第13話 嫉妬・ジェラシー・喧嘩

 部活が終わり、緑川を迎えに図書室に向かっているときだった。


「おい」


 階段に足をかけたところで、後ろから声をかけられる。


 振り返ると金髪の女子生徒が立っていた。瑠璃垣りんね、だった。


「……なに?」


「返せ、あたしのカード」


 瑠璃垣が右手を差し出す。昨日拾った、図書貸出カードのことだろう。


「緑川に預けてある。まだ図書室にいると思うけど」


「……勝手なことすんな」


 彼女は舌打ちして、俺の横を通り過ぎようとする。まるで俺を無視するみたいに。


「ちょっと待った」


「あ?」


「お前、誰にでもそういう態度なのか?」


「ちっ、説教でもすんのかよ」


「緑川には、そういう口の利き方するなよ」


 あ”ぁ? とドスの利いた声で瑠璃垣は俺を威嚇する。彼女は一歩、俺の方に近付いてきて、


「緑川を、てめえの持ちもんみてえに言うな」


「緑川は俺の恋人だ。持ち物じゃない」


 さらに一歩近付いてきた瑠璃垣と、至近距離でにらみ合う。階段一段分、彼女の方が背が高くなっていた。彼女は、はっ、と馬鹿にしたように笑い、


「おまえは緑川にふさわしくない」


 と言った。


 階段を下りてきた誰かが、俺たちの姿を見て、うわ、と声をあげ、来た道を戻っていく。


 俺は、瑠璃垣の態度に無性に苛ついていた。


「言われなくても、分かってるよ」


「じゃあ、さっさと別れろ」


 また誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。ばたばたと慌てた様子で、踊り場から顔を出したのは、緑川だった。


「こ、こんなところにいたのか。遅いから心配したよ……!」


 緑川の白々しい嘘に、毒気を抜かれた。俺は瑠璃垣の横をすり抜けて、緑川の方へ階段を上がる。


、ごめん」


 けれど、緑川は俺とすれ違いに階段を下りて行って、瑠璃垣にカードを渡した。


「これ、預かっていたよ」


「……あ、ありがとうございますっ」


 緑川の肩越しに瑠璃垣と目が合ったが、彼女はすぐに視線をそらした。瑠璃垣は鞄の中から、一冊の単行本を取り出した。


「み、緑川がおすすめしてくれた奴、昨日読み終わったんだ。寝る前に読んでてさ、気付いたら、夜中の三時で、ほら、あたし読むの遅いから、それでなんだけど、めっちゃ面白くて……」


「うん、楽しんでくれたならよかった」


「また、シールもらえる?」


「今日は持ってないんだ。また今度、図書室においで」


「……っス」


 また来て、と緑川が言うと、瑠璃垣は静かに頷いた。その姿はまるで、恋をしているみたいで……それを受け入れている緑川にも、腹が立った。


 俺は気付けば、口を開いていた。


「瑠璃垣、お前、に迷惑がられてることに気付いてないの?」


 瑠璃垣が俺を見る。


「本を読んだとか言って、緑川に近付いて、それって緑川が本を好きなことを利用してるだけ――」


 緑川に殴られた。


 平手だった。


「――き、君がかってに決めつけるな! 私の気持ちを利用して、自分に都合のいいことを言っているのは、君じゃないか!」


 緑川の綺麗な瞳に涙が溜まっていく。彼女は俺をぶった右手を痛そうに抑えている。だけど、緑川が泣いているのは、絶対に、右手が痛むからじゃない。


「瑠璃垣さん、彼の言うことは気にせず、図書室に遊びに来てほしい」


 袖で目元を拭った緑川は、俺に背を向けて、瑠璃垣に言った。


 瑠璃垣は真剣な表情で緑川の顔を見つめたあと、俺の方を見て、


「邪魔じゃなければ」


 とだけ言って、踵を返した。


「また、次に読む本、探しておくよ」


 去り際の瑠璃垣の背中に、緑川が声をかける。足音が遠ざかっていき、何も聞こえなくなった。


「い、伊織……?」


 緑川は相変わらず、俺に背を向けたままだった。


「私は、君のことが好きな自分が、けっこう好きだったよ」


 緑川は駆け出していって、けっして振り返らなかった。


 俺は深い後悔を握り締めて、立ち尽くした。

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