第六話、引越し先はいわく憑き物件。浄霊したら神聖な間になり過ぎて、ついに出来ちゃいました。
何もない休日というのも退屈なもので、朝陽は最近していなかった部屋の掃除をしていた。
「朝陽、オレは何をしたらいい?」
自ら手伝いを買って出た晴明に感謝し、埃取りと床掃除をお願いする。
「ボクはご飯担当がいい。この前キュウに教えて貰った動画で見たよ。朝陽が美味しいの食べて美味しくなったとこをボクが食べるの」
——注文の多い料理店かな。
某文豪が書いた有名な本を思い出した。
「オロ……俺は食用じゃないからな?」
「でも朝陽美味しいよ?」
ガックリと肩を落とす。
純粋無垢な様に見えるが邪心まみれである。
しかし今のオロの見た目のせいで強くは出れないのが困りものだ。
「じゃあ私は日頃から疲れてる朝陽の為にマッサージしてあげる。少し前に私も動画見たんだよね。ねえ、実践させてよ」
朝陽は少し考えたものの、マッサージ自体は有り難かったので、掃除が終わったらやって貰う約束をした。
そしてそのまま水回りの掃除に回る事にしたが、その前にベッドとテレビの前を陣取っているニギハヤヒと将門に視線を向ける。
「そこの二人。何も手伝わないならベランダ出てろ」
朝陽は二人をベランダに蹴り出す。そのタイミングを見計らって、晴明が床掃除を始めた。
「晴明、アイツら邪魔だったら退かしても良かったのに」
「ふふ。心の中で念は送ってたよ。朝陽に」
「俺にかよっ」
見事に受信してしまったようだ。
オロは本来の姿に戻って料理をしている。意外と手際が良い。家庭的な良い香りに食欲を誘われた。
晴明が手伝ったのもあり朝陽の掃除も早く終わった。
これなら丁度いい時間で昼食に出来そうだ。
「朝陽そろそろ食べる?」
「食べる。ありがとうオロ。めちゃくちゃ美味そう」
「へへへーっ」
オロが得意気に笑いながら朝陽が食事をしている様子を眺めている。
「美味しい?」
「うん。感動レベルだ。凄いなオロ」
「朝陽褒めてくれるし、ボクもっと料理覚える」
朝陽は手を伸ばしてオロの頭を撫でた。
腹も満たされて、食器を洗い出したオロを見つめた後で、朝陽は外に出したままだった二人を思い出す。
あまりにも静か過ぎて存在を忘れていた。
——妙に静かだな、アイツら。
ベランダ側の大窓を開ける。
二人は真剣な表情で視線を下に向けて何かをしていた。
「お前ら何してんだ?」
ニギハヤヒと将門が視線を向けている方向を朝陽も覗き込む。
「誰が一番多く呪いをかけられるか競っている所だ。今ので七だな」
ニギハヤヒの言葉に将門が得意げな顔をした。
「俺は八だ」
「迷っ惑‼︎」
不用意に人を呪わないで欲しい。
この二人をベランダに出すのはやめよう、と心の中で誓いを立てて室内に戻す。
とりあえず見える範囲の人たちに向けて結界を飛ばして、呪いを相殺した後に保護する。
——保護が間に合わなかった人たち本当にごめんなさい!
心の中で謝罪した。
「朝陽〜ここにうつ伏せで寝転がって?」
言われた通りに朝陽がラグの上に転がると、キュウは朝陽の太ももあたりに座り、腰に指圧をかけていく。
丁度いい指圧加減が気持ちよかった。
だが、そのまま続けられるものとばかり思っていた朝陽の思いは裏切られる。
手で揉み込まれていくのは尻を中心としたもので、キュウの指先が朝陽の下肢の際どい部分を掠めていく。
「キュウ……っ、あっ、んっ、ああ、ちょっと……待て」
変な声が出てしまい、首を捻ってキュウへと視線を向ける。
「え、なーに?」
「何って、ふ、あっ、やッ、お前、これ……何か違ッ! あ、あ、ん」
「違わないよー? 性感マッサージてちゃんと書いてたもの」
「初めっから間違えてんじゃねーかよっ‼︎」
全員から痛いくらいの熱視線を送られているのに気が付き朝陽は固まった。
飢えた肉食獣の群れの中に小鹿が投じられたようなものだ。
この雰囲気はマズイと判断した朝陽が逃げる前に先手は打たれた。
「朝陽、皆で異界へ行こうか?」
爽やかな笑顔で晴明が朝陽の顔を覗き込む。
「え……」
「大丈夫だよ。〝ちょっと〟気持ち良くなりに行くだけだから」
「え……?」
「六人揃って〝遊ぶ〟のは初めてだね」
キュウの言葉に、憤慨する。
——誰、で遊ぶんだよ、こんちくしょう!
