第9話 リゼの夢

 話の途中で午前のおやつが届いたので、食べ終えてから今後のことについて、リゼと話し合った。


「私も何かクリスお兄様の役に立てれば良いのですが」


 リゼが浮かぬ顔で僕を見ている。


「まずはリゼのステータスを確認してみようか」

「はい。期待と不安で、なんだかドキドキしますね」


 苦笑するリゼの手を取り、僕はステータスを確認した。


【リゼット・ブレイズ・ファルケ】

 ファルケ帝国 第1皇女 6歳 女


 知力 60/95

 武力 15/29

 魅力 100/100


 剣術 G/F

 槍術 G/F

 弓術 G/F

 馬術 G/F


 光魔法 G/SS

 

 話術 D/S

 算術 D/S

 芸術 C/S

 料理 G/C


「すごいな、魅力100って初めて見た」

「自分でもびっくりしてます。でも、クリスお兄様のように全部の魔法が使えたら良かったのに。私は、光魔法しか使えないみたいです」


 リゼが残念そうに肩を落としている。

 まあ、魔法適性が一つもなく、魔法を使えない人もいるので、光魔法だけでも適性があって良かったと思う。

 ん? なんかすごい違和感を感じる。

 何かを見過ごしているような……。


「あー!」

「びっくりした。どうしたのですか、お兄様?」

「リゼの光魔法の素質がSSになってる!」

「あっ、本当ですね。これって一番上だったような……」

「魅力100に驚いて、見落としていたよ」


 転生してから初めて見た素質SS、まさか自分の妹にその才能があったとは驚きだ。

 でも光魔法SSって、どこかで見たことがあるような……。

 あっ、これって絵本に出てくる、伝説の大聖女リーゼロッテ様と同じだ。

 帝国の女性に大人気のシリーズで、大聖女リーゼロッテ様が民を救い、人々を幸せに導くお話。


「リゼは、大聖女リーゼロッテ様の絵本を読んだことがあるかな?」

「はい、大好きな絵本です」

「その大聖女リーゼロッテ様は、光魔法SSなんだよね」

「あっ、そういえばそんなことが書いてあったような……」

「さらに、大聖女は常に自分を守る結界を自動的に発動していて、とてもお腹が空くんだよ」

「それって……」

「そう、今のリゼと大聖女リーゼロッテ様は、特徴がそっくりなんだ」


 両手を口に当てて、リゼが驚愕している。


「おそらくリゼは、大聖女の卵だと思う」

「私が大聖女……」

「もちろん光魔法がGからSSに成長すればだけど」

「そうでしたね、私の光魔法は、まだGですものね」

「うん。でも、光魔法をSSにすることができれば、リゼは大聖女になれるかもしれないね」

「クリスお兄様、私頑張ります! いつか大聖女になって、リーゼロッテ様のように民を救い、人々を幸せにしたいです」


 リゼがやる気に満ちてイキイキとした顔をしている。

 良かった、昨日までは落ち込んで、かける言葉も無かったのだから。

 これからの目標も明確になって、リゼは前に進んでいけそうだ。

 兄として、すごく嬉しく思う。

 その後リゼと昼食を食べてから、引き続き今後のことを話し合った。


「とりあえず僕の目標は、火・水・風・土の四つの魔法をSにすること。その後、剣術をせめてBくらいには上げたいかな。あと武力も何とかしたい」

「光魔法はSにしないのですか?」

「うん、光魔法はリゼに任せるよ。なんといっても大聖女の卵だからね」

「えへへ」


 リゼが、はにかんで頬を赤らめている。

 表情も柔らかくなり、笑顔が見られるようになってきた。


「でも、光魔法は貴重だからA以上にしたいかな。よろしく、リゼット先生」

「私がクリスお兄様の先生……。えへへ……」


 リゼが嬉しそうに何か妄想しているようだ。


「おーい、リゼー。戻っておいでー」

