第25話 事件のあとに

 瑠璃垣が舞姫の壁掛け新聞を破り捨てた日、伊織は生徒会の会議に出ていた。だから、伊織は瑠璃垣がどんな顔をしていたのか知らない。


 瑠璃垣は教室に駆け付けた学年主任に職員室へ連れていかれた。


 彼女の美しい金髪はくしゃくしゃに乱れ、ぼろ布のように彼女の顔に垂れさがった髪の隙間から、俺は瑠璃垣の視線を感じた。人込みの中にいる俺を見つけた瑠璃垣は、赤く腫らした目で、俺をただ見ていた。


 睨みつけるのでもなく、軽蔑するのでもなく、俺がそこに立っているという事実をじっと見つめていた。


 きっと新聞だって、同じ目で、同じ顔で破り捨てたのだろう。


 その顔には何の感情もなかった。涙の跡が見える以外に、何の感情も……。


+++


 その日の午後には、瑠璃垣に関する悪い噂が広まりつつあった。


 アルバイト先で暴力を振るったとか、質の悪い恋人がいるとか、両親が離婚して一人暮らししているとか。


「みんな、勝手なことばかり言っている!」


 昼休み、弁当を食べながら、伊織は怒っていた。


 もちろん、瑠璃垣の噂はどれも根も葉もないものばかりで、誰も本当の瑠璃垣を知らないようだった。けれど、誰もが瑠璃垣について知りたいと思っていて、それがこんな無責任な噂話を生み出していた。


「瑠璃垣はどうしてあんなことをしたんだろう?」


 かといって、俺も伊織と話す瑠璃垣を知らなければ、同じように噂に耳を傾けていたかもしれない。そうなっていないのは、瑠璃垣と偶然知り合ったからだ。


「あの原稿は、彼女が書いたものだから、気に入らなければ破けばいいよ。だけど、あの新聞をつくったのは、図書委員のみんななんだ。みんなに、謝ってもらわないと……」


 そう言う伊織の表情は暗く、気が重そうだった。


「……私のせいだ」


「そんなことない。それに、瑠璃垣はほかの新聞には触ってないんだから、何か理由があったんだよ」


 そうだといいけど、と言う伊織の声にかぶって、廊下から声が聞こえてきた。


「お前ら、無責任なことばかり言うな!」


 大声にはっとして、そちらを見ると、見覚えのある図書委員が二、三人、ほかの生徒と一緒にいるのが見えた。


「彼女のこと知りもしないくせに、恥ずかしくないのかよ!」


 あっと言う間もなく、伊織が飛び出していって、生徒と図書委員の間に割って入る。怒鳴っていた男子をなだめながら、何があったのか尋ねた。俺は生徒たちの話を聞くことにして、図書委員たちと距離を取った。適当なタイミングで彼らを開放する。


 図書委員の男子の話を聞くと、どうやら瑠璃垣の心ない噂に腹を立て、口論になったらしい。


「瑠璃垣さんは銀河鉄道の夜を読んで、涙を浮かべるような人です。そんな人を悪く言うなんて、許せないです」


 そして、彼は続ける。


「新聞ですけど、ぼくたちで作り直してもいいですか? 文章もレイアウトもちゃんと覚えてます」


 それを聞いた伊織は、俺の方に振り返った。


「いいんじゃない?」


 と俺が言うと、伊織は笑った。


「俺が瑠璃垣に話すよ」

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