「いや、ちょっと待っ……「行くぞ朝陽」……聞けーーー‼︎」
将門に腕を引かれて、キュウの下から引き抜かれる。
空間には既に切れ目が入っていた。
「キュウ……晴明……将門、覚えとけよお前ら」
涼しい顔で地獄への招待状を送りつけた三人を交互に睨む。
朝陽の何もない休日は、激しい全身運動の日へと変わった。
——まだケツと腰が痛い。
結局異界で五人に貪り食われた朝陽は恒例の如く気絶させられた。
まだ下半身を中心とした箇所に甘い疼きと痛みが走っている。
それなのにもっと体力をつけろと言われたものだから殺意が湧いてくるどころの話ではない。
——いや、アイツらの事はもういい。仕事しよ。
頭を切り替えた。
「何それ怖っ! 取り壊した方がいいんじゃないの?」
女子社員の怖がる声が聞こえてくる。
ホラー話でもしているのかと朝陽が思っていると、次に発せられたセリフに耳を傾ける事となった。
「そこ一軒家で事故物件て訳じゃないんだけど、皆んな一週間も経たずに出て行っちゃうんだよね。お祓いしても効かないみたいでさ、建て替えようにも作業中に事故ばかり起こるからそれも無理なんだよ。だから親戚がめちゃくちゃ困ってるって言っててさ」
話の中心にいるのは、同期で入社した赤嶺という男だ。
「赤嶺、その物件て家賃いくらだ?」
「え、桜木? 今は分からないけど月五万って言ってなかったかな?」
普段喋らない朝陽が突然大きな声を出したものだから、赤嶺を含めた全員が驚いたように朝陽を見ていた。
——五万‼︎
「でもマジでヤバい物件だぜ?」
朝陽は今住んでいるワンルームに月八万は払っている。
それよりも安くてしかも一軒家とくれば、朝陽が飛びつかない訳がなかった。
赤嶺の席まで足早に移動する。
「俺借りたいんだけどダメか?」
「いや、有難いんだけど本当にヤバいんだって。おれが言うのも何だけどやめといた方がいいぞ」
「俺んとこの実家、神社だからそういうの見慣れてるし対処法も分かってるから平気だ。共存も可能。貸してくれると本当に本当に助かるんだけど親戚の人に交渉して貰えないか?」
「え、本気?」
「今すぐ引っ越したいくらいには本気だ」
自分で祓えるからとは言わなかった。
視えない側の人間からの仕打ちは嫌と言うほど知っている。
「桜木がそこまで言うなら……」
「ありがとう。助かる!」
朝陽は思わず赤嶺の手を取って包み込む。赤嶺は仄かに頬を染めて固まっていた。
「おい朝陽。誰が生者まで
急に背後から将門に抱きしめられて、今度は朝陽が体を硬直させた。
「ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」
急ぎ足で向かい、誰もいないのを確認してから朝陽は将門を振り返った。
「将門何で付いて来てんだよ!」
「散々やりまくったからな。へばってないか見に来ただけだ」
「あー、確かに手加減て言葉を知らない誰かさん達のせいで、死ぬほど腰とケツが怠いけど?」
「ほう、その抱かれまくった体で今度は生者に番を作る気か?」
「は? 何でそうなるんだよ。俺は普通に仕事しに来てるだけだ。変な事言うな」
「なら、誰これ構わずむやみやたらに触れるのはやめておけ。さっきの男のように道を踏み外しかける被害者が出るぞ」
「何だよそれ。意味わかんねーし。俺はもう仕事に戻る。話しかけても反応しないからな」
そこまで言われなきゃいけない理由も分からない。
腹が立った朝陽は足早にその場を後にすると勤務に戻った。
「とりあえず住めるかどうかの確認として初めの一カ月はタダで貸し出してくれるってさ。もし住めそうなら次の月からは月五万でいいみたいだよ」
次の日、鍵を手渡されそう言われた。朝陽のところに居る神たちよりよっぽど神に見える。かなりの高待遇に朝陽の表情が明るくなった。
「親戚の人にもお礼をしたいんだけど連絡先を聞いても良かったか?」
「気にしないでいいよ。お礼言いたいのはこっちの方だから。借り手がいなくて本当に困ってたんだ。本契約の時までは、おれに直接言ってくれ」
はいこれ連絡先、と言って携帯番号とメッセージアプリのIDが書かれた紙を手渡される。
