第5回 複雑に反射運動を組み上げた結果

 すぐにはなにも起こらなかった……水流に、二匹の〈ゴセシケ〉が、のんきになびいているだけだった。そのうち〈マークⅣ〉の、伸びきったビニールみたいな身体の一部が〈マークⅤ〉に触れた。とたんに〈Ⅴ〉が水流にさからって向きを変えた。香月がもっとよく見ようと水槽から一歩はなれたときには、〈Ⅳ〉にからみついていた。

 格闘だった、まるで二枚のビニール袋が風に吹かれてもつれあっているような。

〈マークⅤ〉がくぼみをふちどる角質のぎざぎざを〈マークⅣ〉のゼリー状の胴体に突き立てた。くぼみが収縮すると、ぎざぎざが半透明の組織に深く食いこんで、あっけなく食いちぎった。〈Ⅳ〉が身体をくねらせた。逃げようとしているように香月には見えた。〈Ⅴ〉はサイズのちがいを利用して〈Ⅳ〉を押さえこみ、さらにぎざぎざを深く食いこませた。体液が流れ出して水が濁りはじめた。細切れになった組織が水流で、紙吹雪みたいに吹き散らかされた。

 五分もしないうちに、水槽の、濁った水のなかでなにごともなかったようにたゆたっているのは〈マークⅤ〉だけになった。さいごまで香月は食い入るように見つめていた。

 マイクを持ちなおすと、克輝くんをふりかえった。

「すごい!」

 そっけない返事からすると、克輝くんはあからさまに得意がっていた。

 w

 なにがすごいって、二匹の〈ゴセシケ〉が残虐に殺しあった(いや、いっぽうてきな虐殺というほうが正しい)ことじゃなかった。これが、およそふつうじゃ考えられないくらい複雑に反射運動を組み上げた結果だと見抜いたからだった。

「動作パターンに外部刺激の条件設定をして神経レイヤーを構築したんだよね?」

 ついきのうの夜、医療コミュニティの掲示板でこの技術についてのやりとりを見たばかりだった。そこではここまで複雑な複数の動作を連動させられるなんて、だれも本気で考えていなかった。

 よく知っるな

 誤字はともかく、だれかにここまですなおに感心されるなんてほとんどはじめてのことだった。悪い気分じゃなかった。

「調べたんだよ。おもしろそうだなあと思って、いろいろとね」

 じゃ教えて こいつは相手の存在察知に触覚を使う 視覚にしたいんだ

「なるほど。ちょっと待って」

 口もとにマイクを近づけたまま香月は考えた……たしか、コミュニティのライブラリに、眼球のモデルが公開されていた。人間のじゃ大きすぎる。重すぎて、そんなのを実装したら、あのやわなビニール袋の身体は水底に沈んだきり動けないだろう。

 スマホを取り出して調べてみると、実験用のラットの眼球も公開されていた。さっそくURLを、克輝くんのアカウントと共有した。すぐさま克輝くんはアクセスした。壁の大型ディスプレイに香月にはおなじみの掲示板が表示された。

 スレッドをスクロールするあいだ、克輝くんは黙ったままだった……目が、キーボードからメッセージを一文字ずつ入力するひまもないくらい忙殺されていた。つぎにライブラリに移動して、またすばやくスクロールした。ただ、こっちではただたしかめるだけじゃなく、やつぎばやにチェックボックスにチェックを入れていた……ラットの眼球だけじゃなく、筋肉、内耳と三半規管、皮膚なんかを。

 ひととおりチェックするとダウンロードボタンをクリックした。

 ふたたびディスプレイにMSゴシックが並んだ。

 使えるじゃんこれ

 これも香月はぜんぜん悪い気分じゃなかった。

「あたしも手伝っていい?」

 👍


つづく。

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