第四話、美青年陰陽師に異界を憑れ回された挙げ句に扱かれています……。
三人目の番を迎えてから一ヶ月が経とうとしていた。
朝陽といえば、また実家に帰ってきている。
体力の限界だった。
そして少し思い悩んでいたりもする。
「またお前は家出してきたんか」
呆れ口調の博嗣に言われ、朝陽は唸りながら横向きに頭を傾けて座卓に頬を乗せた。
「……俺は悪くない」
「家出する奴は皆んなそう言うんじゃ」
一度家出した朝陽は、あれ以来家出癖がついていた。
博嗣の家の中と神社には、最近また強化した朝陽渾身の力作とも言える結界を張っているので、番達も入って来れない。
朝陽からすれば事ある毎に強制発情させられ、当たり前のように4Pへと発展させられるので耐えきれなかった。
それでも3対1という交わりに、少しずつ慣れてはきているが体力が追いついてこない。
週末ならまだしも平日だと仕事に支障が出るので困り物だ。
断りきれずについ流されてしまう己にも非があるのは分かってはいる。
それに今の生活に慣れてしまうのも嫌だった。
「電話をする度に楽しそうにしているじゃろう。何が不満なんだ?」
「不満て言うか……。確かに楽しい……けど」
「なら、良かろうに」
楽しいのは楽しいのだ。
今までかつてない程に楽しい。
何だかんだ言いつつ皆優しいし、労わってくれる時も多い。
しかし、このままだと何かがあった時に一人の空間で一人で居るのに耐えきれなくなりそうで、朝陽は不安を感じ始めていた。
本当にこのままで良いのか疑問にも思う。
なんせ相手は人外だ。朝陽とは違う。
人間には老いが有り寿命があるが、彼らにはない。
生きている世界が違い過ぎる事が、こんなにも寂しく感じてしまうだなんて、幼少期の頃以来だった。
それにもし仮に自分が死んで居なくなったとしても、次の華守人が生まれればそっちと番うのだろうと考えてしまい、何故か心臓のあたりが重くなる。
「何でだろうな……。自分でも良く分かんねえんだ」
生まれて初めて抱く感情が手に余り、朝陽は今どうしていいのか分からなかった。
それくらい今の番たちに依存していて、また生活を侵食されている。
暗い思考を追いやる様に朝陽は頭を上げて、博嗣に視線を向けた。
「あ、そうだじいさん。うちの家系にスサノオって居るのか?」
「なんじゃ突然、藪から棒に」
突然話の方向が変わり、博嗣がため息をつく。お茶のおかわりを注ごうとした所で朝陽が告げた。
「三人目の番が八岐大蛇だった。初めて会った時に俺の事をスサノオって呼んでたから気になってな」
博嗣の傾けた急須からお茶がドバドバと溢れる。
「じいさんっ、お茶溢れてる!」
そのまま固まってる博嗣の手から慌てて急須を取り上げ、朝陽は雑巾を取り出してきて拭いた。
博嗣自身には掛かっていなかったから安心する。
「お前は本当に変わり種ばかり番にしてくるな」
額に手を当て、頭痛に耐えるように目を瞑った博嗣を見ていると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。
気絶しなくなっただけマシかも知れないが。
「俺が選んでる訳じゃねーからな」
「分かっておるわ。スサノオノミコトか……。確かコノハナノサクヤヒメの家系を辿ればおったような気もするが、定かではないな」
博嗣は何かを逡巡するように目を細めて俯いていたが、何拍か置いた後に顔を上げた。
「どうかしたのか?」
「いや、考えすぎかもしれん。と思い直したとこじゃ。お前を含めて国家転覆させそうな奴らばかり集うのが気になってな」
言われてみれば確かにそうだな、と思えた。
彼らが暴れれば、アパート周辺が更地になるだけじゃなく、日本の半分くらいは海に沈んでしまいそうだ。
「何で俺のとこに集まるんだろうな。そんなに神格クラスの結界が緩んでいるのか?」
「それはワシにも分からん。それはそうと朝陽、明日ちと付き合えよ」
そう言った博嗣に、ため息をこぼす。最近やたらと増えた依頼だ。
「また結界の修復作業か?」
「そうじゃ。週末はどうせ暇じゃろ? 家出してきとるし」
家出の部分を強調して声に出した博嗣に頭が上がらない。
今後の事も考えて先行投資しておこうと朝陽は考える。
「はい……喜んでお供させて頂きます」
首を垂れた。
次の日、朝陽は博嗣の付き添いで某神社に来ていた。
二人が鳥居を潜った瞬間、風もないのにザワザワと桜の木が揺れだす。
花をつけるにはまだ早い時期なのに桜の花吹雪が舞っていた。
だが、境内に生えている桜の木は蕾一つ付けていない。不思議な現象に見舞われている。
——幻覚?