「本当に助かるよ。これで落ち着いて暮らせる」
朝陽の言葉を聞いて、赤嶺が照れたように笑った。
アプリを通して送られてきた住所をストリートビューで開いてみる。
意外にも新しいタイプの物件だった。
快適過ぎるくらいの生活が出来そうで朝陽のテンションが上がる。
家の左右と前方には道があり、裏手は小さな公園になっていた。
塀で囲まれた庭付き一軒家の3LDK。騒音も気にせずに済みそうだった。
「今更だけど本当に大丈夫か?」
「平気だよ。心配してくれてありがとう」
朝陽は今までで一番嬉しそうな笑みを浮かべた。
とうとう引っ越しの前日になり、皆で寛いでいるとキュウが唐突に口を開いた。
「新しい家行ったら朝陽を独占できる日を交代制にしない?」
口々に賛成という言葉が上がり、朝陽は焦った。
「毎日お前らの相手してたら俺寝不足になんだろっ。手加減しねえし、毎回抱き潰されるこっちの身にもなってみろ!」
「それは逆に言ってしまえば、抱き潰さず手加減するならOKて事かい?」
晴明からの問いに、朝陽は言葉を詰まらせた。
「一日一人ずつ、多くて三回までなら」
しどろもどろに口を開いた朝陽を見てニギハヤヒが言った。
「でもお前、イってる時に中を突かれまくるのが好きではないか。身をくねらせながら良く鳴くぞ。それでトロトロになったお前に〝もっと〟と言われると、一回では済まなくなるのは男として仕方ないと思うが?」
「うむ」
将門までもが頷く。
「俺のせいみたいに言うな‼︎」
朝陽が吠えると、オロが言った。
「気持ちいいからもっと奥突いてって言うのも朝陽だよ。おねだりされた時も回数にカウントされる?」
「入るに決まってんだろ!」
「ええ〜。それ不公平だよ。私達はこんなに朝陽の事を想っているのに」
ずっと黙っていたキュウまでもが、オロに続いて会話に参加してきた。「不公平」「横暴」「淫乱」「自分勝手」と口々に言われる。
「どさくさに紛れて淫乱って何だよ。そんなんじゃねえだろ!」
シンとした空気が流れる。
「自覚が無いって罪だね」
晴明の言葉に皆頷いていた。
腹が立った朝陽は何も言わずに結界を張り巡らせる。
「ぐっ……!」
朝陽が張った結界に弾かれ、五人纏めて部屋の外まで押し出された。
玄関の扉を開いて顔を覗かせる。
「明日の朝九時にここにいなかったら置いてくから。今日は家に入れてやらん。じゃーな」
「おい、朝陽……」
抗議の声は玄関の扉が閉まる音でかき消された。
朝になり、引っ越し業者が荷物を抱えて持っていくのを確認した後、朝陽も電車に乗って現地に向かった。
誰一人として外にいなかったが、朝陽も怒っているので放置する。
到着して新居を見上げると、陰鬱な空気が立ち込めていて息苦しかった。
朝陽が業者全員に纏めて守りの結界を施す。
一様にハアッと息をついて、其々が不思議そうに首を傾げていた。
普通の人間が住めなくて当然だった。
想像していた以上に酷い。
家にいる霊は一体や二体ではない。
満員電車に乗っているような感覚でそこかしこにいた。
腕を振り回して指示しているように見せかけて、朝陽がザッシュザシュと容赦なく霊を祓っていく。
数が多いので一人では手が回らず、一度結界を張って纏めて祓ってみて試しに結界を解いた。
瞬間、また群がってきて満員電車状態に戻ってしまう。
「ここは土地が悪いな。古い墓地跡地か。碌な供養もされとらん。おまけに霊道にもなっておる」
ニギハヤヒの声がしたかと思いきや、空間が裂けて他の四人も出て来た。
「お前ら居たんかよ」
「置いてくなんて酷いよっ朝陽。私が黄玉を朝陽に埋め込んだままじゃなかったら迷子になってるとこだよ!」
——そういえば玉を埋め込まれたままなの忘れてたな。
キュウが泣き真似を始めた所で、額をこづいてやる。
「いなかったら置いてくってちゃんと言っただろ俺。こっちは時間厳守で動いてんだよ。面倒だし、とりあえずはまた結界張っときゃ良かったかな?」
晴明に教えられた通りに手印を組み、ついでに言霊も乗せて結界を展開させる。
「ぐっ」
番達が一様に地に臥した。
「何やってんだ、お前ら?」
