえた。

「えっ!?私、またなんか…やちゃった?」

「それに関しては、この後の食事の時にでも話をしよう」

日が傾くまで時間も少ないので、今は訓練を続ける事をルシファーは選んだ。

…そうなんだよね…もう…いつ…はじまってもなんだよね。

迫り来る脅威にルシファーは一刻も無駄にせず、三人を育てたい強い思いを感じる。

…誰も失いたくない…その為には修練を積み重ねるしかない。氷のような印象だけど…ルシファーは温かい人なんだよね。

◆◆◆◆◆◆

抜剣に必要な魔力が溜まるまで、セレンは剣を抜く事が出来ない。

「はい!これ使ってね」

私は水晶乃剣を抜剣してセレンに渡す。

「ありがとうございます!」

受け取った剣を手にセレンは、ルシファーとの訓練に戻っていった。

以前、ジルに私の金乃剣を貸した時は肉体消滅の危機があった。これはジルの持つ魔力より多くの魔力を剣に求められ、不足した魔力の代わりに肉体が剣に吸収された為だから。

今のセレンは水晶乃剣に認められているので、水晶乃剣を使うのに十分な魔力がある。

だから、セレンが私の水晶乃剣を使っても問題はない。

ただし、セレンの魔力に合わせた剣の姿ではないので、実力を全て発揮するのは難しい状態だが。

「どりゃあああぁあ!」

再びカノンの雄叫びが訓練所に響く。

私と七海は訓練をしている横でワインを飲み見守っている。

治療が必要な怪我が起きれば、七海が飛び出し治療を行い訓練が続く。


気が付くと日が傾き、訓練所は薄暗くなりはじめていた。

「今日は…ここまでにするか」

ルシファーの前では三人が大の字で倒れている。

「ありがとうございました」

メイレーンが荒い息の中、頑張ってルシファーに礼を伝える。

「では、飯と行きたいが。セレンの昇級手続きが先かな」

…まったく、優しいよ…ルシファー。

「私が立会人で申請に行くから、ルシファー達は先に飯屋に行っててね」

「空腹なので、それは嬉しいが。彩美と七海は何が食べたいかな?」

…あっ、ルシファーが明日からの事で気を使ってくれてるよ。

「七海はどこがいいかな?」

私の呼び掛けに七海が応える。

「少し肌寒いし…もつ鍋でどうだい」

「わー!いいですね。カロリーいっぱいで、明日も頑張れます!」

メイレーンが乗ってくれた。

「確かに鍋はいいな。語り手であった刻の彩美の影響なのか、私も大好きだ」

…えっ、ルシファーの趣向にまで私の趣味は影響してるの!?

