最強の生物

死闘のあと

 僕の治療はとても大変だった……らしい。

 というのも、僕はほとんどの時間うなされていただけだったので、何が行われていたのかは後から聞いたのだ。


 まず手足がほぼクズ肉になっていた。

 どういうことかというとあらゆる筋肉が内側からズタズタに裂かれた状態になっていて、内出血で一時は赤黒く膨張してたいへんグロテスクな状態だったらしい。

 というか、ファーニィが上げた悲鳴はこうなる過程だったためだと思う。

 どうも「メタルマッスル」の直後に急激に筋肉にパワー性質を与えようとしたのがよくなかったらしい。

 魔術は自在だが、魔術に影響される肉体の方は当然、急な変化に耐えるにも限界がある。僕のそれは限界を一気に超えてしまったようで、筋肉はどこをどうにも引っ張れず、骨も3センチ大以上の欠片を探すのが難しいほど砕け散り、そりゃ立っていられなくても当然だった。

 当初はそれでも治療しようとファーニィは頑張ったらしいのだけど、あっというまに僕は手足をはじめとした全身の損傷に耐えられずに死体みたいな顔色になり(よく調べてみたら内臓も無事ではなく、いくつか破裂していたらしい。それもほぼ自滅)、半狂乱で生命維持に全力を注いでいたところでようやくマード翁が弱化呪術デバフを克服して手を貸してくれて、なんとか持ち直したんだそうだ。

 それでも手足を修復するのは「捌いて一度焼いた肉を集めて生の足に戻す」くらい面倒な状態だとマード翁は判断し、両手両足を一本ずつ切り落として生やし直すという荒療治を敢行。

 本当は内臓もそうしたいくらいの状態だったそうだけど、さすがに内臓を下手にもぐとその場で終わる。そこは丁寧に修復したらしい。

 で、僕への処置をする合間にもロナルドやクロードの負傷への処置も並行して進め、また「邪神もどき」の頭を調べることにもマード翁が必要だったらしく、僕の肉体修復をなんとか完了できたのは結局四日後。

 そして僕は急な肉体の変化(切ったり生やしたり)によって熱を出し、それをファーニィの治癒術と薬草知識で抑え、なんとか意識がしっかり戻ったのは六日目の深夜。

 それまではたまに喋っても完全にうわ言で、一時はリノやクロードも覚悟したというが……なんとか生還した。



「自分の体だからってあんまり無茶苦茶するもんじゃねーぞい。切れたり穴が開いたりって程度ならいくらでも治してやれるが、あんな四方八方から命の危険に繋がるようなブッ壊し方されるとさすがにやべーわい」

「そんなにまずい状態でしたか」

「ファーニィちゃんのド根性に感謝しとけ。命だけ助かればなんとかなると判断して、心拍と呼吸の維持に切り替えるのがあとちょっとでも遅かったら、ワシでも間に合わんかったわ」

「…………」

「一応ちょん切った手足、ファーニィちゃんが凍結保存しとったけど見るかいの」

「いやいいです。ブラ坂にでも食べさせますかね」

「……もう用無しとはいえ、自分からもいだ手足をペットに食わすってどうなんじゃ」

「僕のペットじゃないですし……あいつゴブリンとかも食うみたいですし、別にいいかなって」

「思いのほか美味かったら狙われるかもしれんとか思わんの?」

「それならまた折檻するだけですけど」

 ジェニファーにあげてもいいけど……ジェニファーはなんか遠慮しそうだな、うん。

 そんな話をしているところへシルベーヌさんも顔を出した。

合成魔獣キメラに人肉の味を覚えさせちゃいけないわよぉ♥」

「……えっ、あいつ人間食べたことないんです?」

「さすがにそういう教育はしてないわねぇ。もし人を食べ物だって認識したら、お腹空いた時に人家襲っちゃうじゃない♥」

「……確かに」

 それはなんというか……うん。さすがにまずいというのはわかった。

 宿を襲う強盗とか食い殺してそうなイメージあったけど、殺したとしても食べさせるのは駄目なんだな。

「じゃあ埋めるか焼くかしないと駄目か」

合成魔獣キメラのパーツにしちゃう手もあるけどぉ♥」

「……自分の手が生えたキメラとかおぞましいのでいいです」

「その感性が残っとるのにどうしてエサにする方はなんとも思わんのじゃ」

 そう言われると自分でも不思議だけど、食われる方は自然の摂理だからセーフなんじゃないかな。多分。


「邪神もどき」の残した頭部に関しては、シルベーヌさんとマード翁、あとリノやハーディらが調査した結果、やはりアンデッド系モンスターに「天眼」を埋め込んだ合成魔獣キメラらしい、という結論になった。

