2-6 大人ぶった二人
私が行動を起こしたのは、次の日曜日のこと。
この日は学校の近くで、近隣の小学生のバスケットボールチームの大会が行われる。
そこに、大野さんの学校のクラブチームも参加するとのことだった。
その情報を仕入れてきたの春日部さんだ。
どうやら彼女はしれっと大野さんと連絡先を交換していたらしい。
「お姉さんに応援しに来てって伝えて」と言われていたのを、私はたまたま本人よりも先に聞くことができた。
それを逃す手はないと思った私は、春日部さん経由で児島さんに一緒に行く話をしてもらったのだ。
ただ、連絡を受けた春日部さん本人はその日に別の用事があって行けないということで。
だから今回私は、児島さんと二人で出掛けることとなってしまった。
「まさか、ここで消してくれるつもり?」
学校や先日の公園の近くにある市民体育館が会場だった。
午後に開催されるそれに、私と児島さんは体育館の前で待ち合わせをして。
やってきた児島さんは、出会い頭にそんなことを言ってきた。
「あれから一週間だけど。私のお願い、聞いてくれるの?」
「その、待たせてごめん。でも今はとりあえず、大野さんの応援に行こう」
不機嫌、とは違うんだろうけれど、やっぱりどこかそっけない児島さん。
それも当然だ。相談を受けておいて、私は放置してしまっているようなものだから。
誤魔化すように私が促すと、けれど児島さんは素直に頷いた。
市民体育館に初めて入った私は、その本格的な設備に驚いた。
学校の体育館のようなものを想像していたけれど、ずっと広い。
バスケットコートは三面用意されていて、それでもまだもう少しスペースが余っている。
そしてそんなコートを囲むように、まるでスタジアムみたいな観客席が二階に用意されていた。
まるでプロの試合のような環境に、子供の小さな大会だと油断していた私は少し気圧されてしまって。
けれど児島さんは慣れているのか、特に気にした風もなく観客席の方へとズンズン進んでいった。
大会自体はもうすでに始まっているようで、見てみれば大野さんのチームももう少しで試合が始まるようだった。
私は児島さんについていく形で、その試合が近くに見える席まで向かう。
「アンタ、スポーツ観たりすんの?」
ベンチ状の観客席について、少し。児島さんが不意に言った。
「ううん、全然。生なんて、多分初めて」
「バスケに興味持ったとか?」
「どうだろう。わからないけど」
「なにそれ」
パッとしない私の返答に、児島さんはムッと唇を歪めた。
どうしてここに誘われたのか釈然としないんだろう。
まぁ私も、こういうことに不慣れすぎて場違いな自覚はある。
それに今日は春日部さんがいないから、二人きりはとても気まずい。
ブザーが鳴り、大野さんたちがコートに入場する。
こうして同年代の子供たちと並んでいるところを見ると、やっぱり規格外の大きさに驚く。
頭一つ、下手すると二つくらい身長が違う。相手チームがちょっと可哀想だ。
そんなとびきり目立つ大野さんは、整列の間ずっとキョロキョロと周りを窺っている。
そしてこちらの存在に気がつくと、パッと笑顔になって手を振ってきた。
「試合に集中しなさいよー!」
児島さんはそうドヤしながら、けれど嬉しそうに手を振り返えす。
それで気合いが入ったのか、大野さんはピョンピョンと飛び跳ねてから顔をパンと叩いていた。
「本当に、能力と恋、消したいの?」
そうして試合が始まって少しして、私はボールを目で追いながらそう切り出した。
児島さんもまた試合から目を離さずに答える。
「そう頼んだでしょ。そうするのが、一番いいんだから」
「本当に、そう思う?」
「なにそれ、どういう意味?」
私が言うと、児島さんはこちらを向いてキッと睨んできた。
ただ目つきが悪いだけじゃない、明確な威嚇だ。
「話したし、わかってるでしょ? 私は、ダメなんだって。この気持ちを持ってちゃ……! 間違った気持ちなんだから、消せるんなら消したい。それでこの困った能力も消えるなら、一石二鳥!」
「わかる。わかるけど。でも、どうしてダメだって、間違ってるって、思うの?」
「アンタねぇ!」
児島さんはこちらに身を乗り出し、私の肩をグイと掴んだ。
その姿は先日のように急激な巨大化はしなかったけれど、よく見れば徐々に体が大きくなっているようにも思えた。
コートではブザーが鳴り、歓声が沸く。大野さんたちが得点したらしい。
今どっちが勝っているのかは、わからない。
「喧嘩売ってんの!? わかりきったこと、わざわざ掘り返してきてッ……!」
「喧嘩は、売ってない。したくない。私はただ、児島さんが何を考えているのか、知りたいだけ」
能力によってゆっくりと肥大する身体の威圧感や、彼女自身の迫力に気圧されそうになる。
けれどなんとか堪えて、私は言った。
すると児島さんは吠えるように応えた。
「私は、あの子を傷付けたくないの。私の気持ちで、あの子を。今は懐いてくれてて、仲が良くても。このまま一緒にいたら私は、きっと気持ちを抑えられなくなる。その時、私にどんな目で見られていたか知った時、あの子がなんて、思うか……!」
そう吐き出す児島さんの目からは、涙がポロポロとこぼれ出していた。
それでもまだ、私を強く見据えている。