朝陽は足を止めて、周りにある桜の木々全体を見渡した。
陽の光を反射しながら薄い桃色の花弁が吹き荒れる。
どこか幻想的で目を奪われてしまった。
しかし、隣を歩いていた筈の博嗣がいなくなっている事に気がついて、朝陽は声を上げる。
「じいさん?」
返事がない。それどころか桜の木も視界から消えていた。
「え? 何だこれ?」
疑問を抱いた時には既に遅かった。
恐らくは妙な空間に紛れ込んでいる。
音も匂いも風の動きも生き物の気配さえしない、密封された空間に朝陽はいた。
朝陽の周りだけが切り取られたように静かだ。
——もしかしてここ、異界か?
固唾を飲み込む。
話には聞いた事があったが、自らが迷い込むのは初めてだ。
どうやって戻ろうかと朝陽が頭を抱えていると、控えめな笑い声がして瞬時に頭を上げる。
——いつからそこに居た?
朝陽は警戒しながら、声のした方向に視線を向ける。
そこには和装姿の黒髪の青年が立っていて、朝陽をジッと見ていた。
男にしては長めのショートカットで、癖一つない毛髪だった。
前髪の隙間からは碧眼が覗いている。
キュウとはまた違った味わいのある綺麗な青年だった。
落ち着き払った雰囲気と佇まいからは、朝陽よりやや歳上の印象を受ける。
「オレが案内してあげようか?」
静かで澄んだ声音で青年は言うと、有無を言わさず朝陽の手を引く。
「え? ていうか、どちら様……ですか?」
「安倍晴明」
少しだけ高い青年の目線が下りて、朝陽を捉えている。
あの安倍晴明か、と朝陽は視線を逸らして遠い目をした。
断ろうにも異界を出る案がある訳でもなくまた外界からの助けも期待出来ない。
晴明の言う通りにするしか術がなく、朝陽は促されるまま晴明と歩いた。
「何処に向かっているんですか?」
初対面なのもあり、朝陽が敬語で訪ねると晴明は微かに笑むだけで、何も答えずにまた前を向く。
やたら長い石段を登っていると思っていたが突然視界が切り替わる。
今度は大きな屋敷の中を歩いていた。
「景色が変わった……?」
「心配しなくても大丈夫だよ。ついておいで」
赤い柱の立つ木の廊下を歩む。
格式高い神社のような造りになっていて、通されたのは客間のような場所だった。
焦茶色をした長方形の座卓を晴明と向かい合わせになるように囲んでいると、黒子みたいな人型のナニカにお茶を出された。
霊ではない。
物怪でもない。
どこか気配はおかしいが悪い物ではなさそうだ。
ジッと見つめている朝陽に気がついたのか、晴明が「オレの式神だよ」と説明した。
「式神……。あの、ここって?」
「ふふ、オレの社」
「いや、そうじゃなくてですね。俺……祖父のとこに戻りたいんですけど」
「そうだね」
ニッコリと微笑まれると居心地が悪い。
話にならないのも困る。
無言の間が続く。
——どうしよう……。
逃して貰えそうもなくて、朝陽はお茶に視線を落とした。
飲んだら異界から出れなくなるとかないよな……と思案する。
ウェブサイトにあるホラー掲示板で書かれていたのを思い出したからだ。
「大丈夫。心配しなくてもちゃんと帰れるよ」
何故心の声が漏れたんだろう、と考えてしまい冷や汗が出てくる。
「顔に出てるからね。君の感情は読み取りやすい」
とたんに恥ずかしくなった。
そんな朝陽を晴明は楽しそうに観察している。
時間経過は分からないが、随分と時間が経ってから朝陽は口を開いた。
「あの、安倍……さん」
「晴明」
「はい?」
「晴明。後、普段の言葉で構わないよ」
マイペースというか不思議な感覚にさせられる男だった。
「晴明」
朝陽が名を呼ぶと、晴明は目を細めて優しく微笑んだ。その表情にドキリとしてしまう。
——いや、そんなに嬉しそうにされても困るんだけど……。
どうも調子が狂う。
「君がこの神社に来た瞬間、ここの桜たちが騒ぎだしたから見に来たんだ。君に興味が湧いたから思わず連れてきてしまった。後でちゃんと帰してあげるよ」
「はあ……」
抗うのは即行で諦めてため息をつく。
最近会ったαたちのせいで朝陽の感覚は麻痺している。プラス持ち前の諦めの早さが災いしていた。
——あれ? ちょっと待て。この展開てもしかして?