「私やマドカ。ナタリー、ナターシャ…物語を紡ぐ刻に彩美が心を重ねていたのだから当然のことだ。そこまで想いを込めてくれた…私は嬉しいぞ」

…逆もまた真なり。久々にだね。

◆◆◆◆◆◆

セレンを連れ私と七海は冒険者ギルドへ。

「ミナイ!すまないけど…」

私の呼び掛け中に、セレンのバングルを見たミナイが応えてくれた。

「おうっと!セレンさんも水晶乃剣ボーナス昇級ですか!?」

ミナイの声にギルド建物内にいた冒険者達が騒めく。

「水属性で水晶の剣!?」

「少し前に火属性のメイレーンが水晶の剣とかなかったか?」

「って!二本目の剣とか本当にあるのか?」

雑踏の騒めきを完全に無視して、ミナイが昇級手続きの準備をしている。

バインダーからセレンの登録用紙を取り出すと、水晶のコインを乗せる。

セレンがカウンターに置いた黒曜石のコインが霧散した。

「はい!昇級完了です!」

「あの…随分と手際がよくないかい?」

私の問いにミナイがサラリと応えてくれた。

「ギルマスも近い日にと…想定してましたから」

…そうか。リナも感じていたんだね。

「わ、わ、わ…私が水晶級!?」

水晶級冒険者。それは…冒険者を目指した者の中で万人に一人がなれるかの関門。これより上位のサファイヤ、ダイヤに関しては実力差より出会える機会の影響が大きい。

水晶級より上を求める依頼の発生は数十年に一度あるかどうかだ。

昇級に影響する依頼がなければ…当然だが昇級は出来ない。

精霊級ドラゴン討伐、国家転覆を阻止するレベルでの偉業でもない限りは昇級のチャンスはないから。

「セレンさん。おめでとうございます!」

ミナイの呼び掛けに現実を感を取り戻したセレンだった。

カウンターの水晶級コインを受け取り、革鎧の腰ベルトに固定した。

「水晶級…初めて会った彩美さん達を見て…いつの日にか!と、誓った。でも、こんなにすぐなんて…少し心構えが…」

「おめでとう!そんな難しく考えないの。セレンが水晶級に相応しいから、ギルドも昇級を認めたんだから」

予想もしていなかった水晶級への突然の昇級に驚くセレンに、私は声をかける。

…深く考えないで欲しいよ。本当は階級に重さなんてないの…階級より、なにをすべき為に、求め得た力を使うかが重要だから…

ギルドを立ち去ろうとする私達に、ミナイが声を掛けて来た。

「あっ。そういえば、彩美さんと七海さんは明日から…」

「うん。今回は色々と片付けをしてくるから…少し長いと思うので、ミナイ!フォローよろしくね」

…本当は…数年は両方の世界を行き来しての予定だった。

集まった歯車は噛みあい、回り出した。少しずつ加速して…来る日に…そんな考えでいた私だった。

だが、回り出した歯車は私の予想を超えた速度で回り始めている…

どっち付かず。そんな生活で、メネシスと夜の新宿を楽しもうと考えていた。でも…もう…

私の想いに気が付いた七海が私の手を握り締めてくれた。

…彩美と一緒なら私はどこでも幸せだよ。

握られた七海の手から感じる想いだ。

「はい!任せてください!他のギルド支部も多くの冒険者を地下迷宮に向かわせておりますので…帰ってくる頃には結果が少しずつ出ていると思います。ギルドで出来ることは責任を持って行いますので」

ミナイも<私達の手で>を理解し賛同してくれている。そして、自分の出来る事を探し、協力を惜しまずにしてくれている。

…本当に嬉しいよ。

「じゃあ、帰って来たら女子会しようね!」

心の中の葛藤をミナイに悟られないように、出来るだけ平常の挨拶をしてギルドを私は出た。

◆◆◆◆◆◆

ギルドを出て三人でメインストリート歩んでいると<もつ鍋屋>が見えて来た。

懐かしい記憶が蘇る。

…ここで、ケンとナンシーに初めてあったんだよね。

去年の秋の終わり頃…まだメネシスの生活に慣れず、七海と街ブラをしていた刻…すでに、歯車は動き出していた。

「彩美さーん!ここですよ!」

少し思い出に浸っていた私を、メイレーンの声が現実に引き戻した。

「はーい!」

返事をした私は二人と一緒にテーブルに座る。

メイレーンが酒と、もつ鍋の具材を追加注文してくれている。

すぐに酒が届き乾杯をすると…爆食タイムだ。

鍋は私と七海に合わせて辛さ控えめにしてくれていた。

次々と鍋に追加されては胃袋に消えていく具材。息次ぐ間もなく届く酒杯だった。

私は毎度だが前半で満腹になり、酒を飲みながら皆の爆食を見守る。

…本当に、何処にはいるのかな?

毎回、感じる疑問だ。七海、ルシファー、メイレーン、セレン、カノン…幻体のシュヴェは別として…全員、スタイルは抜群だが、爆食後でもスタイルは変わらない。今も皆の胃袋に消えていく大量の食材を見ていると胃袋に空間拡張術が施されているのでは?と、思ってしまう私だった。

皆の箸も少し落ち着きはじめる。

「さて、締めにしようか」

七海の提案で締めの準備を私は、はじめる。

麺と薬味を注文すると、私は鍋の中に残っていた具材を網で掬い綺麗にする。

取皿を七海が渡してくれたので、残っていた具材を入れて返した。

…本当に気配りが凄いよ七海。

捨ててしまってもの屑野菜やモツの破片だけど、無駄にする事無く食べてくれた。

…やっぱし、食べ残しが少ない方が店も嬉しいしね。

届いた麺だが前回と同じで、うどんだった。鍋に麺を入れて少し煮込んだら…

「出来たよぉ!」

私の掛け声で…またも爆食モード全開の面々だった。


しばらくして皆の箸が落ち着くと、店員が鍋を下げて、つまみの漬物とチーズの盛り合わせを持って来た。

「さて、訓練所での話だが…」

腹も落ち着いたルシファーが酒杯を片手に話をはじめた。

「メイレーン達の急な成長だが彩美が影響をしているのは間違いない」

「また…私…なんか、やちゃったのかな…」

…存在するだけで事象に影響を与える存在とか…もう、本当に覚醒者としてでの<人>でもないのかな…

「そうではない」

「えっ!?」

「おおよそ、彩美の考えそうな事は予想がつくからな」

…逆もまた真なり…いや…これだけ色々と一緒に過ごして居れば予想はつくのかな?

