第11話 自己紹介するみたいに
朝、昇降口で靴を履き替えていると、ばたばたと足音がして、緑川が
「おはよう!」
と駆けこんできた。
「伊織、おはよう。寝坊した?」
「違うよ、君が見えたから走ってきたんだ……!」
「……そういえば、朝練がないのも久しぶりか」
「そうだよ、朝、君に会えるのはレアなんだ」
緑川は、ふふん、とまるで自分の手柄のように胸を張る。
「私におはようと言える幸せを、よく噛み締めるんだね」
「本当、恋人が走って会いに来てくれるなんて、愛されてるよ」
「わ、私は君が少しでも早く私の顔を見たいだろうと思って!」
「分かってるよ。ありがとう、伊織」
分かってないだろう、と怒ってみせる緑川は、俺のお腹を突っつく。
「君の感謝は、軽いよ!」
けれど、そう言う緑川は笑顔だった。緑川が目を細めると、瞳の輝きがいっそう増すような気がする。
「っと、ここで話していると邪魔だよね」
と言って、緑川は靴を脱ぐ。だが、
「あっ……」
靴を脱ぎそこねたのか、緑川はバランスを崩した。さっと手を掴んで支えると、緑川は無言で俺を見た。
「……手を貸して」
「貸してるけど」
「靴を履き替えるから、支えててよ」
俺は緑川の手を握る。緑川は無表情で、
「ん、上手い上手い」
と言った。
「どこ目線?」
なぜだか、緑川は目を合わせようとしない。やたら静かなので、心配になってきた。
「ひねった? どっか痛めた?」
「あ、いや、大丈夫」
とやっぱり緑川はそっけない。内履きに履き替えた緑川は、教室に向かおうとする。
「伊織?」
回り込むように顔を覗き込むと、緑川は軽く唇を噛んでいた。
「何、その顔」
「……分かんない。私の方も、ちょっと整理中」
「……手を握っただけで?」
反論するかと思ったが、緑川は静かに頷いた。
「何だろうね、これ。大げさかな」
しおらしくされると、俺もどう言っていいか分からなくなってしまった。
「いや、分からないけど……」
「君の背中に、もっと早く気付いていればよかったな」
吹っ切れたのか、整理がついたのか、顔をあげた緑川は俺の顔を見て、にっこり笑った。俺はまぶしくて、目を細める。
「私と一緒にいる時間が長い方が、君もうれしいだろう?」
俺の恋人はすごいな、と改めて思った。彼女が俺の恋人になってくれて、本当によかった、とも。
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