「もし万が一あの子が全てを受け入れられたとして。でも私たちにはやっぱり明確な歳の差がある。世の中が私たちの関係を咎めなくなるまで、どれだけ時間がかかるか。もしその間を待ち続けてくれたとして、でもそれはあの子の貴重な時間を奪うことになる。あの子の未来を、私は潰したくなんかない。だってあの子には、幸せになってもらいたいから……!」
私の肩をこれでもかと力強く握りながら、児島さんは振り絞るように言った。
全部、全部彼女は考えている。大野さんのことを想って。
好きだからこそ、大切だからこそ、自分はふさわしくないんだと。
でもやっぱり、
「わかった、わかったよ。児島さんの考えは。でも、そこには大野さんの気持ちが抜けてない?」
「は、はぁ?」
強くならないように努めながら私は言った。
ポカンとした瞳が私に突き刺さる。
「大野さんの気持ちは? 児島さんと同じくらい好きかもしれない。十年でも二十年でも待つ覚悟があるかもしれない。児島さんといられるだけで、他には何もいらないのかもしれない。わからないのに」
「そんな、わけ……!」
「わからないでしょ? 児島さんは、大野さんのことが大好きなのに、でも一番大切な彼女の気持ちを考えてない」
「っ…………!」
何か怒鳴りつけたいように口をパクパクさせ、けれど児島さんは何も言葉にできなかった。
ただただ涙をあふれさせながら、私を睨みつけるだけ。
でももうそこに、威圧感はまるでなかった。
「私は今日、それを確かめるためにここに来た。それがわからなきゃ私は、力を貸すことはできないから」
「確かめるって、そんなこと、どうやって……!」
「わからないけど。でも話さないと。大人ぶらないで、見栄を張らないで、対等に」
「簡単に、そんなこと……」
偉そうなことを言っているのはわかってる。
私にこんなことを語る権利なんてない。
でも児島さんにはその重要性を伝えないわけにはいかなかった。
大切な人のために自分を傷つけようとしている彼女には。
「私は、私はッ────!」
「あ、お姉さん! いたいた〜!」
児島さんが言葉にならない叫びを放とうとしたその時。
近くの階段から大野さんがトタトタと駆け上がって来た。
どうやら試合はもう終わってしまっていたらしい。
そのにこやかな笑顔を見るに勝ったのだろう。
そんな彼女を見て、児島さんは慌てて私から手を放して目元を拭った。
気が付けば、身体のサイズも小さく戻っている。
「来てくれてありがとう〜! お姉さんがいたから、私頑張れちゃった!」
「うん、よくやってた。上手くなったし」
児島さんが座る席のすぐ脇の通路にしゃがみ込んで、目線を合わせてニコニコ機嫌良さそうな大野さん。
そんな彼女に児島さんは精一杯の平静を装っていた。
「来てくれて本当に良かった。私、お姉さんに言いたいことがあったんだよ」
「私に? 改まってなに?」
「えっとね〜」
大野さんはそう言うと、笑顔を引っ込めてカッコつけるような真面目な顔を作った。
しゃがんでいた片膝をつき、まるで跪く様なポーズをとって。
そして、児島さんの手を恭しくとった。
「
「は、はァ────!?」
ぎこちなくもストレートに、まるでプロポーズでもするかの様に言った大野さん。
あまりに予想外の言葉に、児島さんは爆発してしまいそうなほどに顔を赤らめ、口をあんぐりと絶句した。
私も隣で、びっくりすぎて呆然としてしまった。
大野さんの気持ちを確かめるとか、そういうのを全てすっ飛ばした展開に、全く頭がついていかない。
「この間さ、好きな子とか付き合うとか、そういう話したでしょ? あの後考えたんだけどさ。私、一番好きな人って、ずーっと一緒にいたい人って、お姉さんだなぁって気づいて」
私たちの、というか児島さんの驚愕に気付いていないのか、大野さんはそう続ける。
事の重大さに彼女だけが気付いていない。
当の児島さんは、爆発しそうな感情を抑え込む様に大きく深呼吸してから、やっとのことで口を開いた。
「ア、アンタ、意味わかって言ってないでしょ。付き合うって、どういうことか……」
「わかってるよぉ。ずっと一緒にいたい、いっぱい知りたい、誰にも取られたくないってことでしょ? 私はそれがお姉さんだと思うんだっ」
「なっ…………」
その表現はとても子供っぽくて。でも的を射ていて。
児島さんはもう、何も言い返せなかった。
「私はお姉さんが大好き。お姉さんは、違う?」
その追い討ちは、トドメだったと思う。
児島さんは口を閉じて俯いてしまった。
プルプル肩が震えて、今にも何かが破裂しそうで。
それは怒りか悲しみか、それとも喜びか。
もう私には見守ることしかできなかった。
少しの静寂。体育館に響くバスケットボールの音だけがこの空間を支配していた。
格好つけていた大野さんも、段々とその表情に不安を見せてきて。でも、待っていた。
「ばか」
そしてポツリと、児島さんは口を開いた。
顔を上げ、まっすぐ大野さんを見つめる。
「そんなこと言うならせめて、『優勝したら』くらいのこと、言いなさい!」
声を振るわせ、でも力強く、児島さんらしく。
そんな言葉に、大野さんはニコッと笑った。
「わかった。優勝してくるよ。ちょっと待ってて」
言って立ち上がる大野さん。
そんな彼女に、児島さんは笑顔で応えた。
「うん。いつまででも、待ってる!」
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