良からぬ予感がして、朝陽は晴明を見つめる。
「晴明が俺の四人目の番……とかないよな。まさかな」
ハハハ、と乾いた笑いがこぼれ落ちた。
「ああ。良く分かったね」
座卓の上に思いっきり額を打ちつけると、ゴンッと大きな音が響いた。
「凄い音がしたけど大丈夫かい?」
大丈夫という意味合いを込めて、朝陽は手をヒラリと振った。
「オレは嫌かな? まあ、オレもまさかあの人と同じ立ち位置になるとは思ってもみなかったけどね」
「あの人?」
「平ノ将門公の事だよ。オレの実父なんだ」
「へっ、嘘⁉︎」
肩をすくめられる。
「母は、真っ白な妖狐だったと幼い頃に聞かされた」
キュウと初めて会わせた時の将門を思い出す。
どこか複雑で、不機嫌そうな表情をしていたのはそういった理由もあったのかも知れない。
朝陽は一人納得した。
「それなら晴明は俺との番契約は辞めといた方がいいんじゃないか? 俺の番の中には九尾の狐もいるぞ。気まずくないか?」
「うーん、確かに一理あるね。けれど番候補を降りるのは嫌かな。オレは個人的に君自身に興味があるからね。番候補になれたのはとても嬉しいんだ」
真意が全く掴めない口調と表情で言われる。
よく分からなかったが、晴明がそれでいいのなら言及はしなかった。
「そうなのか。晴明って、変わってる……とか言われる?」
「ふふ、そうだね」
笑顔が本当に綺麗だった。真顔か笑顔しかないのが惜しい。
「なあ、俺早くじいさんとこ戻りたいんだけど? 今日は用があってここに来てるから」
己がここにいる間、博嗣はどうしているのだろうか。
気が付かない内に時ばかりが経って、捜索願いを出されて無ければいいが、と思考を巡らせていると晴明が静かな口調で答えた。
「浦島太郎のようにはならないから安心して。それに、君が条件を満たせば帰れるよ」
また嫌な予感がした。いや、むしろ嫌な予感しかしない。
「ここにこうして閉じ込められてるって事は、番にならなければ元の世界に戻れないパターンだったりして……?」
なーんてね、と言う前にグニャリと景色が歪んで強制的に部屋を移動させられた。
「ご名答。この展開はもう慣れたのかな?」
布団の上に転がされマウントを取られる。
「は? いや……出来れば外れてて欲しかったかな、俺は」
己で言っておきながら驚くのと同時に悲しくなってきた。
「こんな極上のご褒美は六百年ぶりでね。誰にも邪魔をされない空間が欲しかったから作ったんだ。こう見えてもとても心が昂っていてね。是非、堪能させて貰えると嬉しい」
甘やかに囁かれて、首筋に吸い付かれる。
「いや……だからあの、俺急いでるんだよ。番契約するんなら帰ってからゆっくりして欲しいんだけど」
「経過する時間は気にしなくていい。元の場所の時間軸に戻れるように設定してあるから」
朝陽側の意見を聞く耳はないらしい。
首筋を甘噛みされて、強制的にヒートにされた。
強引なところは将門譲りだな、と朝陽は他人事のように考える。
「ふ……ッ、あ」
全身の力が弛緩していく。
何故か晴明の霊力に酔いそうだった。
力の質が朝陽と相性がいいのかもしれない。
体が溶けて混ざり合うような感覚は初めてで朝陽は落ち着かない気分にさせられる。
首筋に口付けられると、そこから体に電流が流れたような痺れが走った。
「晴明……っ、何か……体が変、だ。何……した?」
態と性感帯を外され愛撫されていると、焦らされまくったように体が熱を持って欲を孕んでくる。
服は全て脱がされて、素肌に口付けられていた。
「オレが微弱な霊力を流してるからね。そのせいだろう。後、霊力と体の相性がいいからだと思うな。気持ち良いかい?」
脇腹から腹筋に指を滑らせられる。微弱な霊力が静電気のようにピリピリと肌を刺激して、朝陽は堪らず身を捩った。
痛みはない。困ったことに驚くほどに気持ちが良くて思考まで痺れてくるようだった。
「ひぁッ、これっ……やめ、頭……っ、回んなくな、る……」
