第13話 この世界の生物は魔力を内包しているのだから、四肢の再生も楽勝だよ

 魔王イグニスとして強力な魔物を討伐するという武勲を挙げた僕は、その後に例の洞窟前でルナたちと合流した。


 彼女らは全員が無事に生き延びたらしく、ルナとアテナは各方面に指示を出して次の行動へ向けて既に準備を進めていた。黒いフードの子たちが次々と森の各方向へと散っていく中、ルナとアテナは怪我人らしき子たちの容態を見ていた。


「ご苦労、二人とも」


「魔王様! ご無事で何よりです!」


「イグニス、お帰り。あなたのお陰で、今回の作戦はつつがなく終了したわ。ブランという魔物を倒してくれたのでしょう?」


「魔王様は本当に凄いです! 我々による事前の情報収集ですら察知できなかった魔物の存在を予見し対処するなんて、流石です!」


「そ、そうか。まあ、我からしてみればこんなのは楽勝だ」


 アテナは相変わらず僕を崇拝するかの如く、目を輝かせながら尻尾を大振りに動かしてサムズアップしてくる。そういう時は、彼女の頭のてっぺんを優しく撫でてやると良い。


 彼女は満足そうに堪能してから、暫くは自分の世界に入り浸っている様子だった。しかし、ルナの方は作戦が順調に終わったにも関わらずまだまだ深刻そうな面をしている。


 その理由は恐らくだけれど、彼女たちが介抱していたそれが原因なのだろうと察する。


「それで? 生存者はそいつだけか?」


 僕が真面目な雰囲気を醸し出しながら話を前に進めると、先程まで蕩け顔だったアテナもルナの後ろに下がった。どうやら、状況の報告はルナの方がしてくれるらしい。


「そうよ、生存者は一名のみ。アテナたちが洞窟を脱出するとき、崩れかけた壁に隠し通路があったのを偶然発見したらしいわ。その中で息絶えた同胞たちと一緒にされていたみたい。他の同胞たちは皆んな、魔法の実験台にされてしまったようね。戦闘用の兵士になるか、もしくは魔族に転生するという薬品らしきものの開発に利用されたか……。助けられなくて、ごめんなさい」


 彼女の表情は、真夜中でも陰が差すほどに暗い。同胞を助けられなかった不甲斐なさで自分自身を過剰に責めているようだったけれど、元々、僕たちがいなければ助からなかった魔族たちだ。


 だからむしろ、一人でも多く助けられたと安堵するべきだ。こんなところで一喜一憂していたら、この先に待ち構えているだろう悲劇には耐えられない。


「気にする必要はない。一人、救出できたと考えるのだ。我々が来なければ、きっとそやつも同じ末路を辿っていたことだろう」


「でも、その人も状況はあまり良くはないの。見れば分かるでしょう」


「ああ。四肢が、存在していないな」


 そう、たぶんだけど彼女、は顔が火傷を負ったかのように酷く爛れており、体の所々に紫色の痣や何かの病気と思われる黒い痕もある。四肢は切断された後に無理矢理縫合したみたいな痕があるし、他にも髪の毛や耳や角の一部が欠損、瞳に光は一切なく絶望一色に染まり切っている。


 歳はせいぜい十歳かそこらだろう。この歳でこのような仕打ちを受けるほどに、この世界は魔族にとって風当たりが強く、そして腐りきっている。


「殺して……。お願い……。殺して……」


「こんな風に、さっきからずっとうわ言のように繰り返しているの。この状態からの回復は不可能だから頑張って情報だけでも引き出せないかと思ったのだけれど、完全に廃人になってる。このまま生かし続けることは可能だけれど、できれば安らかに逝かせてあげたいの」


「魔王様、私も彼女はこれ以上は苦しむばかりだと思うのです。だから、せめて魔王様の手で終わらせていただけないでしょうか? 魔族にとっては、それが一番の安らぎになるはずです」


 なるほど、概ね状況は理解することができたのだけれど一つ疑問なのだ。どうして、僕が彼女を殺さなければならないのかという点である。


「黙って見ているがいい。魔王の力を、侮ってもらっては困る」


 僕は倒れている彼女の傍に寄って片膝をつくと、自分の右手に魔力を込めて彼女の胸の辺りに手を添えた。自身の魔力、そして彼女の魔力を制御下に置いて、彼女の体を魔力で再構築することを試みる。