「結界が……強くて、オレらにも……大ダメージだ」
無表情で淡々と口を開いた晴明の額から、冷や汗なのか脂汗なのか分からない物が伝っている。「あ、ごめん」と言いながら朝陽は強度を緩めた。
「まさかここまで朝陽の霊力が底上げされているとはな。さすがは神造人といった所か?」
ニギハヤヒのセリフに朝陽は首を傾げる。
「神造人……って何だ?」
朝陽が言った瞬間、ニギハヤヒは皆んなから足蹴にされていた。
「まさかとは思うが、ニギハヤヒ……貴様朝陽に説明していないのか?」
地を這う様な声音で将門が口を開く。
「……すっかり忘れておったわ」
皆が呆れたように長いため息をついていた。
荷物運びが完了したと業者に呼ばれ、朝陽が玄関に駆けて行く。
部屋の中に戻り、リビングで荷解きしながら「で、さっきのってどういう事だ?」と尋ねた。
「華守人より更に希少種の存在。神造人はその名の通り、体内で神を造り生み出せる人間の事だ。噂には聞いておったが、儂も出会ったのはお前が初めてでな。その証にお前の紋様は今、八重山桜になっておるぞ」
「変わってるのか⁉︎」
日頃から自分の頸など気にして見たことがないからそれすら知らなかった。
慌ててスマホで頸の写真を撮り、朝陽はそれを確認してみた。
言われた通りに紋様の形が変わっていて目を見開く。
「これってお前らとの番契約はどうなってるんだ?」
「それは今まで通りだ」
ニギハヤヒからの返答に、朝陽が表情を崩した。
「ならいいや。俺からすれば華守人も神造人もどうでも良い。お前らと一緒なら変わらない」
少し前ならこうして慣れてしまうのが怖かった。
知らない間にもう抜け出せない所まで浸かってしまっている。
己の心境の変化に驚きつつも、照れくさそうにはにかんだ朝陽を見て、全員心臓を抑えて床にしゃがみ込んだ。
「今度は何だ。心不全か?」
「朝陽は気にしないで」
キュウの言葉に首を傾げた。
一つの部屋にキッチンもあった今までの部屋と違って、リビングもあってダイニングまである。
その他、一階にはダイニング繋がりの和室が一部屋、二階には部屋が二部屋もあって、これが本当に月五万でいいのか申し訳ないくらいだ。
オロとニギハヤヒが霊道を動かし、祓った側から霊が増えるということもなくなった。
敷地の周りにいた霊や妖まで全て祓って回り、さっき張った結界とは別に何層かに分けて結界を張った。
すると敷地内全てが浄化され、澄んだ空気と入れ替わっていく。
快適過ぎるほどに快適な空間となり、朝陽は鼻歌混じりに家中を歩いて回った。
「広いって良いな」
オロが作った夕食をとり、皆んなと一緒にリビングでテレビを見る。
好きに寛げる部屋は素晴らしい。
朝陽は再度感動した。
だが夜になり、寝ていた朝陽は妙な息苦しさで目を開けた。
やたら体が重いと思えば、己の周りに全員大集合しているのに気がついて体を起こす。
「夜の営みが足りなさ過ぎると思わんか? 朝陽」
ニギハヤヒに文句を言われた。
「あー……」
喧嘩の原因を思い出す。
昨日話した通りに一日一人、回数は三回まで。でも朝陽から求めた分はカウントしないと妥協案を示す。
また揉めるのは面倒だった。
「順番はどうするつもりだ?」
ニギハヤヒが言うと全員口を閉ざして考える。
「分かりやすく、番になった順番にするのはどうかな?」
晴明の言葉に皆んな頷いた。
「なら俺からだな」
「今日はもう夜だし明日からにするか?」
「今からで構わん。この時から二十四時間だ」
話が決まると、皆んな部屋を出て行く。
「将門と二人でベッドに居るのって久しぶりだな」
「そうだな」
キュウが現れるまで少し間が空いていたのもあり、朝陽は将門に独占されっぱなしだった。
番が増える度に、将門はおろか他の番たちとも二人っきりになることがあまりない。
そう考えると今日から始まる二人っきりという時間は貴重な気がした。
「ちっ、こんな時に……」
「将門?」
「朝陽……お前今すぐ一階に避難しろ」
焦りが見え隠れする声音で将門が言った。
「は? 何言って……」
意味が分からず聞き返す。
将門の目を見た瞬間、朝陽の体が硬直した。
——こいつ、ラットに入ってる?