未知の感覚が、朝陽を乱していく。甘ったるく腰が疼き出して、脳に直接〝気持ちいい〟と指令がくる。晴明は至極楽しそうに口を開いた。
「想像してご覧よ?」
「なに、を」
イメージを掻き立てるように、たっぷりと間を空けられる。
晴明の指先が朝陽の体の上を滑り、どんどん下肢に降りて行った。
「このまま君の中にオレの指を入れるとどうなるかな。それが動いて中のイイ所を刺激されたら? 頭が回らなくなるだけで済むかい? 指、何本まで耐えられる? 三本かな? それとも四本?」
後孔の縁を撫でられ、息を呑んだ。親指の先をほんの少しだけ潜り込まされると、ゾクゾクとした悪寒めいた快感が背筋を駆け上っていく。腰の奥が重くなり、脳まで快楽に支配された気がした。
「あああ⁉︎ 嘘。嘘……っだ」
内部が収縮し、朝陽の体がビクビクと戦慄く。
荒い息を肩で押し殺して、何が起こったのか回らない頭で必死に思考回路を巡らす。
言葉で齎せられたイメージだけで中イキしてしまった。
信じられないといった表情で朝陽が晴明を見つめると晴明が微笑み返す。
「凄い。本当に想像だけでイけたね。少し妬けるけれど」
「人の体で遊ぶなっ」
信じられないのは朝陽も同じだった。
まさかそれだけでイクとは思いもしていなかった。
この上ないほどに羞恥心を煽られてしまい、朝陽は顔の上に両手の甲を乗せて表情を隠す。
地に埋まりたい程恥ずかしかった。が、その手は晴明に退けられる。
「駄目だよ。隠さないで。感じてる顔も全て見せて。朝陽はオレだけを見ていて」
——名前……教えたっけ?
止まっていた愛撫を再開され、朝陽はまた余裕がなくなっていく。焦らされながらも体を重ねて、互いに欲を吐き出した。
これまでの経過だと頸を噛まれてヒートは一旦収まるのだが晴明はそうしなかった。
「あれ? な、んで?」
「噛んだら終わってしまうだろう? このまま抜かずにもっと付き合ってくれるかい?」
楽しそうに笑われて「無理だ」という朝陽の言葉は笑顔で一蹴されてしまう。
抜かずの連発なんて朝陽には死刑宣告に等しかった。
生理的な涙の膜が張る瞳に晴明を映し出し、朝陽は懇願するように「お願い、噛んで」と言った。
「なら、オレと約束してくれるかい?」
まだ晴明が内容を告げていないというのに、朝陽はコクコクと首を縦に振り続ける。
「する、約束する。だから……、も、噛んでくれっ」
それ以降はもう何も考えられなくなった。
朝陽は晴明が求めるままに繰り返して何かを約束させられた。
その記憶さえあやふやで何を言わされたのかも分からない。
ただ晴明だけは満足そうに微笑んでいた。
「朝陽、オレが今から言う言葉を復唱してご覧?」
「ん……分かった」
朝陽が口を開く。
晴明の言葉を復唱すると、朝陽の心臓のあたりから、コロコロと飴玉サイズの色の異なる玉が三個転がり落ちた。
その内の青い玉の一つを口内にパクリと入れた晴明が、口移しで朝陽に食べさせる。
ゆっくりと噛み砕いたが、何の味もしなかった。ただ、下っ腹の奥が熱くなり始めて温かく包まれている錯覚に囚われる。
「朝陽、楽しみにしているよ」
晴明は虹色に輝く桜の花びらが入った玉を噛み砕き、残った赤い玉を廊下に向けて転がしていた。
「あの玉を目で追ってみてご覧?」
言われるままに目で追っていると、そこで視界が歪んできて、酷い眩暈がした朝陽は目を瞑った。
グルリと体ごと回転させられそのまま何かに持ち上げられて移動していく。
「おい、朝陽。聞いておるのか?」
「へ?」
博嗣の声が聞こえてきて、朝陽が咄嗟に目を開けると、元の世界に戻っていた。
慌てて自分の体にペタペタと触れる。
いつの間にか服も着ていた。
白昼夢でも見せられていたのかと思ったが、足に力が入らなくて地面にへたり込んでしまった。
ドロリと内部から溢れ出た精液が下着を汚す。
気怠さや腰の奥の甘い疼きと鈍い痛みも、さっきまでの事が現実だったと告げている。