 この世界の生物は皆、多かれ少なかれ魔力を体に内包している。魔力が全くない事例もなくはないだろうけれど、それは魔力を保有できないのであって扱えないわけじゃない。


 そもそも、この世界の大気中には少量でもかなりのエネルギーとなる魔力が漂っているのだから、僕たちの体はそれに耐えうる肉体強度を生まれながらに持ち合わせていることになる。そんな強度の肉体を手に入れるには慣れる必要があるのだから、肉体は魔力の有無に関係なく体外と体内で魔力のやり取りを日常的に無意識下で行っているということだ。


 そしてもう一つ、魔力は一定以上のエネルギーを持つと質量を持つことができる。これは量子論とか相対論とか、そういう次元の話になってくると思うけれど、前世でも質量とはエネルギーであることがアインシュタインによって証明されている。


 何が言いたいのかと言えば、生物に関わらずこの世界の遍く質量を持つ物体は大本を辿れば魔力で構成されているのではないかということだ。材質や大きさ、思考力を持ち合わせるかどうかなどはそれぞれの個性に過ぎず、僕自身もまたやろうと思えば体を魔力に分解できるはずなのだ。


 無生物から魔力を感じ取れないのは、魔力が何かの粒子であって、それが何らかの反応を示して別の物質に変化している……みたいなものじゃないかな。可逆的に、魔力と反応させれば魔力を持たない物質も魔力と反応させれば魔力に戻せるのかもしれない。


 これらを総合すると、肉体の再生は魔力を使えば容易にできるということだ。それには勿論、膨大な魔力と精密な魔力操作が必要になるだろうけれど。


 だって、肉体を再生したところで腕があり得ない方向に曲がったままだったとか、内臓の位置がぐちゃぐちゃになってたら嫌でしょ、人間として。まあ、それでも生きられないことはないと思うけれど、それを目撃したら本人を含めて卒倒する姿が用意に想像できる。


 僕と彼女との間で魔力のやり取りが行われているうちに、徐々に黒い光が腕や足、頭部など欠損した部位から徐々に再構築を始めていく。ついでに体にできた痣や病気も細胞を新しく作り変えることでリセットしておこうかな。


「凄い……。体が、再構築されていく……」


「これが魔王様の見せる奇跡の力……なのですか?」


「奇跡でも何でもない。一定基準以上の魔力を持っていれば、誰でも可能だろう」


 二人が感心している間にも彼女の修復は進み、やがて彼女の姿は元の姿へと復元された。額に映えた先の赤い一本の角を持つ魔族、これは鬼人族だろう。


 鬼のような角を持ち、魔力があまり多くない代わりに身体能力の高さに秀でた種族。だが、彼女は数少ない女性型のおかげなのか魔力量は大したものだ。


 ルナやアテナには到底及ばないが、今の仲間たちの中ではかなり将来性のある人材。これは是が非でも、仲間へと迎え入れる必要があるな。


「おい、起きろ」


「殺して……。お願い……」


「ほう、肉体は完全に再生させたはずだがな。それでも尚、死を望むか?」


「え……。あれ、声がちゃんと聴こえる……。喋れる……。体も痛くないし、腕も、足もある!」


 彼女はガバッと上半身を起こすと、自分の体に異常がないことを触ったり、つねったり、叩いたりして確かめる。もしかしたら夢でも見ているのではと思っているのかもしれないけれど、これは紛れもなく現実にある肉体だ。


「私は、確かに……。どうして?」


「肉体は我が再生させた。だからと言って、精神的な障害が消えたり、記憶に残るトラウマがなくなったりしたわけではないがな。これでもまだ死にたいと願うなら、一思いに殺してやろう」


「私は……。いえ、そんなことはないのです。ですが、もう私には帰る場所もなく……。一人で生きていくことは叶わないです……」


「問題ない。衣食住は我々が責任を持って保障しよう。ただし、我らの軍門に下るならな」


「軍門……。また、私に実験を強いるのですか?」


 彼女は恐怖に声や体を震わせながらも、抵抗するような様は見せない。自分の肉体を完全に再生させた人物に手を挙げるような短絡的思考は持っていないが、完全に信用しきれていないといったところか。


「実験はしない。我らは、言うなれば運命に抗う者だ」


「運命に、抗う?」


 僕は彼女を怯えさせないようにゆっくりと頷き、なるべく優しい声音を心掛けながら魔王ボイスで話を続ける。


「魔族を虐げしこの世界へ、反逆の狼煙を上げる。我らは同胞たちを募り、そして来るべきその日のために備えるのだ。お前のような存在に、このような不条理や理不尽を強いる世界を変えるのだ」