誘発に抗えきれずに、体に異変が訪れる。
ラットに触発されてしまい、強制発情させられた。
欲を孕んだ互いの瞳に発情しきった互いの姿が映りこむ。
今までのヒートとは段違いだった。
何もされてなくても神経が過敏になって荒い吐息が漏れる。
もう抱かれる事しか頭になくて、朝陽は自分から将門に口付けた。
「将門……欲しい。将門が、欲しい」
「くそ……っ、どうなっても知らんぞ」
貪り合うようにキスして、どちらかともなく舌を絡ませ合った。
行為は将門のラットが収まるまで続けられた。
下履きだけ身に付けたままベッドの上に転がって情事後の余韻に浸っている時だった。
朝陽は下部に違和感を覚えて、手で腹を押さえた。
「どうした?」
「いや、何か……腹の中が変だ、て、痛っ‼︎」
朝陽が痛みを訴えた時だった。
腹部から大きな光の玉の様なものが出て来て、ベッドの上に落ちた。
「何だこれ」
光が収まり塊の姿が露わになる。
そこには将門にそっくりな赤子の姿があった。
生まれたばかりにしては大きい。一歳児くらいの大きさはある。
「よし、生まれたな?」
急に勢いよく扉が開いたかと思いきや、そこにはニギハヤヒがいた。
無造作に赤子を掴み上げると朝陽が食ってかかった。
「ちょっ、ニギハヤヒ! もっと優しく扱えよ!」
「何なに? 何してんの?」
話し声が聞こえてきたのを感じて他の番達も寝室に大集合した。
「朝陽が産んだの? 将門の子? 朝陽に似たら良かったのにね〜」
キュウがニギハヤヒの抱いている赤子を覗き込む。
ニギハヤヒは寝室の窓を開け放つなり窓の外に赤子をぶん投げながら言った。
「お前は首塚の新しい守護神となって来い」
「ひっ」
朝陽は慌てて窓に駆け寄って、一階部分を見渡したが痕跡すらない。
「ニギ、ハヤヒ……」
今までかつて無い程に低い朝陽の声音がニギハヤヒの名を紡いだ。
バチバチと静電気のような物が朝陽の周りで弾け飛びながら増量し、やがて掌に集中していく。
「あ、朝陽……いくら儂でもその霊力の放出量はちぃーとやばいぞ?」
「……うるせぇ」
「ちょちょちょ、朝陽、どうしたの? 落ち着いて!」
「キュウもコイツの味方なのか……?」
振り返った朝陽の目は完全に据わっていた。
これは確実にとばっちりを食うパターンだ。
「ううん、全っ然。私、朝陽の味方だもの」
キュウはアッサリと掌を返した。
「おい九尾、もっと儂の事を庇護せんかい」
「朝陽がこんなにキレてるのボク初めて見た」
「オレ達はこのまま見守っておこうか?」
「そうだね」
晴明とオロは興味深そうに見つめ、傍観者に徹する。
「やめろ、朝陽」
将門の言葉を聞いて朝陽の顔が泣き出しそうな程に歪んだ。
「将門っ、何で止めるんだよ! ニギハヤヒは俺たちの子どもを殺したっ!」
「違う。首塚へ行かせただけだ。殺していない」
「じゃあ生きて……る?」
「生きてる。大丈夫だ。だから落ち着け」
「将門、将門〜」
将門の首に両腕を巻きつけ、朝陽が甘えるように首筋に額を擦り付けた。
幾度も将門の首に口付けて、適度な力加減で吸い付く。
朝陽からこうして甘えられた事がない為に、将門が目一杯瞼を押し開いていた。
「朝陽どうしちゃったの?」
キュウからの問いかけに将門が口を開く。
「俺のラットに当てられたのと、神産みとが重なって俺以外には攻撃的になっているだけだ。後はちゃんと先に説明しなかったニギハヤヒが悪い」
「そのおかげで美味しい思いしてるんだから、いいでしょ」
「クク、そうだな」
自分から引っ付いたまま離れようとしない朝陽を横抱きにして、将門はベッドに腰掛ける。
朝陽はそのまま寝てしまったようで、目を閉じていた。
朝起きた時、朝陽には情交時以降の記憶がなかった。
確かに普段の朝陽と比べてみても正気と言えない状態だったのもあり、覚えていないと言われても皆不思議ではなかった。
「そりゃ、孕みたいとは言ったけど、孕んでその日に生まれるわけないだろ。嘘だ」
「動画に撮っておけば良かったか」
将門が額に手をやり気難しい顔をしている。
——お前っ。
オロといい、キュウといい現代に馴染み過ぎだ。
「撮影の準備をしておかなければいけないな」
神妙な顔つきで晴明が告げる。
