試行錯誤

 魔力には余裕がある。スキルとしてもやれる。

 しかし疲労はどうしても溜まる。

「はあ……はあ……っ……。仲間ってのはありがたいもんなんだな……!」

 改めて、そんなことを思う。

 いくらほとんどの敵とぶつかるまでもなく一振りで片が付くとはいえ、一度に数匹、十数匹。

 普段はそんなに重く感じなくなってきた剣も、そろそろ振り回すのがしんどくなってきている。

 ファーニィがいればな。いつぞやに足の疲労を吹き飛ばしてもらったように、腕の重さも何とかしてもらえただろう。

 クロードがいればな。一戦ごとの負担は半分……とまでは言わなくとも、2/3くらいにはなってたんじゃないだろうか。

 アテナさんは言わずもがな、僕より数段上の戦士だ。高笑いをしながら僕の出番も怪しいくらいに活躍してくれる。

 リノとジェニファーがいたら頼もしいだろう。リノは痒い所に手が届くサポートを期待できるし、ジェニファーの機動力と格闘力は依然として大きな武器だ。

 ユーカさんやマード翁……は、贅沢なので除外。

 でも、僕一人でやると言ったんだ。

 もう魔力が足りないから……なんて言い訳はできない。なら、「低難度」と言われるデルトールダンジョンくらい踏み越えられなくてどうする。

“邪神殺し”のパーティなら誰一人とっても、それができないという人はいないだろう。

「敵が途切れたら警戒しつつ、休憩……モンスターのデカい死体は『同士討ち禁止』がまだ利くから盾になるんだよな……」

 ブツブツ言いつつ倒した敵の死体の陰で休む。

 もっと効率的に倒していきたい。体の疲労を極力抑えつつ、先手先手で。

 そして敵を側面背面に回らせないように。地形を使って攻撃方向を局限。

 あちこちに気を回さずに済むだけで疲労感はずいぶん違う。

「……いや、戦い方を限定するのは良くない。発想を変えよう」

 ゼメカイトの無能冒険者として、毎回命を張っていた時のことを思い出す。

 誰にも頼れなかった。慎重に、セコい戦い方で、情けなくてもなんとか明日を暮らす日銭が欲しくて。

 マキシムのような体格にも技術にも恵まれた奴を羨みながら、金もなく武器もロクでもない農奴上がりの僕に使える、あらゆる方法を検討して。

 ……その頃に比べれば随分素敵になったじゃないか。

 右腕が辛くなったら左で「オーバースラッシュ」を振ればいい。ナイフで撃つと威力と射程はやっぱり下がるが、ゴーレムやトロールでもなければさほど問題ない。

 狭い通路など、敵が重なるような状況になったら「バスタースラッシュ」で一掃……というのも、もっと積極的に狙おう。

 両手で振らないといけないが、常に二刀にこだわる必要はない。その時だけナイフをポイ捨てすればいいだろう。

 それより何とか生かしたいのは、無属性含めて三属性使える愛剣の特性。

 火と雷は強力だ。うまくやれば高い効果が出せるはずだ。

 ……まあ、それでも「オーバースラッシュ」でほとんどの敵が死ぬので、見た目の問題でしかなく思えてしまうため最近使ってないんだけど。

 今の問題は疲労だ。魔力はケチらなくても大丈夫。

 この剣の属性を使うことで疲れずに敵を倒すことができないかな……。

「……ちょっと、試してみるか」

 せっかく僕だけの戦闘だ。

 いろいろやってみよう。


 実験1。

「網」を作って雷属性を生かしてみる。

「さあ、来い来い……」

 敵にちょっかいをかけて引き付ける。

 そして、無詠唱魔術……イメージで魔力を練り上げて作った通路いっぱいの網に、剣の電撃を放つ。

「ギャエエエッ!!」

「オオオオ!!」

 引っかかって数匹のモンスターが煙を上げて地に伏した。

「っし、成功」

 普段なら剣を直接当てないと感電させるには至らない。

 そして、無詠唱魔術だけでは、魔力の通り道として直径数メートルの「網」を作るのが精いっぱいで、そこにさらに変性させた魔力を放つのは難しい。

 組み合わせて初めて形になる。

 多分詠唱魔術ふつうのやつだと、そういうことは当然にやってると思うんだけど……難しい勉強も訓練もほとんど経ていない僕では、複雑なことができないのだ。

 改めて魔術師ってすごいことやってるよなあ、と思う。

 そしてそれを多くの者に共通して使えるように、呪文や魔導書としてまとめた古代の魔術師の皆さんは、さらにすごい。

 と、称賛しつつ、僕は自分の疲労軽減のために、この即席魔術「サンダーウェッブ」をちまちまと使います。

 敵が寄ってきたら剣を握って発動。別に剣は振らないので疲労感が上がることはない。

 そのうち敵が警戒して寄ってこなくなり、モノを投げつけてくる。

「ここまでか」

 一群全部これで倒せるとは思わない。多少手間が省けただけでも御の字。

 モノを投げることができるモンスターは多くはない。今回はオーク二体。飛んでくる石や棍棒に当たったらまあまあ厳しい状態になるだろうが、それは「オーバースラッシュ」で叩き落として、さらに追加斬撃を飛ばし斬殺。

