蠢動する災厄
ミリスの接触
「マリスにはクロードの相手をさせております。彼の耳に入れたくない話ですので」
「じゃあ君はミリス?」
「ええ。……あまり長い時間はかけられませんわ。不作法ですが本題に入らせていただきます」
ミリス王女はひと呼吸。
「デルトールで出たというのはロナルド・ラングラフではありませんわ。彼は今現在、東のルーダ部族国に身を寄せています。……ずっとロナルドを追わせている者がおりますので、間違いありません」
「……なんでそれをクロードに秘密に……?」
「私たちがそれを把握していると理解してしまえば、クロードは向かって行ってしまいます。返り討ちですわ」
「クロードでもやっぱりかなわないのか……」
「ええ。正直に言わせていただくなら……兄含め、誰の手にも負えないのがあの男です」
ミリス王女は溜め息をついた。
「最強の冒険者、“邪神殺し”と肩を並べたという兄の矜持からすれば、勝てぬはずはない、と言いたいところなのでしょうが……ロナルドは兄の前ですら、一切本気を出したことはありません。……そのことに心底退屈した結果が、今なのです」
「……山賊として、自由に敵を探して襲う、という……?」
「元々、ロナルドの強さに底が見えないことを憂えた軍部で、彼を暗殺しようという動きがあったのです。……ある程度なら頼もしい英雄として頼れもしましょう。ですが彼はあまりにも図抜けて強く、王都直衛の四騎士団にも全く相手がいなかった……嫉妬ならばまだ可愛いものですが、彼の力を知る者たちの思いは、もっと深刻。彼一人の気分次第で王国は崩壊する、という怖れに取り付かれていたのです」
そんなにか。
……いや、ユーカさんが“邪神殺し”を発動させたときのことを思い出せば、そんな存在も有り得なくはない、というのは理解できる。
世の中には、常識で考えてはいけない種類の人種は、存在する。
「ですが、命を狙う蛮行はそれこそ決定的に彼を敵に回すことになる。私たちは先手を打ち、彼をいったん要職から追放し、その上で改めて、王家直属の戦力となるよう誘いをかけたのです。……しかし、彼は追放を受け入れ、あらゆる報奨を用意するとした私たちの誘いを蹴ってさすらい始めた。『探し物はここにはない』と言い残して」
「…………」
「ロナルドの雷名で栄華を誇ったラングラフ家は一転、その失脚劇のために汚名を被り、結果として長子マキシムは騎士の叙任を待たずして出奔することになりました。クロードは後に残され、逆風に晒されながらも家の名誉を取り戻そうとしている……」
「……幼馴染の王女様への思いが原動力みたいなことを言っていたけれど」
「貴族とはそういうものですわ。好き嫌いや金銭への執着とは一切関係なく、ただの現実として、家の都合も兼ねた美しく華麗なる恋しか選べぬもの……家と己の人生は不可分です。非難には値しませんわ」
皮肉げな笑みを浮かべつつ、ミリス王女はドライにモノを言う。
……そういうものかもしれないけど、まだ夢見る歳にしか見えない女の子がすらすらと言うのは、なんとも似合わない話だ。
「んで? その話をアタシらにしに来た理由を知りたいもんだがな」
ベッドであぐらをかきながら、ユーカさんはミリス王女に話の先を促す。
「つまり、そうではないものなのです。デルトールにいたものは」
「……?」
「私たちは、ロナルドは他の場所にいる、という情報しか持っておりません。他に候補をご提示できません。……王家をして、そうとしか言えないものが、現実としてあそこにいるのです」
……えっと?
「つまり何か? 国中の不埒者について情報があるはずの
「ええ。……おそらく、これから何らかの形で向かっていくつもりなのでしょう?」
「……だとしても変わらねえだろ。ロナルドもフルプレじゃ絶対勝てねーレベルってんなら、差し引き難易度は変わらねえ。結局何者なのかなんて些細なことだ」
ユーカさんは鼻で笑い飛ばす。
それでもかつての仲間が集まれば、勝てないことはない。
今までと同じようにやる。他人の入れ知恵は必要ない。そういう顔だ。
ユーカさんのその様子を見て、ミリス王女は溜め息。
「……ならば、クロードを置いて行ってくださいませんか?」
「……何?」
「クロードがそれに挑む理由は、ないはずですわ。……実力的にも、そのような戦いにはついていけないはずです」
「……それはクロードが決める話だろ」
「今、私がお教えした話を全て知ったところで、彼はここに残る判断ができるほど大人ではない。違うかしら?」
「…………」
「幼い男ではありますけれど、それでもマリスによく懐いております。今後もマリスの良い味方となるでしょう。切り捨てるつもりはありませんわ」
「……はっ、なるほどね。ちょっとだけお前らの中身が見える物言いだ」
「っ……」
ユーカさんの不敵な言葉に、ミリス王女は珍しくムッとしたような顔をして、慌てて余裕を取り繕う。
「だが、説得するならアタシらに頼むんじゃねえ。確かにクロードじゃテッペンの戦いにはついていけねえだろうが、それでもパーティにとっちゃ重要なパーツだ。……男が命張って成長しようってのを、ゴチャゴチャ裏から操ろうとするんじゃねえよ。本気で人を繋ぎ留めたいなら正面から捕まえな。アタシはテメェら姉妹の、そういう何でも小賢しくやろうってやり口が気に食わねー」
「それは……」
「その調子じゃお前も、もう一人の周りにも、最後に何も残らねえぞ。そんな小芝居に何十年も付き合ってくれる鈍感な馬鹿ばかりじゃねーんだ」
……途中から、ユーカさんが何を指して何の忠告をしてるのか、よくわからなくなっている。
どうもミリス王女には効いているようなのだけど、いやそもそも何で王女に説教する流れに……? と全くついていけていないので、とりあえず黙ってメガネを押してわかったフリをしている。
ややあって、ミリス王女は小さく息を震わせつつ「肝に銘じますわ」と呟いて背を向ける。
「……ですが、そう自由にはならぬ身の上。私たちにはこの生き方しかありませんの」
「言うほど不自由でもないと思うがな。お前らの兄貴を見るに」
「……貴女も兄も、自由ではなく、ただ傍若無人が過ぎるのです」
「はっ。だがその選択肢は認識しておきな。『生き方』なんてのは狙って定めるもんじゃねえ、昔話をするときに使う言葉だぜ」
「……わかった風なことを言いますこと。兄より年下でしょうに」
「含蓄あることを言うクソジジイが知り合いにいてな」
何やら話が終わったようで、ミリス王女は静かに出て行った。
……僕は小さく息を吐いて。
「途中から何の話してんのか分からなかったんだけど」
「あの双子なりに苦心してるって話さ。……自分の『妹』に幸せになってもらいてーから、ってことなんだろうな、お互いに。……
「……えーと、今の会話でそういう結論に行く話あったの?」
「察しろって」
ユーカさんはニヤニヤしつつ、ベッドに身を沈める。
僕は説明を求めかけて、やっぱり諦めた。
女の子の話に無理に理解を示そうとして、いい目に遭ったことがないのを思い出した。
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