第16話 恋と啓蒙

 避けられているのか、瑠璃垣と会えないまま、一週間が過ぎようとしていた。


「これでも、私はまだ怒っているんだよ?」


 度々顔を見せる緑川は、思い出したかのように言った。


「君が瑠璃垣さんに言ったことを後悔しているし、私は怒るべきところを怒ったから、これ以上言うことは何もないけれど、時々思い出しては、ムカッとしたりするんだ」


 緑川は真剣な表情で、シャーペンの芯を入れ替えている。俺に言うというよりは、自分に言い聞かせているようだった。


 俺は緑川の手からシャー芯を取り上げて、芯を二本取り出して、渡す。


「その割には、よく会いに来る」


「こんなつまらないことで、君と疎遠になるのが嫌だからね」


「つまらない?」


「君が、私の気持ちを決めつけて、わざと瑠璃垣さんが傷付くような言葉を選んだことは、許せないと思うよ? だけど、君はその失敗を取り返そうとしているし、君が好きだっていう私の気持ちは、そのくらいのことじゃ変わらないよ」


 シャーペンを元通りにして、緑川は、うんと頷く。


「私が、君を許せないと思う気持ちと、君のことが大好きで会いたいと思う気持ちは、不思議だけど、矛盾しないんだ」


 薄情かな、と緑川は表情を曇らせた。


「瑠璃垣さんは軽蔑するかも。私がこんな無責任だって知ったら」


 シャーペンを手の中で弄びながら、緑川は廊下の方を見て、俺と目を合わせない。


 俺は緑川の言うことが、よく分からなかった。今の俺は、緑川に好かれる資格はないと思う。それくらいひどいことをしたと思っている。


 だから、その失敗を取り返すまで、俺は緑川の恋人ではいられないんだ。


「俺は、それじゃだめだと思う」


 緑川の横顔が、そっと微笑む。


「そういう君でいてくれると、私はうれしい。どんな君でも好きになる自信があるけど、やさしい君がやっぱり好きだよ」


 恋は盲目、ってこういうことを言うのかな、と話す緑川の瞳は、結局一度も俺を見なかった。静かにまぶたを閉じて、緑川は祈りを捧げているみたいだった。

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