第5夜

 次の日の昼休み、夜はいつものように屋上の一番高い場所でお昼ご飯を食べていた。風が心地よく頬を撫でる中、彼は静かな昼下がりを楽しんでいた。そのとき、梯子を登って黒羽が現れた。


 夜は黒羽の登場に驚かず、ゆっくりと目を上げる。「普通さ、屋上って閉まってると思うんだが」と黒羽が言うと、夜は軽く笑みを浮かべた。


「いつもは閉まっているさ、でも僕ならこれぐらいすぐに開けられる。ピッキングは必須科目だからな。それに屋上は開かれるべきだろう」と夜はまるで当然かのごとく答えた。

 

「何の必須科目だよ……。昨日のあれ、普通ニュースになってもおかしくない事件だったのに、どこにも触れられてないんだ。これおかしいと思わないか?」黒羽の声には疑問がにじんでいた。


「確かに、僕たちは触れてはならないものに触れてしまったのかもしれないな」と夜は深く考え込んだ表情を浮かべた。


「あっ、そのフレーズいいな。じゃなくて、でもバレなくてよかったわ。あっ!そういえば、今日そっちのクラスに転校生来たんだろ?……って誰か登ってきてないか?」黒羽が問うと、夜は静かに指を口元に当てて彼を制した。


「隠れよう」と夜は囁くと、2人は周囲を警戒しながら身を潜めた。


 すると、施錠されていないドアから1人の少女が現れた。彼女は周囲を慎重に確認しながら、電話をかけ始めた。


「高校に潜入完了しました。すでに探知機で確認しましたが反応はありませんでした。引き続き放課後も任務を継続します。」彼女の声は冷たく、決然としていた。


 耳からスマホを離すと、よりにもよって進学校とかブツブツ呟きながら、入ってきたドアから校舎の中へ消えていった。


 黒羽と夜は息を呑んで視線を合わせた。彼らが見てはいけない光景に遭遇してしまったのだ。


「やばいところ見てしまったな!」黒羽の焦ったように今の出来事を振り返る。


「面白いところ見てしまったな!」しかし、夜の声は興奮に満ちていた。


 夜は微笑みながら黒羽に告げた。「今の子がさっき聞こうとしていた転校生だ。確か名前は望月鈴音だったかな?屋上で意味深な一言、中々見所あるな。」


 しかし、黒羽は警戒心を隠せなかった。「やめとけ、明らかにやばそうだろ。夜と関わるとおかしな事ばっかり巻き込まれる……。なんか最近まともに話ができてない気がするんだが、今日はもう戻るわ。じゃあな」と彼は急いでその場を後にした。


 夜は少し寂しそうに彼の後ろ姿を見送った。

 

 少女の放った言葉を思い出しながら、残りの昼食を平らげ、痕跡を残さないようにしっかり施錠して、鐘の音に合わせて自分の教室に戻っていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夜は、教室に戻った後、興味を引かれた転校生である鈴音を静かに観察していた。転校初日にありがちな質問攻めの洗礼を受ける以外に、その日は特に変わったことはなく、静かに過ぎていった。


 放課後に今日も日課の訓練を終え、自宅へと向かう夜空は、雲1つなく、満ちた月の光に照らされていた。


「今日は満月か。ちょうどあの日と同じで、今頃は桜が美しく咲き乱れているだろうな。」


 月の輝きを感じながら、夜はもう1つの習慣を果たすために堤防へと足を運んだ。桜の下で、重いカバンを優雅に置き、手際よくバイオリンを取り出した。


 そして、月光がそのまま楽譜になるかのように、夜の指先が優雅に音を奏でていく。


(満たされる……。すべての努力が報われる瞬間だ。美しさとカッコよさの共存は完ぺきといっても過言ではない!)


 目を閉じながら、この美しい感覚に浸る。


 満月の下、桜の花が舞う美しい光景と、川のそよ風とともに響くバイオリンの旋律に、自分を客観視しながら、満たされる感覚。


 完全に夜はすべての理想が詰まった現状に酔っていた。


 最後の音が風の中に溶け込むと、ゆっくりとバイオリンを下ろす。最高の現状に名残惜しさを感じながら。1度しか奏でないことでしか表現できない特別感とカッコよさを重視しているため。2曲目を奏でることはなかったが、最後にもう1度その場の空気を堪能した後、ゆっくりと闇の中に消えていった。


 (めちゃくちゃ……カッコいい!!)


 深夜の堤防の木の陰にひっそりと立ち、ここにも、もう一人カッコよさに魅了された少女がいた。


「今日塾行ってよかったよかった~!まさかこんなカッコいい夜君を知れるなんて!もうこれは運命以外考えられないね!明日鈴音ちゃんにいっぱい、ありがとって言わなくちゃ!」


 愛菜は、先生から任された鈴音の学校案内をしっかりと終え、塾に行くべきか悩んだ。しかし、いつも通りの時間しっかりと勉強をした自分をほめ讃えた。


 「それにしてもカッコよかったな~。運命の赤い糸がほんとに見えた気がしたよ。いや、私の運命の糸は確実夜君の心につながっていた。昨日はいっぱい話したし……今日はかっこいい夜君を見れた……じゃあ明日は……うふふ…………ああ!写真を撮るの忘れちゃった!」


 激しい妄想はショックと同時に現実に引き戻した、しかし愛菜の周りには静けさだけしか残されていなかった。


 愛菜に見えた運命の糸、恋が成就するかはさておき、それは確かに今宵、世界を運命を変える光であった。



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