第20話 狙われた彼女と、彼氏

 俺が空き教室での、緑川と瑠璃垣の会話を聞いた次の日、赤根崎と藤村が俺のところに来て、まったく同じことを言った。


「「緑川さん(伊織ちゃん)と別れたって本当(ですか)!?」」


 話の発生源がどこかは知らないけれど、校内で噂になっているらしかった。赤根崎と藤村はそういう噂に聡く、すぐに情報を仕入れてくる。俺が否定しないからか、二人は絶望したような表情で、顔を見合わせた。


「え、演劇部なんか、主役が体調を崩したって言って、緑川さんに代役を頼みに行ってたよ?」


「伊織ちゃん、今日だけで十人くらいの人に声をかけられてますよ?」


 そう言えば、俺が焦ると思っているのか、二人は必死な顔でそう囁く。


 俺は、緑川が決めたことを否定したくなかった。第一、今の話だって、俺が緑川の邪魔をしていたようにしか思えなかった。緑川は社交的だし、好奇心も強い方だから、もっといろんな人と関わる方が楽しいに決まってる。


「俺に何をしろって言いたいの?」


「そういうひねくれたことを言うのはやめなよ」


 と赤根崎が言う。


「ちゃんと伊織ちゃんを守ってあげてください」


 と藤村が言う。


 二人は、緑川が瑠璃垣の誘いを受け入れたことを知らないんだろう。別に、すねてるわけじゃないけど、緑川が決めたことだ。俺に変えられることじゃないし、俺が勝手に変えていいことでもない。


「緑川がそう言った? 私のことを守ってほしいって?」


 俺の言葉に、藤村が黙る。すごく険しい表情で俺を睨むけれど、


「もし必要だと思うなら、藤村が守ってあげてよ」


 そう言うと、藤村は


「冷たいんですね」


 と教室から出ていった。愕然と口を開けていた赤根崎が我に返って、藤村のあとを追っていく。が、途中で何かを思い出したのか、俺の方に戻ってきて、


「確認しておくけど、フラれたんじゃないよね?」


「……早く行かないと、藤村に置いてかれるぞ」


 赤根崎は振り返って、藤村の後ろ姿を確かめる。けれど、すぐに俺を見て笑った。


「どうせ、ささいなすれ違いなんだろ」


 走っていった赤根崎が藤村に追いついて、何か話しかける。藤村は険しい顔のままで、赤根崎は軽薄そうに笑う。


 その姿を見て、何故か緑川のことが思い浮かんだ。誰かが緑川の隣で笑っている。その誰かは俺じゃない。


 俺は、間違ったことをしているんだろうか?


+++


 赤根崎と藤村が出ていってすぐ、クラスメイトの葉山瑠衣が俺の席にやってきて、放課後の予定を尋ねてきた。文化祭用の買い出しに行くらしく、人手が必要とのことだった。


 断る理由もないので承諾すると、葉山は心配そうに


「でも、図書委員の手伝いがあるよね?」


 と言った。質問というよりは、確認するように葉山は俺の目を見ていた。


「……あっちは、俺がいなくても大丈夫だと思う」


「そうなんだ……! 藍田くんが手伝ってくれると、すごく助かると思ってたの。これからはクラスの方に集中できる感じかな?」


 葉山の目がきらきらしていて、また緑川のことを思い出した。俺が黙っていると、何かを勘違いしたのか、彼女は自己紹介を始めた。


「あ、私の名前、分かる? 葉山瑠衣、これでも一応、クラス委員」


「知ってるけど……」


 俺がそう言うと、葉山は顔を赤くして、そうなんだ、と俯いた。


「ほら、私よく影が薄いって言われるでしょ? それに藍田くん、緑川さん以外の人のこと、興味ないみたいだったから……」


 真っ赤な顔で俺をまっすぐに見つめる葉山は、何か別のことを伝えようとしているみたいだった。


「これまで話す機会なかったでしょ? 藍田くんとはもっと仲良くなりたいって、前から思ってたんだ」


 俺は、緑川とはじめて話したときもこんな感じだったな、と思い出していた。緑川が言っていた。


『君のことをもっと知りたいな』


「藍田くんのこと、もっと知りたいって思うんだけど、どう?」

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