膝が笑っていて上手く立てない。
朝陽は誤魔化すように両手で己の足を摩った。
「全然聞いていなかった」
異界にいたのだから聞ける筈もない。朝陽が素直にそう告げると、頭の上に博嗣の拳骨が飛んできて、思わず頭のてっぺんをおさえる。
「痛いっ!」
涙目で博嗣を見上げた。
「朝陽、いつの間に四人目と番ったんじゃ?」
「あー、さっき。向こうから勝手に呼ばれて異界に連れ出されてたんだよ。じいさんに名前を呼ばれたとこでちょうど帰されたから、じいさんの話は全く聞こえてなかった」
相手の名は明かさずに答えた。
——というか、アイツ好き勝手やりやがって。
「何と礼儀知らずな……」
その礼儀知らずな相手があの安倍晴明だと知ったらまた気絶するかなと思いながら無理矢理己の足を立たせる。
先にトイレに向かって大量に出されたモノをかきだした。
残すはあと一ひら。
己の頸に手をやって擦る。そこはほんのりと熱を持っているようにジンジンと微かな痛みを齎せた。
朝陽は博嗣の元へ戻り、一緒にまた歩を進める。
「ここの結界の修復じゃ」
着いた場所にある結界は確かに緩んでいた。博嗣と一緒に掌を翳して、弱っている箇所の結界を張り直していく。すると朝陽の背後に影が出来て腕が伸びてきた。
「結界を張る時はこうしてきちんと手印を結ぶといいよ」
背後から突如現れた晴明に、朝陽はそれぞれの手を取られる。
されるがままにやっていると、力が増幅するのが分かった。
綻び始めていた結界が元の姿以上に張り巡らせられる。
「わっ、凄い。本当だ」
「あ、安倍晴明殿⁉︎ どういう事じゃ朝陽?」
ギョッとした顔をして博嗣が朝陽を見る。
どこからどう話せばいいのか分からなかったから、ザックリと説明する為に朝陽は口を開いた。
「俺の四人目の番だった」
「またか? またなのか朝陽っ⁉︎ 慣れてきた自分も恐ろしいわい」
呆れ口調の博嗣の言葉を聞いて、朝陽はまたしても横に視線を流す。
もう現実逃避が癖になっている気がした。
心臓に毛が生えたらしい博嗣を見る。
血圧が上がり過ぎたり、心不全で救急搬送される心配事が無くなったのはいい事だ、と朝陽は頷いた。
ガチャリ、と扉を開けるとオロが「お帰り朝陽〜」と言いながら抱きついてきた。
それを引き剥がした将門がオロを背後に放り投げる。
随分な扱い方に苦笑しつつも、その後ろにキュウが居るのが見えた。これもまた見慣れた光景になっている。
「朝陽、またごめんね……」
耳と尻尾を出しながらしょげた表情をしていた。
——そう言えば俺、家出してたな。忘れてた。
悪かった、と言おうと口を開こうとすると、先に将門が口を開いた。
「悪かった。お前の都合を考えていなかった。今度からは仕事のない日にする」
「へ?」
まさか将門の口から謝罪の言葉を聞けるとは思ってもみなくて、目を瞬かせる。
「将門、俺……「と思っていたんだが、俺らを拒否った癖に、お前は別の男に抱かれてたんだな。俺はそれをどう許せばいい? あ゛あ゛?……」」
言葉尻を被せ、地を這うような低い声で告げられて、朝陽は謝罪する機会を奪われた。
一気に空気と治安が悪くなった。
とてつもなく怖い。
イケメンが怒ると凄みが違う。
「いえ、こ、これはその……番契約してただけ……です。はい。なので断じて浮気じゃ……っ、ありません。すみませんでしたっ」
大滝の汗をかきながら、しどろもどろになって朝陽が答えると、将門が舌打ちした。
「よりにもよってコイツかよ」
「ふふ、お久しぶりです」
お互い面識はあるらしい。
朝陽としては物凄く気まずい。
部屋の中からはキュウの爆笑する声が聞こえてきた。
次の休日。
朝陽は晴明に連れ出されていた。
博嗣無しで結界を張りに連れて行かれるのは初めてだ。
他人には晴明の姿は見えないので、朝陽が一人で神社巡りをしているようなものだった。
意気消沈してくる。
「ほら朝陽、手印はもっと素早く組む様にして。今日は慣らしにもう一箇所周りに行こうか」