「メイレーンに聞くが…わかるか?」

ルシファーの問いに躊躇いなくメイレーンが応えた。

「それは、彩美さんの想いに…」

私が本当は誰も傷つかず、誰も失うことなくメネシスの安寧を守りたい。そう、強く願っている事は知っている。

だが、それでは将来に待つ脅威に対しては対応できない。そこで、私が考えた<私達の手で>を実現しなければならない。

将来は集ったメンバーが適材適所で運用される組織であっても、組織が自律するまでは自分達が<核>になる必要がある。

集うメンバーが強く成れば、傷付く事も失う事も少なくなるはずだ。多くの冒険者は階級や属性で自分の上限を決めてしまう。

そこで、私達が<限界なんてない!>と見本になり、集ったメンバーが修練を続け、限界を超える目標になる。

その為であれば…吹き飛ぶ手足の痛み…息も切れ地面に倒れ込みたい身体の訴え…ベッドの上で感じる眠れない程の死んだ方が楽に感じる回復痛…そのどれも気にならない。

…そうだよね。一日に何回も手足が吹き飛ぶ訓練なんて…普通は耐えられないよね。

普通であれば訓練中に手足が吹き飛ぶなど考えられもしない。万が一、手足が吹き飛び回復魔法で接合されても、リハビリを含めれば数週間は元の生活に戻れない。

三人は常識では考えられない訓練をルシファーから受けている…

「だって…彩美さんは…」

メイレーンが言葉を紡ぎ続ける。

私の物語が現実になった。それに、私は責任を果たそうとしている。

メネシスの事など私には関係ない。全ては<自分と関係ない出来事>と、ガイアで得た幸せを守る生活も出来たはずだ。

ガイアでの安寧を捨て、メネシスの為に尽力をする私にメイレーンは…

「そして、私達に襷を託してくれました。それに応えられないのであれば、私が冒険者を続ける意味はない。…襷を託してくれた彩美さんと友達を続ける資格も無くなるから…」


全てを聞き終えた時、私の顔は涙でグシャグシャになり、私を抱き締める七海の胸に顔を埋めていた。

「納得したか?彩美」

ルシファーが優しく私の髪を撫でてくれている。

「私と友達を続けたい…」

この言葉に私は言葉を紡げなくなっている。

…そんな理由で…そんな理由で…私に…そんな価値があるの!?

「言葉にするのが難しいことはいっぱいあります。でも、一緒にご飯を食べて、お酒を飲んで、いっぱいおしゃべりして、温泉に一緒に入って、一緒に冒険をした。全て私の宝になる記憶…思い出です。これからも一緒に思い出を重ねて、一緒の刻を過ごしたいです」

私の心を見透かしたかのように、セレンが言葉を重ねてくれた。

「私も…皆と一緒に…ずーっと一緒に思い出を重ねていきたい…」

七海の胸から顔を起こすと、涙目笑顔の皆が待っていた。

「彩美。本当によい仲間に出会えたな」

…えっ、ルシーファーまで涙声!?


「さて、明日からのことを皆に話した方がよいのではないか」

ルシファーはクリスタルを溶かしたような美し声色に戻っていた。

「うん。今回は…ガイアと決別の準備をしてくるよ」

「店とか他の人の生活に関わる事とか整理しないとね」

ガイアでは全てを注ぎ込み愛した店を手放す。断腸の思いのはずの七海だが、明るい声で皆に決意を伝えている。

「えっ。お店も手放しちゃうんですか!?」

ガイアの話を酒の肴にすることも多かったので、七海の店への思い入れを知っているメイレーンが驚きの声を上げる。

「私達を応援してくれる仲間もガイアにいるから完全にガイアと決別は出来ないけど…私の故郷は、彩美の愛するメネシスと決めたから」

テーブルの下で七海が私の手を強く握ってきた。

何回も七海と話をした。本当なら、もう少し心を決める時間を私も七海も欲しかったが…

「回り出した歯車は…加速することはあれど…止まることはない」

ルシファーが的確に状況を要約してくれた。

「もう、私達の長期間の不在は危険すぎるの。戻っているネクロマンサーが準備を整え王都に明日進軍してくる可能性すらある。だけど、メネシスの為とガイアを完全に放置する事も絶対に出来ないから」

店の問題、マンションの問題…他にも長期不在で問題が発生する可能性は色々ある。全てマキに任しているが法的な手続きを行わなければ、どうにもならない事態になり多くの人に迷惑をかけることになる。例えば、ある日突然に店が営業出来なくなったら働くキャスト、スタッフが路頭に迷う。そんな事態は絶対に避けなければならない。