「頭部に直接の目立つ特徴は出てないけど、あの再生力はやっぱりドラゴンも混ざってるわよねぇ」

「六本腕はなんだったんじゃろうな」

「なんかの腕だけ移植したんじゃない? 四肢とか器官増やす系の合成はそんなに難しくないはずよ。完成体のバランス悪いと持ち腐れになるし、最悪それこそ生きたまま本当に腐るから、やりすぎに注意しないといけないけど」

「それより、あんなに会話できるアンデッドなんているのか? レイスが喋るってのは有名だけど」

 ハーディの疑問は僕も感じていたことだった。

 そもそもアンデッドで再生するというのもあまり聞かない。肉体持ちのアンデッドは腐って朽ちゆくものだ。

 不死者アンデッドと聞くといかにも再生しそうだが、実際は「死にぞこない」というニュアンスが強い。何故か動く死者、というのが本来のアンデッドの定義だ。

 ちなみに屍食鬼グールという例外もいるが、あれはゾンビに動きや見かけが似ているだけで、ただ腐った人肉を特に好む人型モンスターでしかなく、人の死体が変ずるものではない、らしい。近年の研究で別カテゴリーにするか検討されているという話をゼメカイトで聞いた。

 閑話休題。

「おそらく本当にダンジョンの親玉ボスクラスだったんでしょうねぇ。親玉ボスはそういうところ、常識が通用しないものよぉ」

 シルベーヌさんの見解にマード翁も頷く。

 ……確かに、ダンジョンの最奥で待つ親玉ボスは、他では見かけない種類のものがしばしばいる。

 まあ当然と言えば当然。最上級と言える「邪神」なんてのは、分類できるほど生態を確認できるものでもない。

 こいつが元々どんな強さだったかはもう知りようがないけれど、「我が城」とかそれっぽいことも言っていたからには、おそらく親玉ボスだったのだろう。

「でも、親玉ボスだから例外っていうなら、原種をアンデッドと限定しなくても、普通にオーク種とか獣人種とか、そっち系ベースの可能性もあるんじゃないかなあ」

 ハーディがまた疑問を呈する。

 しかし、シルベーヌさんは首を振った。

「少なくともオークや獣人の特徴はないのよねぇ。……というより、頭骨の形状だけなら人間種そのものよぉ。おそらく長期のダンジョン生活の影響で多少歪んできてはいるけれど」

「頭蓋骨だけでそんなのわかるの?」

「わかるわよぉ♥ 昔はいろんな合成したからねぇ……エルフの頭骨も人間のと似てるけど一目瞭然で違う場所あるのよぉ、耳以外にも♥」

「……ホントになんでそんなの知ってるのよ……」

 リノがシルベーヌさんにドン引きしている。

 いや、まあ、ある意味学者みたいなものだから、そういうの熟知していてもおかしくはないのだけど。


「結局、こいつの眼が薄紫に光ったっていうのは……マキシムの見間違いだったのかな。それとも、僕たちには本気を出していなかったのか」

 僕が気になっているのはそこ。

 マキシムの証言を元にすると、こいつは“邪神殺し”を持っているはずだ。

 だけど僕たち相手には発動しなかった。

 命を落とすことになるまで本気を出さなかったとは考えづらいけれど。

「薄紫に光ったらどうなんだ?」

 ハーディが怪訝な顔をしてくる。

 ……あ、ハーディは知らないのか。

「“邪神殺し”だよ。……ユーカさんが最強だった理由。あれが発動すると眼が薄紫に光る」

「え、いやちょっと待て。どういうことだ? っていうかアインも光ってたよな?」

「僕はユーカさんの影響下にあるから……」

 ……そもそも僕もなんで自分も光ってるのか、はっきりとはわからないんだけど。

 ハーディにどう説明したものか迷っていると、マード翁は首を振って。

「……使えても、あんなチカラは普通、使わんじゃろ。……使うお前さんたちがおかしいんじゃ。攻撃力と引き換えに自分を追い詰めるなぞ、よほど生き急ぐのでなければ使う意味がない」

「でも、おかげで勝てましたよ」

「……で、コイツの場合、そんな攻撃力が何に対して必要なんじゃ?」

「あ……」

 ……そういえば、そうか。

 僕たちは倒されなかったが、それはコイツの攻撃力が足りなかったからではない。

 僕もユーカさんも、他の面子も、急所に当たりさえすれば容易に殺される危険はあった。

 まあ、本当に雑に勝とうとしたならば、僕たちの小賢しい防御策を圧倒的な力でねじ伏せる……という選択肢もあったんだろうけれど、斬られても潰されても再生できる奴の身体なら、そこまで焦る必要はないだろうし。

