第11話 リゼット・ブレイズ・ファルケの憂鬱
午後のおやつを食べた後、僕たちは風呂に入ることにする。
たくさん走って僕は汗だくだし、リゼも庭ではしゃいでいたので肌が汗ばんでいた。
昨日と同じように脱衣所で水着に着替えると、浴場でリゼをイスに座らせる。
今日も桜色のビキニがとても可愛らしい。
前世ならシャワーでスッキリするところだが、この世界には存在しないのだ。
ん? 待てよ、ドライヤーが複合魔法で再現できたなら、シャワーもできるのでは?
昨日は、ひたすら桶に入った水をリゼにかけていたのだ。
シャワー……絶対に欲しい。
「リゼ、ちょっと試したい魔法があるのだけど、いいかな?」
「はい、どんな魔法なのですか?」
リゼが振り返りながら小首をかしげている。
「遠い異国にあるシャワーという魔道具を、複合魔法で再現できないかと思ってね」
「シャワー、ですか?」
「うん、勢いよくお湯が噴き出すんだけど、ちょっとやってみるね」
まずは水魔法で水を出して、それを火魔法で温める、そしたら風魔法で勢いよく飛ばす。
僕は、右手を前に突き出してシャワーから温水が勢いよく出ているのを想像した。
すると、僕の右手から勢いよく温水が噴き出して湯気が出ている、まさにシャワーだ。
「成功だ!」
「すごいです、お兄様!」
リゼに褒められて僕は、上機嫌で温水の温度を左手で確認した。
「熱っつ!」
昨日もドライヤー魔法で同じような失敗をしたが、まさか繰り返すことになろうとは……。
「お兄様! 大丈夫ですか?」
リゼが心配そうに見つめている。
「アチチ、火傷しちゃったね……。そうだ、リゼのヒールで治して欲しいな」
リゼが瞳をキラキラと輝かせている。
「いきますよ、お兄様! ヒール!」
左手の痛みが引いていく。
リゼの光魔法が成功したようだ。
ヒールは完全にマスターしたみたいで、リゼも自信に満ち溢れている。
「お兄様、どうですか?」
「治ったよ、ありがとうリゼ」
「どういたしまして!」
大好きな魔法が使えて、リゼはご機嫌だ。
僕は、もう一度シャワー魔法を発動して、水温の微調整をする。
リゼに治してもらった左手で温水の温度を確かめると、丁度良い感じだった。
「じゃあリゼ、シャワーをかけるよ」
「はい、お兄様」
リゼの長く美しい銀髪に、シャワーの温水をかけて濡らしていく。
そのときに背中にもシャワーがかかったようで、びっくりしたようにリゼが振り返った。
「お兄様、このシャワーというのは、マッサージされているみたいで気持ち良いですね」
「でしょ」
「はい、温かいし寒い季節になったら大活躍しそうですね」
リゼがシャワーを気に入ったようなので、足にもかけてあげた。
「あはは、お兄様くすぐったいです」
リゼが楽しそうに笑っている。
ふざけながらリゼの髪と体を洗い終わると、なにかを決意したようにリゼが立ち上がった。
「今度は、私がお兄様の髪を洗いたいです」
「へ? リゼが僕の髪を?」
「イヤですか?」
リゼが悲しそうに瞳を潤ませている。
「イヤじゃないよ、是非洗って欲しいな」
僕は、椅子に座るとシャワーで自分の髪を濡らした。
「じゃあ、よろしくね、リゼ」
「はい、任せてくださいお兄様!」
リゼがシャンプーの容器を手に取って、僕の髪にかけようとしている。
「リゼは、自分の髪を洗ったことがあるの?」
「いいえ、シャンプーも使ったことはないですけど、なんか初めてのことってドキドキしますね」
まあ、好奇心旺盛な6歳のリゼにとって、初めてのことって興味津々に違いない。
公爵令嬢だった先日までは、メイドがお世話してくれるため、自分ですることも少なかったはずだ。
でも、僕と二人で暮らすようになって、自分でやるべきことも増えるだろう。
それを面倒ととるか、楽しみに思うかは人それぞれだ。
リゼは、どうやら後者のようなので、兄としては見守りつつ自由にさせてあげたいと思う。
「いきますよ、お兄様」
「はいはい、よろしくねリゼ」
「あっ、フタがはずれて全部出てしまいました」
ん? なんかリゼが慌てている。
こんなときこそ兄である僕が、ドンと構えて冷静でいないとね。
すると顔に大量の液体が降り注いだ。
「いててて! 目が、目があああああ!」
「あああ、ごめんなさいお兄様!」
前世でもこの世界でも、シャンプーが目に入れば滅茶苦茶痛い。
リゼも平謝りで、さっきまでの元気がなくなってしまった。
「大丈夫だよリゼ、心配ないからね」
「でも、お兄様……」
「とりあえずシャンプーを落としちゃうから、ヒールをかける準備をしておいて」
「はい、汚名返上です!」
僕は、大量にかけられたシャンプーを洗い落とすため、頭と顔をシャワー魔法できれいにする。
そして、リゼが僕の目をヒールで治して騒動は終息した。
その後、リゼに背中を洗ってもらい、残りを自分で洗って風呂を出る。
二人の髪をドライヤー魔法で乾かして、今日一日のことを振り返りながら仲良く夕食を食べた。
それからリゼの部屋に移動しベッドに寝かせてあげて、今自分も自室のベッドに入ったところである。
この世界には電気がないので、油の入ったランプを消すと、夜の部屋は真っ暗になってしまう。
窓から入る月明かりが部屋をぼんやりと照らしている。
すると、ドアをノックする音がした。
「入っていいよ」
僕が声をかけるとガチャリとドアが開いて、リゼが枕を抱えてトコトコとかけてくる。
そして、僕に抱き着いてきた。
「どうしたの?」
「独りで寝ていると、イヤなことを思い出してしまって」
そうだよな、両親を亡くしたばかりだもんね。
「僕の部屋で一緒に寝る?」
「いいのですか?」
「もちろん」
リゼがほっとして、僕のベッドに入ってくる。
「じゃあ僕はソファーで寝るから、ゆっくりおやすみ」
そう言ってベッドから降りようとしたのだが、リゼに上着の袖を掴まれた。
「ここで一緒に寝て欲しいです」
「独りだと寝るのが怖い?」
リゼがコクリとうなずいた。
「わかった、今日は一緒に寝ようか」
「ありがとうございます、お兄様」
リゼは、笑顔で僕にお礼を言うと、そのまま僕にしがみついて眠ってしまう。
僕も今日は精神的に疲れていたので、すぐに眠りについた。
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