 しかしここでようやく突破口が開けたとばかりに、そういった攻撃手段を持たない獣型のモンスターが突っ込んでくる。

 が。

「残念。まだ『ウェッブ』あるんだよ」

 魔力の通り道としての機能は多少減退したものの、まだ使える。

 飛び込んできたファングドホースとバケウサギがまとめて感電して倒れ伏す。

 そして累々と重なるモンスターたちを、仕上げに「バスタースラッシュ」でまとめて片付ける。

 順調。


 実験2。

 アプローチとしては「サンダーウェッブ」と同じ。

 魔力で通り道を作り、そこに剣で属性を与えた魔力を流して、疑似的に「ちゃんとした魔術」っぽくする。

 が、今回はもっと直接的に、剣からまっすぐ炎を伸ばす。

「名付けて『炎天』!!」

 もちろんアテナさんの“破天”をパクった技……いやパクれてないんだけど。

 これは単に魔力を噴射し、筋道をつけて火属性のリーチを伸ばしただけ。

 剣として斬るわけじゃない。ただの火炎放射だ。

 単なる属性発動以上、ファイヤーボール未満の技、というと情けないけど、まあそういうもの。

 が、周囲に味方いないんだし、これぐらい派手にやってもいいだろう。

 モンスターだって蛮勇に満ちているが、炎が熱くないわけじゃない。小さなものなら二秒もこれに当たれば息絶え、巨大なハイオークだって数秒も当て続ければ致命傷になりうる。

 ゴーレムには効きが悪いが、それは大人しく「バスタースラッシュ」でも叩き込めばいい。

 何よりこの「炎天」のいいところはブンブン振り回すという動作をする必要がなく、腕の負担があまりないこと。敵に向けていればそのうち焼け死ぬ。

 とはいえ、1方向しか攻撃できないので、敵が二体三体同時に寄ってくると通常通りの戦いを強いられる。

 まあ発動しっぱなしなので、いつも以上に間合いが雑でも敵にダメージが期待できるし、よほどうまく連携されなければあまりピンチになることはない。

 ……が、一戦で魔力を僕の通常一日分使い切ってしまった。

 まだ虚魔導石への貯蓄はあるので痛手ではないが、これで戦い抜くのは厳しい。


 さて。

「ファイヤーウェッブ」や「雷天」といった組み換え戦術も考えていたけど、そんなに意味はないんじゃないかな、と思ったのでそれは中止。

 炎の網にしたら熱いだろうけど動きが封じられなくて危ないし、雷属性の延長剣が炎より致死性が高いかは怪しいし。

 あと「〇天」シリーズは戦闘終了前に魔力が尽きそうになるのは辛い。戦闘中に魔力引き出しは隙が大きいのでヒヤヒヤする。

 というわけで実験はその辺にして。

「まあ今回はボスへの嫌がらせに使う気もないし、ここらでやってもいいかな」

 道中の遭遇戦で「ハイパースナップ」も存分に活用していく。

 耳の発達していない奴にはあまり有効じゃないけど、それでも敵は不揃いの混成部隊。

 全員には効かないまでも数がいきなり減るのはありがたい。倒れた奴はゆっくり「バスタースラッシュ」や「パワーストライク」で斬首していけばいい。

 結局コレが一番実戦的かなあ……ソロに限っては。

 みんなで戦う時には結局派手なのは使いにくいから、これから役立つ知見にはならないかな。いや「サンダーウェッブ」は使いどころあるかも。

 なんて思いつつ、そこから先は「ハイパースナップ」と「バスタースラッシュ」を軸に、ものぐさ攻略。


 そして、親玉ボス部屋。

 ……と思われる場所に、辿り着く。

「マードさん言ってたっけ。慣れると『そろそろ親玉ボスだ』ってわかるとか」

 僕はそれから経験を重ねたわけではないけど。

 一人で戦い、一人で自己管理して進んできたので、その「空気」が違うことに敏感になっていたんだと思う。

 それを目の当たりにする前から、ああ、そろそろだな、とは思っていた。


 陸飛龍グランドワイバーン


 直観と反する名前の、飛ばないワイバーン。

 生物種としてはワイバーン。だけど飛ぶことを捨てた。その分、体重とパワー、そしてダッシュ力が上がっていて、まあ要するに、単純にフィジカルが強い。

 ゼメカイトの酒場に飾ってある絵だけは見たことがあるので知っていた。確か引退して画家になった冒険者が「最後の戦い」ってタイトルで描いた奴。

 彼にとっては冒険者人生のクライマックス、あるいは「折られた」相手ということなんだろう。

 酒場の店主にどっちなのか聞いたら「そこは言ったら野暮ってもんだろ、想像しな」と笑われたっけ。

 ……それに、単独で相対する。

 あの時は遠い話だった。僕が届くような高みとも思えなかった。

 ちょっとだけ感慨深い。

「『最後の戦い』か。……まあ、このダンジョンにとっては、そうなるのかもな」

 メガネを押しながら呟くと、呼応するように陸飛龍グランドワイバーンは吼えた。

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