「おそらく、マキシム君に見せた時には調子に乗っちまったんじゃろうな。割には合わんと、そこで気づいたのじゃろう」

「…………」

 そして。

 だからこそ、僕たちの中の「同種の力」に気づき、ああも喜んだのかもしれない、か。

 でも。

「不死身の化け物ですらそう判断するチカラじゃぞ」

 マード翁は、僕を睨むように見つめて強調する。

 ……まあ、言うよな。本来なら身体が半分千切れたって簡単に再生してしまう実力なのに、何日も苦労して僕を治療したんだから。

「まあ、今後は滅多なことで使う気はないです」

「本当かのう? ワシとていつでもいるとは限らんのじゃぞ」

「そういうのはユーに言って下さい」

 マード翁がいないときに片腕犠牲にする人だ。自重ができないという点に関してはユーカさんが一番だろう。

 あの人がまた使おうとする時には……その前に、僕が使うことになるだろう。


 結局。

 頭といえど死体は死体であり、分析しても大したことはわからない。

「もっと喋らせてから倒せればよかったんだけど」

「そんな悠長にやってたら誰か死んでたんじゃない?」

 リノの指摘に苦笑しつつ同意。

 まあ、情報を吐かせてから倒す……なんてのは高望みだ。

 でも、勝ったことで解決するどころか、不安さが増してしまった。

「ダンジョンの脱走体……しかも親玉ボスということは、ここで倒しても、元の場所ではリフレッシュ現象で同一個体が復活してる可能性が高いものねぇ。これがここに来たのが誰かの手引き……誰かの作為だというなら、その気になれば全く同じことがまた起こせるということでもあるわねぇ」

「……親玉ボス合成魔獣キメラを作る誰か、か」

 最初は、倫理の欠如したゴルゴールの主が興味本位で作ったのだと思っていた。

 だが、どうも様子が違う。

 ゴルゴールの主はやられている。それに、僕らにこいつをけしかける理由がない。

 それに、こいつの会話に出てきた「奴」とはなんだったのか。

 少なくとも、この「邪神もどき」は、その「奴」相手には会話や取引が成立するような関係だったらしい。

 となると、また別の可能性が浮上する。

 ……最初から、「邪神もどき」を連れ出し、ドラゴン要素を取り込むための生体素材や「天眼」を用意して合成魔獣キメラにしたのは、「奴」だったと考える方が早い。

 それほどの実力を持つ人間が複数関わっているなら、双子姫やマイロンの酒場店主、あるいはシルベーヌさんの情報網でヒントも掴めないはずはないのだ。

「結局、誰なんだろうね。……僕たちに対する作為があるなら、まぁ……十中八九、ユーの絡みではあるはずなんだけど」

「ユーカに恨みがある奴はいくらでもおるからのう……本人あの性格じゃから雑にケンカも買いがちじゃし」

「少しぐらいは心当たりも絞れませんか、マードさん」

「ふぅむ。……まあ、一流の冒険者パーティと言われる連中は、たいてい何かしらの感情をユーカに対して持ってると思ってええじゃろ。それまでスターとされておったのが、ユーカが邪神殺したせいで、一気に十把一絡げのその他大勢にされちまったんじゃからの」

「うーん……でも、嫉妬それでこんな手の込んだことするもんですかね……?」

「嫉妬は怖いぞい。ワシは嫉妬に狂った人間なら何をしてもおかしくねぇと思うがの」

 なんかしっくり来ないな。

 ……でも、難しい試練は多かった。

 水竜アクアドラゴン。デルトールでの戦争。それに、「邪神もどき」。

 ユーカさんが地に這い、無様に逃げる姿を見たい……というなら、まともに考えれば決して不足はない。

 でも、結果的には僕をほどよく成長させる糧になっている。

 僕の成長が計算外? ユーカさんが思ったより力が残っていることが想定外?

 ……それも都合よく考え過ぎだろうか。


「おーい。お前ら、アレの生首知らね?」

 ぐねぐねと考え、腕組みしている僕らのところにユーカさんがやってくる。

 そして僕たちが囲んでいる「邪神もどきアレ」の生首を見て嬉しそうに駆け寄ってきた。

「これこれ! なあ、マード! こいつの目玉ってアレだよな? アレでいいんだよな?」

「ぬ?」

「こいつ、両目『天眼』なんだろ? だったらどっちか抉り取ってロゼッタに入れてやろうぜ!」

 うぇっ。

 ……いきなりいい笑顔で凄いこと言うなあ。

「……ユーカお前、それでええん?」

「だってどうせ新しく調達しようとしたらグロいことするわけじゃん。でもコイツが持ってるならちょうどいいじゃん!」

「そりゃあ……そうじゃが……」

 複雑な顔でユーカさんを見つめる参加者一同。

 ……ロゼッタさんならユーカさんが言えば受け入れるとは思うけど。

 ユーカさんは抵抗感とかないのかなあ。

 ……でも、確かに再利用できたらそれに越したことはない……ないよね?

 やっぱり何か問題ないかなぁ……?

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