「あなたたちは、何者なんですか?」


 僕はその場から立ち上がり、羽織ったローブの先を魔力で靡かせながら自分の正体を明かす。なるべくドラマチックに、そして運命的な出会いを演出するために。


「我らは、魔王軍。そして、我が名は魔王イグニス。魔王軍を支配する王であり、魔族の未来に希望の光をもたらす篝火だ」


「いぐ、にす……。伝説の魔王の、生まれ変わり……」


「さあ、我らが同胞よ。もしも、この世の理不尽に抗いたいと希うのなら、我らの元に来い。その身に、反撃の灯が宿っているのならな」


 彼女は暫く黙っていたのだけれど、やがて一度立ち上がると居住まいを正してその場に正座した。そして、日本人も見事と言わざるを得ないほど素晴らしい土下座をした。


「魔王様、先ほどは大変失礼致しました。私、元は鬼人族の集落にて巫女をしておりました者でございます。名はございませんが、このような卑しき者があなた様の配下の末席に加われることを光栄に思います。助けていただいた恩に報いるべく、全身全霊を以て務めさせていただきます」


「そうか。では、その忠誠心を称えて、この魔王イグニスの名の下に貴様に名を与えよう。今この瞬間より、貴様はディアと名乗るがよい」


「ディア、でございますか?」


「ああ。我が故郷にて鬼を表す言葉の一部を借りた。安直だったか?」


「いえ、私のような者には勿体ないほどの誉。謹んで、拝命致します」


 うんうん、非常に礼儀正しくて武人のような佇まい。忠誠心が高いのはルナやアテナと変わりないけれど、妄信するような感じでもないしアテナよりはまともそうだ……。


「魔王様、私の主殿。これより私は、主殿との下僕として粉骨砕身、働く所存。それで、最初のご命令は何でしょうか? このような全裸の状態で放置なされるところを見るに、夜伽をご所望でしょうか?」


「……え?」


「私は既に純潔を捨てさせられた身ではありますが、女として男を喜ばす術は熟知しております。何でしたら、この後すぐにでも私がお相手し悦ばせてご覧に入れましょう!」


「い、いや、それはちょっと……」


「私の貧相な体では不満でしょうか? これでも、胸も結構ある方かと思いますが」


 彼女が何故か自分の歳不相応に育った乳を揉みしだき始めたので、僕は視線を逸らさざるを得なかった。確かに、日本人の大和撫子のような黒い長髪とスラっとした体つきは男からすれば魅力的なのだろう。


「イグニスに手を出したら……」


「魔王様の寵愛を一身に受けようなどとは、戯言を……」


 というか、彼女の年齢は十歳とかそのくらいのはずなのにもう夜伽って……。いや、この世界だとそういったことは当たり前なのかもしれないと割り切ろう。


 そんなことよりも、僕の後ろに控えている二人から無言の魔力圧が降り注いでいることにいい加減気づいてほしい。今にも人を殺してしまいそうな勢いなので、取り敢えずは彼女を落ち着かせよう。


「ルナ、アテナ。ディアに衣服と食事、それから寝床を用意しろ。今日のところは引き上げる。明日にでも、今日の調査報告を聞くことにしよう。彼女からの聴取も明日以降だ。いいな?」


「分かったわ、イグニス」


「承知しました、魔王様!」


 夜伽云々の件を有耶無耶にすると、彼女たちはとても嬉しそうにしながらディアを介抱し始めた。ディアは何だか残念そうにしていたけれど、僕は今のところ誰とも行為に及ぶつもりはないので綺麗さっぱり諦めて欲しいところだ。


 こうして、魔族の同胞を救出する作戦は無事に終わりを迎え、僕たちは帰路に着いた。


 この件についての詳細を、後にアテナから聞き及んで『魔導叡智研究会』なる存在や、その組織が扱っている研究の内容の一端、魔族に対する暴虐の限りを知ることになった。


 僕個人としては魔王プレイを堪能するため、そして理不尽から最も遠い存在が魔王だから魔王になったわけだ。


 そんな僕でも、別に情が全くない冷徹な人間というわけではない。彼女たち魔族が自分たちの身に降りかかる理不尽に立ち向かおうと努力する様を見ていると、何だか前世の自分を見ているようで放っておけないのだ。


 だから、そうだな……。僕はこれからも魔王として彼女たちの前に君臨し続け、彼女たちが魔族としての人権を取り戻せるその日まで、できる限りの援助を続けようと思う。


 そのためにも、まずは必殺技を完全なものにしないとね。今日はゆっくり休んで、明日からまた特訓再開といきますか。

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