第39話 私と君のメソッド

 舞台袖から赤根崎を見ていた伊織が、俺の方へ振り返った。ステージの逆光で、伊織の姿が影になって見える。


「まず、はじめて立った舞台はどうだった?」


 俺は、ステージへ出ていった時のことを思い出した。見られている、という感覚。普段通りに振る舞うことも難しい状態で、セリヌンティウスを演じることは、俺にはできなかった。


「演技する余裕もなかった」


 伊織は俺の言葉を聞いて、


「君はちゃんと成果を持ち帰ってくる人だと分かっていたよ」


 と俺を慰めてくれる。そのうえで、


「よし、舞台の上で演技をするのは難しいことが分かったんだね。それじゃあ、次はどうしようか」


 と俺に問いかけてくる。俺はとにかく自分が分かることから、言葉にしていくことにした。


「状況に対応しないといけないよな。ステージに立つと緊張するのは仕方ないと思う。慣れてないから」


「そう、君には経験値が少ない。だけど、急に経験を増やすこともできないね」


 俺は伊織に同意する。


「やってみて、改めて思ったけど、演技って台詞を覚えるだけじゃ駄目だ」


「たとえば?」


「赤根崎が俺に抱き着いてみせたけど、言葉だけじゃなくて、身体の動きも演技なんだなって」


「私も、君の動きが固いなと思ったよ」


 見て、と伊織が、舞台の赤根崎を指差す。


「赤根崎くんの動きはすごく自然に見えるね。どうしてだろうと思ったのだけど、私なりの意見を言ってもいいかな?」


 俺は頷いて、先を促す。


「彼は、演技をしていないんじゃないかな?」


「どういうこと?」


「赤根崎くんが演じているメロスは、赤根崎くんによく似ているよ。笑うときの癖とか、驚いたときの目の見開き方とか……分かるかな?」


 俺はもう一度、赤根崎をじっと見つめる。メロスは妹の結婚式に参加して、宴に興じている。すっかり酔っぱらったメロスの心地よさそうな顔は、確かに赤根崎がそうするときと同じに見えた。


「君も、演技をする必要はないよ」


 伊織はふざけて言っているではなさそうだった。


「赤根崎くんが君を選んだ理由を考えてみて。きっと大丈夫だから」

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