お前まで乗っからんでいい、と思いながら朝陽はため息をついた。
今聞かされた話が事実だとするのなら、朝陽は五日間連続で毎日神を産む事になる。そう考えるとゾッとした。
「朝陽、毎日になるけど頑張ろう」
ニッコリと晴明に微笑まれて唇を喰まれる。考えていた事を読まれたらしい。
「おい、今日は俺の日だろう?」
「その間手を出してはいけないと言う誓約じゃないから問題ないと思うんだけど?」
ニギハヤヒの足の上ではオロが朝陽に買ってもらったボールで遊んでいる。
キュウはどこかぼんやりした様に遠くを見つめていたが、突然ハッとした表情で顔を上げると朝陽を見た。
「朝陽っ、ねえ朝陽、仕事から帰る時って階段使う?」
真剣な表情で問われる。
「行く時も帰る時も駅にある階段を使うけど……。どうかしたのか?」
「スーツだったし、外も暗かったから帰りだと思う。階段を使わない選択肢はないの?」
「タクシーを利用すれば使わないけど、金がかかるからさすがに毎日は無理だ」
「朝陽が階段から落ちて救急車に乗せられて何処かに連れて行かれるのが視えた。私一種の予知夢みたいなのを白昼夢で視るんだよね。オロの事もそれで分かったし」
成る程、と頷く。
キュウに東に行けと言われた理由が分かって納得した。
「俺が救急病院で搬送されるって事か」
だからと言って、タクシーを使い続けるわけには行かずに朝陽は唸った。
「なるべく気をつけるようにはする。いつまでって分かる訳じゃないよな?」
「……うん。分かる時は分かるんだけどね」
浮かない返事をしたキュウに向けて朝陽は微笑んで見せた。
「心配してくれてありがとな。俺なら大丈夫だ、キュウ」
「それなら良いんだけど……。私、ちょっと外へ行ってくる」
出て行こうとしてるキュウの姿を見送って、何事か思案するように朝陽は視線を伏せた。
交代の時間になる頃にはキュウも家に戻っていて、いつもの明るさを取り戻していた。
「はい、将門終わりだよ。今度は私なんだから変わってよね」
朝陽は軽々と持ち上げられて対面向きでキュウの腰の上に乗せられる。
将門の時もだったが、軽々と持ち上げられた事に対して朝陽は少し凹んだ。
そして続け様に、横抱きにされたまま寝室のベッドの上まで移動するという羞恥プレイを受けていた。
「キュウ……これは流石に恥ずかしい」
「昨日将門にもされてたのに?」
覚えていない。寧ろ記憶になくて良かった。
「うわ、マジか……」
「ずっと将門の首に擦り寄ったまま、泣きべそかいて離れなかったよ」
「今すぐ俺を殺してくれ」
もう羞恥の域を超えている。墓に埋まりたかった。
「朝陽が死んだら魂ごと拉致しようかな。私と一緒に封印されとく?」
「やめてくれ……俺はまた生まれ変わりたい」
キュウならやりかね無い。
「あは、冗談だよ」
口付けて額を合わせる。
「ねえ、朝陽。今度私がラットに入ったら、私の子も生んでくれる?」
「ん。いいよ。キュウの子も生む」
「ありがとう。大好きだよ、朝陽」
「俺も、多分お前らの事、好きだと思う」
恋愛経験がない朝陽には己の感情が友人に向けて思う好きなのか、それともそれ以上の感情なのかはいまいち良く分かっていない。
よく喧嘩や言い合いにもなるけど何だかんだ言いつつ六人一緒にいると落ち着くし、何よりその空間が好きだ。
「そこは冗談でも好きって言いきるとこでしょ」
「嘘はつきたくない」
手を伸ばしてキュウの頬に触れる。
顔にかかっている髪の毛を退けてやり、側頭部を撫でる。
キュウが驚いた表情をした後で、優しく笑んだ。
きっと倫理観なんてもの、己には始めっからなかったんじゃないかと朝陽は思っている。
そうでなければ、いくら宿命とは言え五対一なんていう関係が成り立つわけも受け入れられる筈もない。
己の感情を上手く伝えられないのはもどかしくもあり歯痒かった。
「キュウは、辛い……か?」
「どうだろう? 初めの頃は確かに将門に妬いてたし、朝陽を独り占めしたい気持ちもあったんだけど、困った事に最近はこの六人でいるのが好きなんだよね」
キュウがはにかむ。
「俺と同じだな」
「だから今のままでいい。朝陽に無理して欲しくない。昔から私は朝陽だけって決めてたけどそれを朝陽に強要もしたくない。ねえ朝陽。今日は抱きしめたまま朝陽が寝るまで一緒にいていい?」