「ああ、お兄様。ごめんなさい、つい想像してしまいました」

「いいよいいよ。リゼが楽しそうで、僕も嬉しいからさ。さて、リゼの目標はどうする?」

「私の目標は、光魔法をSSにすることですね」

「そうだね、そのためにはレベルごとに全ての光魔法を発動させて、たくさんの経験を積むことだね」

「はい、最初は何から始めたらよいですか?」

「まずは、魔力循環のコツを掴むことかな」


 僕は、師匠から教わった魔力循環のコツをリゼに伝授した。

 センスが良いリゼは、すぐに魔力循環ができるようになったが、問題が発生したのだ。

 初級の光魔法であるヒールは、ケガを治したり体力を回復させるものなのだが、ここには僕とリゼの二人だけしか住んでいない。

 そもそもケガ人がいないのだ。

 だからといって、僕がわざとケガをするのもね……。

 誰でも痛いのは嫌なのだ。

 

「困ったな、リゼがヒールを使う機会がないとはね」

「こうなったら帝城にケガ人を探しにいって治すとか?」

「あー、それは難しいかな。リゼは皇后様に城に入ることを禁止されているからね」

「うああ、そうでした」


 シュンと肩を落として、リゼが落ち込んでしまう。


「じゃあ、体力を回復させる方向でいってみようか」

「誰の体力をですか?」

「もちろん僕のだよ」

「クリスお兄様の?」

「うん、僕が一生懸命走って、疲れたところをリゼにヒールをかけてもらう」

「うまくいくでしょうか?」

「まあ、悩んでても仕方ないし、とりあえずやってみよう」


 僕は旧館の庭に出ると、初級の土魔法を使って目隠し用の壁を作った。

 リゼが光魔法を使えることは、なるべく秘密にしておきたいからだ。

 皇后様に知られると、無用なトラブルに巻き込まれる可能性がある。

 あの人は、自分が筆頭聖女であることに、強いこだわりを持っているから。


「さて、走るといっても片道50メートルくらいの直線しかないね」

「どうしますか、お兄様」

「うーん、ゆっくり走っていたらリゼがヒールを使う回数が稼げないし、やっぱりダッシュしかないか」

「大丈夫ですか? ダッシュで往復すると、かなりキツそうですけど」


 リゼの言うとおり、100メートルダッシュはきついけど、前世で高校球児だった自分には簡単に思えた。


「大丈夫だよ、僕に任せて」


 僕は、勢いよく飛び出して折り返し地点を目指したが、なかなか到着できない。

 気持ちに体が、ついていってないのだ。

 忘れてた、僕は7歳で武力21しかない……。

 やっとのことで折り返すと、残り50メートルはいばらの道だった。

 僕はフラフラになって、ゴール地点のリゼの足元でヘッドスライディングをかます。

 正確には、限界に達して足がもつれて転んだのだ……。


「お兄様! 大丈夫ですか!」


 リゼがすぐにヒールをかけてくれた。

 さすが大聖女の卵、初めての魔法だというのに一発で成功させるなんて。


「リゼ、おめでとう! 初めて魔法が使えたね」

「はい! お兄様のお陰です」


 リゼが嬉しそうに笑みを零している。

 あっ、これがリゼの本当の笑顔かもしれない。

 良かった、心から笑えているみたいだ。


「お兄様、体の方は大丈夫ですか?」

「うん、リゼのヒールで完全に回復したみたい」

「よかった……」


 リゼが安堵の表情を浮かべている。

 僕のことを本気で心配してくれているのが伝わってきた。


「では、お兄様。どんどん行ってみましょうか」

「へ? どんどん?」

「はい、どんどん治すので、次行ってみましょう!」


 いつも天使に見える妹が、今は鬼教官にしか見えない。

 体力はヒールで回復しても、精神的な疲れは取れないみたいで、この特訓は地獄だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る