「色々とやる事があるので長ければ二ヶ月位は必要とするかもなんだけど…」

「任せてください!彩美さん達が戻るまで、私達で守ります!」

抽象的な表現だがメイレーンの決意を強く感じれる。その決意は、私と七海が安心してガイアに戻れる力強さを感じれた。

「私も!」

「私もですわ!」

…セレンとカノンも心強いね。

◆◆◆◆◆◆

メイレーン達はルシファーの特訓で疲労も激しかったので二次会はなく解散だった。

七海と部屋に戻り、風呂に入ってるとルシファーがやってきた。

「御一緒よろしいかな」

「待ってたよ」

ルシファーが来ることを、私は予感していた。

持参した米酒をグラスに注ぎ、私と七海に渡すルシファーだった。

自分のグラスにも米酒を注ぐと湯舟につかり、軽くグラスを掲げた。

私と七海もグラスを掲げ乾杯をすると、杯に口を付けた。

「向こうに戻ったらマドカと話をするから。二泊三日くらいでいいかな?」

これでルシファーはわかってくれた。

「マドカが戻り王女代理をしてくれるのであれば…もっとゆっくりと、思ってしまうが。そこまで、危ういのか?」

まだ、ルシファーでも察し切れていないのか…歯車の回転が速すぎる…

「数年から数十年で考えていた…それが…数ヶ月に凝縮されてしまっている」

…そうなんだよ。まだ、私がメネシスに転移して約一年。まだメネシスで実活動を初めて半年にも満たないんだよ…

「彩美!違うから!…<世界>が急な歯車の加速を感じて、対応方法に困って…最終手段として彩美をメネシスに召喚したんだよ…」

…えっ、七海。なんで…

「彩美は、私の復讐の話を聞いた時に…私は復讐だったけど世間的には、正体不明の世直し人…って言ったの覚えてる?」

「忘れる訳ないじゃない」

なにかを悟った感のルシファーが話し出す。

「彩美の悪い癖だな。全て自分が影響を与えてしまって状況を悪くしている。本当は逆で、状況が悪化しているから彩美が召喚された。彩美が干渉をしてくれなければ、私達メネシスの民は…成す術もなくダブネスの虐殺対象でしかなかった。メネシスの立場から見れば、彩美が厄災を運んできたのでなく、彩美に厄災を押し付けてしまった…これで、いいかな七海」

「ありがとうルシファー。本当に…彩美は他の人の荷物は軽くするのに…自分の荷物は重くするからさ」

七海が涙声になっている。

…だって、私がダブネスなんかを物語に紡がなければ。物語…そのものを紡がなければ…七海を巻き込むことなく…ルシファーの苦悩も…

「本当に、荷物を増やすのが好きだな彩美は」

「えっ!?」

…逆もまた真なり。なの?ルシファーに隠し事は出来ないのかな。

「逆もまた真なりでもなく、心を見通している訳でもないぞ。なあ、七海」

「物語を紡がなければ…でも、物語がなければ…こんな幸せな時間を私は得られなかった」

…えっ!?この状況を幸せと言ってくれるの七海は!?

「物語が紡がれること無ければ…私は…いや、私達メネシスの民は命を授かることは無かった…命が無ければ恐怖を感ることは無い、嘆く必要もない。だが、幸福も感じることは出来ない」

…なんか、美香の女子会レベルで私の思考が追い付けないよ。

「ふふ。だから、彩美は私の最高の旦那なんだよ」

「彩美が単純な訳ではない。全ての厄災の因果は自分で、厄災を晴らす責任は私にある。そう彩美が考える限り、彩美の考えていることがわかっていまうからな」

わかりそうで、わからない。物語の紡ぎ手の私が因果でなければ、なにが因果で…

…あっ!?

理解出来そうで出来ない思考の迷路に迷い込んだ、私の思考が限界に達したのか、急に酔いが回った感覚から、グラスを握る手の力が抜ける。

私の手から落下するグラスを七海が受け止めてくれた。

「物語を紡いでくれた彩美には感謝しかない。そして、動き出した世界は…彩美が言う様に独自の世界を歩み始めている。だから、全てを一人で背負わないで欲しい。私達も一緒に背負いたいから…」

ルシファーの声が…耳に響くが、私の思考は限界に近く理解が出来ないでいる。

「ゆっくり、一緒に考えようね。だから、今宵は…ゆっくりやすんでね」

七海の声が心地いい。私は…もう…考えられない…意識が闇に落ちていく…


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