「ヤラないのか?」
「セックスするより、今は朝陽を抱きしめていたい。普段出来ない事をしたいから。あ、禁欲したらラット来るかな? 私早く朝陽を孕ませたい」
「どうだろな。もしキュウに似たら美人になりそうだ」
「えー、私は朝陽に似て欲しい」
お互い笑いながら眠くなるまで会話する事にした。
「朝陽、朝陽! 起きて!」
「んー……、何だよキュウ」
入眠して然程時間も経過していない。寝ぼけ眼をこすりながら、朝陽がぼんやりとしている視界にキュウを映すと、見慣れないものが視界に飛び込んできて驚きに目を瞠る。
「やっば、私たちの子たち死ぬ程可愛いんだけどどうしよう⁉︎」
キュウの腕の中に狐耳と尻尾の付いた幼児が居て一瞬で目が覚めた。しかも一人だけではなく二人いる。
「ふ、たご?」
一人はキュウにそっくりでもう一人は朝陽に似ていた。
「朝陽が突然魘され出したと思ったら、お腹のとこから大きくて光る球体が二つ出てきたんだよね。光が収まったら子どもがいたよ」
唖然としたまま朝陽は声も出せずにいる。
神を生むのに性的な絡みは必要ないらしい。
「シシ、また生まれたな!」
ニギハヤヒが寝室に入って来て、双子を抱っこした。
「お前らは狐塚の守りをしろ……っと、忘れてた!」
ニギハヤヒは慌てた様子で朝陽を振り返ると「コイツらが生を受けたのは役割があるからで」と理由を説明し出した。
「これからすぐに行って貰う事になるのだが良かったか?」
「え、もう居なくなるのか?」
「はい……」
敬語になったニギハヤヒはどこかソワソワしている。
もう居なくなると聞かされた途端に、朝陽の目からボタボタと涙が落ちていく。昨夜と同じ状況だった。
「キュウ〜」
朝陽がキュウに縋りつく。
「え、何これ。超可愛いんですけど。何。尊い。私を尊死させる気?」
朝陽を正面から抱きしめ返して、瞳孔は開いたままキュウの表情筋が死んだ。
「可愛い。無理。どうしよう。このまま監禁したい。攫いたい。また孕ませたい。誰も朝陽の事を見なければいいのに。あ、潰せばいいんじゃない? 皆んなの目、潰しちゃおう」
息継ぎなしの早口で物騒な言葉を綴りつけるキュウに、ニギハヤヒが「もういいか?」と尋ねた。
「仕方ないしね。いいよ」
昨夜みたいに窓の外にぶん投げて、チラッと朝陽を確認したが、朝陽は目を瞑っていた。
そのまま寝てしまったらしい。
ホッと胸を撫で下ろしたニギハヤヒが寝室を出ようとするのをキュウが呼び止めた。
「ニギハヤヒは何で生まれた事が分かるの?」
「魂の揺らぎを感じ取る事が出来るからだ」
「へえ。じゃあさ、何で朝陽の中に十種神宝があるの?」
「…………本題はそこか」
少し間を空けて口を開いたニギハヤヒに、キュウが頷いて見せた。
「オレもそうなのではないかと疑問に思っていた」
音もなく晴明が現れ、話に乗ってくる。
「狐は昔っから眼が良いからな。特に、九尾の狐。お前は白昼夢で見たのではないのか?」
「っ!」
「それも合わせて、近々起こる真実だ。儂が朝陽に埋めたかったのは
「死返玉、だと?」
ニギハヤヒの言いたい事を悟った晴明が目を見開く。
「まさか、朝陽は……」
「ああ。そうだ」
キュウは朝陽を抱きしめている腕に力をこめる。
『嘘はつきたくない』
朝陽の言葉が脳裏に甦り、キュウの胸に突き刺さる。
葛藤が胸中で渦巻いていた。
ニギハヤヒが言った事も尤もで、キュウも晴明もそれ以上口を開けずに言葉も返せなくなる。其々が、ひたすら朝陽の事だけを想った。
それから五日間連続で朝陽は神を生み落とした。
生まれた瞬間、それぞれの穴埋めとして神社や塚に回された。
いくら霊力が底なしとは言え、神を生む行為はさすがの朝陽も疲れを見せている。というよりも満身創痍だ。
「良く頑張ったな、朝陽」
「朝陽ボクの子までありがとう」
「オレも嬉しい」
三人に頭を撫でられて目を閉じた。
明日からは休日だ。ゆっくり眠れる。
朝陽は連日の疲れを癒すように深い眠りへと落ちて行った。
連休は有り難いもので、朝陽の疲労もすっかり癒えた。
新居に移ってから毎日と言うわけではないものの、将門がまた朝陽の会社に着いてくるようになった。
