第28話 忙しさは集まる

 文化祭は翌日に迫っていた。クラスの喫茶店の設営に走り回りながら、俺は頭の中で、ビブリオゲームの原稿を考えていた。ちょっとした時間を見つけては、メモを書き留めて、少しずつ形にしていく。


 結局、葉山は何も言ってこなかった。いつもと変わらず、クラスの女子たちと仲睦まじそうに話しながら、明日の予行演習をしていた。


「藍田くん、いる?」


 ちょうど模様替えが終わったころ、赤根崎が顔を出した。俺が原稿を書いているのを不思議そうに見てくる。


「何、書いてるの?」


 ビブリオゲームに飛び入り参加して、瑠璃垣と対決することになったという事情を話すと、赤根崎は気のない返事をした。


「ふうん、それで紹介する本のタイトルは?」


 俺は、てっきり噂を知っていると思っていたので、少し驚いた。


「展示を見に来てくれると、俺も伊織も助かるよ」


「投票もした方がいい?」


「生徒会が不正投票はまずいだろ」


 俺の冗談に、赤根崎は弱々しく笑った。何か気がかりなことがあるみたいだった。


「最近、見かけなかったけど、やっぱり忙しい?」


「……台詞を覚えるのが大変でね」


 赤根崎の所属する生徒会は、文化祭で演劇をやるのが恒例になっていて、当日は体育館が開放され、ほかにも吹奏楽部や軽音楽部がステージに立つ。


「暗記は得意だろ」


「……藤村さんと、文化祭回ることになってね」


「お、おめでとう……?」


 赤根崎がやたら重苦しい雰囲気で言うので、一瞬何と言ったらいいか分からなくなった。


「何か問題が?」


 赤根崎は悩むような間をおいて、


「演劇を見に来るって言うんだ……」


 と言った。生徒会が上演するのは毎回決まって『走れメロス』だった。今回、赤根崎はメロスを演じるという。当然、主役ということで台詞も多く、劇の成功を左右する役割ではある。


「それは、プレッシャーだな」


「まあ、藍田くんほどでもないけどね」


「それで、何か用があって来たんじゃないの?」


 赤根崎は髪をかき上げて、深い溜め息とともに、


「セリヌンティウス役を、お願いできないかな?」


 と言った。


「は、はあ!? 今から?」


「本当に申し訳ないけど、藍田くんじゃなきゃダメなんだ」


「な、何で? 俺以外にも仲のいい人はいるだろ?」


 赤根崎は真顔になって、


「君なら罪悪感がないから」


 とぬけぬけと言い、俺は頭を抱えそうになった。


「普段は生徒会だけで役を回すんだ。だけど今回ばっかりは、演技があまりにも、ね?」


「俺の演技力は考慮しないのか……」


「あれに比べたら、誰でもアカデミー賞だよ」


 だけど、頼める? と言う赤根崎の表情は真剣そのものだった。


「台本は置いていくよ」


 俺は台本を手に取り、頁を開く。


 セリヌンティウスの台詞に線が引いてあり、ある台詞に目が留まった。


『私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。』


 瑠璃垣が伊織を見つめる顔が浮かんで、何とも言えない切ない気持ちになる。


 俺は、伊織と付き合う前のことを少しだけ思い出していた。

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