第7話 新しい魔法

 しばらくすると、男女それぞれの子供用水着が届けられた。

 ファルケ帝国の帝都は、南方にあり温暖な気候だ。

 前世の日本でいえば、沖縄の気候が近いだろうか。

 この世界は、前世の日本と同じく1月から12月まである。

 微妙に違うところは、ひと月30日で1年が360日あることか。

 今は4月で、日中は暑いくらいなのだ。

 帝城にもプールがあるので、水着は常備されている。

 届けてもらった水着を持って浴場に行くと、リゼットがポツンと一人で立っていた。


「お待たせリゼット、水着をもらってきたよ」


 僕は、ワンピースとビキニの二つから、迷いなくビキニをリゼットに渡した。

 これは、体を洗うのにワンピースが向いていないからだ。

 なるべく布面積が小さい方が、きちんと体を洗えるし。

 

「リゼットは、一人で水着に着替えられる?」


 僕の問いにリゼットがうなずく。


「もしかして、一人でお風呂に入れるのかな?」


 リゼットが首を横に振っている。

 そうだよな。公爵令嬢だったのだから、毎日メイドに洗ってもらっていたはずだ。

 やっぱり僕が洗ってあげないといけない。


「じゃあ、僕は後ろを向いているから、着替え終わったら教えてね」


 リゼットがうなずいたので、僕は後ろを向いて自分も水着に着替えることにした。

 しばらくすると、背中を指で優しくつつかれる。

 振り返るとそこには、桜色のビキニを着たリゼットが立っていた。

 透き通るような白い肌に、腰のあたりまである長く美しい銀髪がサラサラと揺れている。


「上手に着替えられたね。お風呂に入ってスッキリしたら、今日は早めに寝ようか。いろいろあって、疲れてるだろうし」


 リゼットがうなずいたので、イスに座らせて髪を洗うことにした。

 ちなみにこの世界にもシャンプーはあるし、せっけんみたいなものも存在する。

 ただこの世界の容器は、前世のものみたく精巧に作られていない。

 シャンプーの容器は、フタの締りも悪くはずれやすいので、そっと手に取り泡立ててから使う。

 それと、蛇口のような形状の魔道具はあるが、お湯が出るわけではなく水しか出ない。

 ただ外気温に水温が影響を受けるらしく、暑いくらいの今の季節は生ぬるい水が出てきて、人間の体にはちょうど良いのだ。

 リゼットの艶やかでシルクのような銀色の髪を水でぬらし、泡立てたシャンプーをつけて毛先から根元に向かって丁寧に洗っていく。


「リゼット、水を流すから目をつぶっていてね」


 リゼットがうなずくのを確認してから、桶に入っている水を一気に頭からかけた。

 そして、近くにかけておいたタオルで顔を拭いてあげる。


「大丈夫? 目や鼻に水が入ってない?」


 コクリとリゼットがうなずくのを見て、僕はホッとした。

 なんとか髪を洗うことに成功したみたいだ。

 その後、体を洗ってあげて、自分の髪や体を手早く洗い浴場を出た。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 着替えを済ませてリゼットの部屋で、ソファーに座りながら髪を乾かしているのだが、これが結構大変だ。

 長いリゼットの銀髪をタオルで拭いているけど、なかなか乾かない。

 元の世界なら、ドライヤーで一気に乾かせたのに……。

 待てよ、師匠が魔法は想像が一番大事だと言ってたよな。

 火魔法と風魔法を同時に使ったら、ドライヤーの再現とかできるんじゃ……。

 ただ気を付けないと旧館が火事になるから、火は出さずに風を温めるイメージで……。

 僕は、右手を前に出してドライヤーから温風が出る場面を想像した。

 すると、てのひらから風が勢いよく噴き出している。

 成功だ! 僕は、嬉しくなって左手で風の温度を確認した。


っつ!」


 思わず声が出てしまうくらい熱かった。

 これは温風じゃなくて熱風だ、こんなものをリゼットに向けたら大変なことになる。

 びっくりして心配そうに見つめるリゼットに、大丈夫だよと声をかけて、軽く火傷した自分の左手に初級の光魔法をかけて回復させた。

 そして、もう一度ドライヤー魔法を発動させる。

 恐る恐る左手で確認すると、今度は丁度良い温風が出ていた。

 そのまま、リゼットの長く美しい銀髪を優しくいつくしむように乾かしていく。


「よし! 髪が乾いたよ、リゼット」

「ありがとう……ございます……」

「じゃあ少し早いけど、今日はもう寝ようか」


 リゼットがうなずいたので、僕はベットに寝かせようとしたのだが、様子がおかしい。

 ソファーに座っているリゼットの肩が、小さく震えていたのだ。

 僕は慌ててリゼットの顔をのぞきこむと、そこには大粒の涙を流す銀髪碧眼の美少女がいた。


「どうしたの? リゼット大丈夫?」

「お父様も……お母様も……死んじゃった……独りぼっちに……なっちゃった……」


 泣きながら弱弱しい声でリゼットが答える。

 夜になって寝るときに両親がいないことで、今日起きたことが本当のことだと、実感してしまったのかもしれない。

 泣きじゃくる妹に、兄として何て声を掛けたらいいのだろうか。

 何を言っても、気休めにしかならないような気がする。

 だったら思いっきり泣かせてあげるのが、一番良いかもしれない。

 僕も先日母上を亡くして、たくさん泣いたのだ。

 そして、何となくだけど前へ進むことができたから。

 僕は、リゼットの頭を優しくなでた。


「お父様……お母様……ごめんなさい……私が呪われているせいで……」


 リゼットの瞳から涙がとめどもなく流れている。


「そんなことないよ、リゼット。きみは呪われてなんかいないよ!」

「でも、皇后様が私のことを呪われた子だって……」

「もし本当にリゼットが呪われた子だったら、僕はもう死んでいるはずだよ?」

「大丈夫なのですか?」


 涙を流しながら、心配そうにリゼットが僕を見つめている。


「うん! 僕は、とっても元気だよ。リゼットの両親が亡くなったのは、父上の言っていたとおり毒物のせいだと思う。リゼットは呪われた子なんかじゃないよ」

「はい……」


 どうやら呪われた子疑惑は、解消されたみたいだ。良かった……。


「うう……お父様……お母様……」


 でも、両親を亡くした悲しみまでは消えるはずもなく、リゼットは泣き続けている。

 僕は、何も言わずにリゼットの頭をずっと撫でていたが、もらい泣きをしてしまい二人してわんわん泣いた。

 しばらくしてリゼットが、泣き疲れてそのままソファーで寝てしまったので、タオルケットを掛けてあげる。


「なんか今日は疲れたな。僕も限界かも……」


 僕は、ものすごい眠気に襲われて耐え切れなくなり、リゼットの眠るソファーに倒れこんだ。

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