「まだやるのかよ?」
いくら朝陽の霊力が底なしとは言え、今日だけで五件目だ。
体力は並以下の朝陽はそろそろ休憩に入りたかった。
「家に帰って5Pに発展するのを待つかい?」
「頑張って結界張りに行きます!」
涼しい顔で笑いを溢した晴明を見つめる。
「どうかしたかい?」
「いや、何で結界張ってんのかなーと思って」
問題はそこだった。
結界の修復とは聞かされているが、肝心の理由は知らされていない。
朝陽が全てやっているのだ。理由くらいは知りたかった。
「ふふ。5Pになるのを避けたがってただろう? それに結界を壊して回っている輩がいるらしくてね。気になっていたんだ」
もしかして助けてくれたのだろうか、と思案する。さりげない優しさが嬉しく感じた。
「結界が壊されるから俺の周りに国家転覆クラスの奴らが集まっているのか? じいさんが気にしてた」
「それは何とも……。朝陽の番が一人じゃなくなったのも、神格クラスの結界が同時に緩んでいたからという理由もあるのかも知れないね。それに合わせて君が生まれてしまった。オレには嬉しい誤算だったよ」
手を伸ばされて顎先を撫でられる。
「君がもうオレだけのものじゃないのは寂しいけれど、今も存外に悪くないんだ。どうしてかな」
「晴明?」
長い沈黙が落ちた。
憂いを帯びた表情が何処か遠くを見るように細められる。
それは朝陽が生まれるよりずっと過去。華守人として一カ月しか晴明と番えなかった六百年前の朝陽との物語。
想いを馳せながらも晴明は〝現在〟の朝陽を見つめた。
「ねえ、君さぁ朝陽の事独り占めし過ぎじゃない?」
「わ!」
キュウが突然現れたと思いきや、後ろからは将門に抱きすくめられて、頭には小さくなったオロが降ってきた。
重さに耐えきれずに朝陽が地面に倒れる。
「重い……、お前ら、早く退け」
そう言うと、朝陽の体は将門に持ち上げられた。
その一方では、キュウ対晴明の言い合いが始まろうとしている。
「結界張るとか何とか言って、単に朝陽と二人っきりになりたいだけでしょ?」
「ふふ、バレていたのか」
——おい。
真剣に話を聞いていた己が馬鹿みたいだ。朝陽は晴明を睨んだ。
「話に嘘はないよ。それにこうやって術を教えるのは朝陽を育てたいからだしね。朝陽は霊力の底が知れなくてゾクゾクする。とても育て甲斐があるよ」
今言われても胡散臭さの方が勝った。
「朝陽の霊力のポテンシャルの高さなら皆んな知ってるよ」
キュウが不満たらたらに、そう口にする。
「なら、具体的にオレはどうしたらいいのかな?」
「私が言いたいのは独り占めはダメってこと! どっか行くなら皆んな誘ってくれる?」
「ふふ、承知した」
和解したらしい。その横で、朝陽だけが拗ねていた。
「晴明なんてもう信用しない」
「傷付くなそれは。このまま異界に連れ去って朝陽が分かるようになるまで徹底的に教え込もうか。朝陽といる様になってオレも霊力が漲っているからね。今なら自己記録も更新出来そうだよ」
涼しい顔で物騒なことを言われて、朝陽の体がビクリと震えた。
逃れるようにすぐ側にいる将門に抱きつく。
「ごめんっ、俺晴明のこと信じてる!」
あんな情交は二度とごめんだった。抜かずの六連発なんて、都市伝説すら超えている。
「お前、朝陽に何かしたのか?」
非難めいた視線を寄越す将門に向けて、晴明は一度だけ視線をやったが「これといったことは何も」と涼しい顔で返した。
「朝陽〜ボクお腹空いた。明日はお仕事お休みだから今日は食べても良いでしょ? 将門とキュウもお腹空いたんだって。ねえ?」
あえて空気を読まない戦法なのか、オロが無邪気に笑う。
「そうだな。帰るか」
将門の言葉に全員頷く。
「という訳で行くよ朝陽」
「……え?」
両側をキュウと将門にガッチリと掴まれ、後ろ向きにズルズルと引きずられる。
一番最悪なパターンが来てしまった。
逃げようにも逃げられない。