周りには見えないのをいい事に朝陽にべったり張り付いている。
どうも家を貸した赤嶺の事が気になるらしく、目を光らせている状態だ。
何か感じる物があるのか、赤嶺はたまに身震いして仕切りに背後を振り返ったりしている。
「将門いい加減にしろ。赤嶺が可哀想だ。今日はもう帰れよ」
「お前にその気がないのは分かったが、相手もそうとは限らんだろう」
「単なる同僚だ。普段俺が誰とも話さないから物珍しいだけだと思うぞ?」
「本当にそれだけならいいがな」
そう言うと将門は居なくなった。
仕事帰りに電車に乗り、最寄りの駅で降りて階段に差し掛かった時だった。
背後から影が落ちたが、同じように帰宅途中の人間だろうと思い、朝陽は振り返りもせずに階段を降ろうと足を伸ばした。
「お兄さん、じゃあね」
聞き覚えのある声がしたと思いきや、朝陽は階段の上から思いっきり突き飛ばされる。
十五段はある階段の一番上から下まで朝陽は転がり落ちた。一度呻き声を上げたまま動かなくなる。頭部の下に赤い液体が広がっていく。
初めからそこには誰も居なかったかのように、少年の姿は人混みに紛れて消えていた。
「きゃあああ」
女性の叫び声と共に周りが騒然とし出す。外野の声を遠くで聞きながら、とうとう朝陽の意識はそこで途切れた。
暗闇の中で朝陽の意識は揺蕩っていた。
ぬるま湯に浸かっている様な妙な感覚が朝陽を緩く刺激している。
急に視界が開けて、懐かしい風景が目に飛び込む。
それは小学校低学年あたりの記憶だった。
——ああ、夢か。
自分自身を第三者視点で見ているのに気が付いて、朝陽はそう思った。
『嘘つき、朝陽お前あっち行けよ!』
『俺は嘘なんてついてない!』
生者と死者の区別がつくようになったのは小学校高学年辺りからだった。
この頃はまだ区別が付かずに、よく周りに嘘つき呼ばわりされて、朝陽は虐めの対象となっていた。
『この村にはオレたち以外の子どもはいねえんだよ!』
幼い頃からよく一緒に遊んでくれていた子が、死者か物怪の類いだと分かったのは、そんなやり取りがあったからだ。
朝陽はそれ以来その子とよく遊んでいた裏山に行くのを辞めてしまった。
——キュウは人間じゃないのか?
生者じゃないという事実が受け入れられなかった。
どこか裏切られた気に勝手になって、朝陽は押し入れの中に篭るなりひっそりと泣いた。
博嗣の前で泣くと余計な心配をかけてしまう。
それが嫌だった。
あと『また遊ぼうな』と自分で言っておきながら、嘘にしてしまった事を後悔していた。
一度も嘘をつかずに生きていく事なんて無理に等しいのは分かっている。
皆、大なり小なり嘘をついて生きているものだ。それでも朝陽は苦しかった。
朝陽を嘘つき呼ばわりして弾き者にした村の子ども達も嘘で身を固めていなければ、己の固定概念すら無くなってしまうのを理解せずとも肌で感じ取っていた。
だから自分自身を守る為に朝陽を攻撃した。
それは朝陽とて同じで、自分を守る為に約束を反故にして記憶すら曖昧にしてしまった。
——ごめんキュウ、もう会わない。
『嘘つき』
罵倒される声から逃げる様に両耳を手で塞いだ。
〝嘘〟を吐いた自分と向き合うのが辛かった。また、そんな愚かな自分を認められなかった。
蓋をした記憶に、また重ねて蓋をする。何もかも忘れるように。
——ああ、そうか。忘れる様に仕向けたのは俺だったんだ……。
漸く思い出す事が出来た。
また場面が変わり、朝陽は今度は何処かの校舎内にいた。
高校生の時だ。朝陽に新しい友人が出来た。
ちゃんとした人間だ。
その男も霊が視えると言っていたから、同じ境遇にいるのが嬉しくて、朝陽は色々と素直に話してしまった。
だが、相手が〝視える〟と言っていたのは実は嘘で、単に朝陽の気を引きたかっただけだったと言う事実を知る。
朝陽が男からの交際を断ると、逆上した相手に今までの会話を含めて全てを第三者にバラされてしまった。
その日からまた嘘つきだと笑われる日々が続いていく。
朝陽はそれ以来、生きている人間との間に壁を作って、自ら歩み寄る事もやめてしまった。
そこで意識が浮上した。
→第七話へ続く
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