しかもこの格好のままでは、人目のある場所に出てしまえば一般人に見られてしまう可能性大だ。
将門とキュウを止めてくれそうな人を朝陽が探していると、晴明と視線が絡んだ。
「オレが異界へ繋げたら時間軸もいじれるよ」
晴明のセリフを聞いて、キュウと将門の動きが止まった。
二人の顔つきが変わっている。
オロは理解出来ていないらしく、首を傾げていた。
「何なら朝陽もゆっくり休ませる事も出来るし、これからは異界で朝陽を独り占めも出来るけど?」
「違う! 晴明の役割はそうじゃないだろう⁉︎」
良からぬ結果になりそうで、朝陽は慌てて声を張り上げた。
「助けて欲しかったんじゃないのかい?」
クスクスと笑う晴明を朝陽は再度睨んだ。
態とだ。
それだけはハッキリと分かってしまった。
助けて欲しかったのは本当だが、こんな顛末ではない。
「朝陽は黙ってて。ねえ、それって今からでも出来るの?」
キュウが食いつく。
いつになく真剣な表情をしていた。
「いつでも好きな時に。という訳で、異界から家に帰らないかい? これでは朝陽が困ってしまうからね」
静かな口調で言いながら、晴明が空間を切ると異界への扉が開かれた。
三人が同盟を結んだ瞬間、朝陽はガックリと項垂れる。
この組み合わせは最強で最悪すぎた。
晴明が加わったことにより無敵に等しい。
全員に扉の向こう側へと無理やり引き込まれ、結局はこうなるのかと朝陽は何だか泣きたくなってきた。
異界に行くようになって、晴明の番が回ってきた後は朝陽の憔悴具合が半端じゃなくなった。
「ねえ、晴明。君ってもしかして妙な性癖とか持ってる?」
キュウからの質問に対して晴明は首を振る。
「至って普通だよ」
「じゃあなんでいつも朝陽はイっちゃった顔のままなの?」
すかさず再度ツッコんだキュウに、晴明が首を傾げる。
本当に分かっていないような印象を受けた。
晴明は表情があまり変わらないから分かり難いが、最近は朝陽を含めた番達も何となく察することは出来るようになっている。
「どうだろう。自己記録をずっと上塗りしてるくらいしか思い当たらないな」
晴明は至って真剣な表情をしていた。
「自己記録……、今はどれくらい?」
「抜かずの十連発」
「それだ(よ)っ‼︎」
鬼畜仕様だった晴明のポテンシャルに全員の声が一つになる。
驚くほどの声量だった。
「晴明て性欲バカだったんだね」
「朝陽は人間なんだから、もっと考えてあげて!」
「あの狐の血か……」
オロに続き、キュウ、将門が続ける。
将門の言い分はズレていたが、晴明を止めてくれるのならこの際何でも良い。
部屋に腰掛けている晴明の膝の上には、朝陽の頭が乗せられている。
晴明は聞いているのか分からない涼しい顔をして、朝陽の頭を愛でていた。
「それはやり過ぎだから、本っ当に加減したげて!」
晴明は返事をしなかった。
愛おしそうに朝陽へ視線を落として、ひたすら朝陽の頭を撫でている。
——もっと言ってやってくれ……。そうじゃないと俺の腰とケツが再起不能になる。
死活問題ながらも言葉を発するのも億劫で、目を瞑りながら晴明以外を応援している朝陽は気が付いてもいない。
愛おしさが溢れて止まらないと言わんばかりの欲情と愛情が、晴明の瞳の奥で滾っているという事に。
「まあ、気持ちは分かるけどね」
「まあな」
「それね」
キュウと将門とオロが口々に同意する。
「ふふ、だろう? でもこれからは善処しよう」
晴明がようやく折れた。
朝陽は心底ホッとして目を閉じたまま眠りにつく。
その寝入った姿を微笑ましく見つめている番たちには気がついてもいない。
晴明は朝陽を抱き上げるとベッドの上に下ろす。
振動で意識が一旦浮上したが、守られているような安心感がひしひしと伝わってくる。
それがとても心地良くて、朝陽の意識は深く沈み込んでいった。
→第五話へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます