グリフォン

 グリフォン。

 鷲の頭部と翼、ライオンの体を持つモンスター。

 ワイバーン級のモンスターとされるが、その中でもあえて格付けするなら上級に位置する。その理由は「空中戦にも地上戦にも強い」という点にある。

 ワイバーンは急降下攻撃が怖いが、いったん地上に降ろしてしまえば、主な攻撃手段は噛み付きとブレスになる。地上で機敏に駆け回るのには向いていないのがほとんどなのだ。

 しかしグリフォンはブレスを使わない代わり、地上でもヘルハウンドと同等以上に動ける。

 クチバシ攻撃は半端な鎧は容赦なく叩き割り、攻撃の精度も高い。

 そして前足は鳥類に似た、掴むことに長ける鉤爪状になっているために、それを使った掴みや引っ掻き、引き裂きといった攻撃も脅威だ。

 総じて攻撃能力に派手さはないが、ここぞという隙がなく狩りづらい。

 それがグリフォンというモンスターに対する一般評といえるだろう。

 ……さて。

「どう迎撃したものかな……」

「どうも何も、剣しか持ってねーんだからブッタ斬る以外ないだろ」

「まあそうなんだけど」

 そんなモンスターを相手に、仲間二人を守って立つ。

 意外と難しい状態だ。

 もちろんユーカさんの言うように斬る以外ないんだけど、こいつはとにかく移動力がある。

 ワイバーンのように、一度降りたら飛ぶのにバサバサとモタつく、なんてこともない。その強靭な脚力で助走して、またすぐに高速飛行に戻っていける。

 攻め手が直接打撃しかない、というのは好材料だが、僕は二人を守る必要がある。

 つまり、飛び退き、転げまわりながら脇や背中を狙うというわけにはいかない。

 回避からの攻撃ではなく、真っ向から迎撃が唯一の道。

 相手のトップスピードに、こちらも完璧に合わせていかなくてはいけない、ということだ。

 それも、本当に真正面からぶつかれば、当然、重量の差でこっちも無事では済まない。

 相手の衝突を受け止めるのはなんとか避けつつ、斬る。

 それも「オーバースラッシュ」なら可能……のはずだが、問題は相手が速く、上下含めたあらゆる軌道で襲ってくる選択肢を持っている、ということ。

 剣を大きく振り回しても、そんなに広角に斬撃を発生させることはできない。

 無理にやっても、数十メートルの射程が大きく目減りして、有効射程は数メートルくらいになる。

 そして一発で仕留められればいいが、カス当たりの場合、攻撃を食らう。

 新調したドラゴンミスリルアーマーの防御力なら多少は耐えられる……と、思いたいが、過信はできないよな。

 僕自身の肉体は相変わらず屈強とはとても言えない。鎧は耐えられても、僕自身が動けなくなったらアウトだ。

「……まっすぐ来てくれればいいけど、そんな様子でもない……な」

「グリフォンだしな。あいつら獲物を追い回して翻弄してから狩るんだ」

「耳寄りな情報だね」

 つまり、変則軌道を取る可能性がとても高い。

 グリフォンは、まるでどう料理してやろうか、と思案するように、8の字に飛びながらこちらを観察している。

 そこから急降下で来るにしても、かなりの急角度だ。

 上に向かって剣を振るのはちょっと窮屈で、うまく捉えられない可能性も高い。

 そして困るのが蛇行しながらこちらを襲う場合で……いくら僕が高速で「オーバースラッシュ」を連続発射できると言っても、もちろん剣を往復させる速度以上では撃てない。

「パワーストライク」での迎撃に絞るべきか?

 でも、それこそ反射速度オンリーの戦いになる。

 分が悪いことには変わらない……というか、射程を捨てる分、押し切られる可能性はそちらの方が高まる。

「い、今“斬空”で墜とすってわけにはいかないんですか!?」

 クロードが提案してくるが。

「あの距離だと、まあ……当たんねえよな」

「そうだね。斬撃がそこまで高速では飛ばないし、そもそも僕って10メートル離れたら人に縦斬り当たらないくらいに狙いがブレるし」

 ユーカさんと冷静に呟き合う。

 全く無警戒だとしても、数十メートルの上空にいるモンスターに「オーバースラッシュ」を当てるのは無謀だ。

 限界射程ギリギリだとそもそもダメージにならない可能性もあるし。

 あくまで相手の動きが鈍く、的が大きいことが、リーチを生かす前提になる。

 ……しばらくして飛び方が変化する。

 スピードを上げ、8の字から周回軌道へ。

「……そろそろ来るよ」

「おう。……クロード、動けるか。アインが襲われそうになったらすぐ横っ飛びだ」

「えっ……ど、どうしてっ」

「アインが避けらんねーだろ。グリフォンの攻撃軌道から抜けることだけ考えろ。手ぇ出そうとするんじゃねーぞ邪魔だから」

 助かる。

 一応、これで僕も回避ができる。……そんなことしてる余裕があれば、だけど。

 グリフォンは円軌道を描き、楕円に変えて斜めに駆け降りる……というそぶりを見せつつ浮き、また切り返すように逆回転に変更しつつ高さを調整し……と、時間をかけて僕らをじらす。

 いや、単に僕を確実に一発で仕留める速度と角度を狙っているのかもしれない。

 トロールの死体を見れば、僕たちが奴を五体バラバラにするだけの力を持つことは確実だ。警戒感は高まっているだろう。

 僕たちは奴のその思わせぶりにグルグルとポジションを変えながら、いざ攻撃してくるのを待つ。

「ほ、ほら! 今! 今、“斬空”で攻撃すれば当たったんじゃ!?」

「無理だっつーの。突っ込んでくる瞬間じゃなきゃスカされるだけだ。もしかしたらそれを誘ってんのかもな」

「でもアインさんは撃ち放題なんでしょう!?」

「溜めるスピードだけなら間に合うけど、アインの魔力自体はそんなに多くねーんだよ。無駄遣いさせられたらそれこそ思う壺だ」

 ユーカさんが怯えるクロードをなだめてくれる。僕は気を散らしていられないので助かる。

 そのまま何周も僕らをグルグルさせていい加減首が疲れてきたところで。

 グリフォンが突然動きを変える。

 いよいよか、と思いきや、遠くから飛んできた矢がグリフォンの片翼を貫き、奴はよろめいて少し遠くに着陸。

「お待たせ!」

「すみません、人助けしてたら捉え損ねちゃいました!」

 アーバインさんとファーニィだった。

「お前らなー! アインがトロールに手間取ってたら挟み撃ちだったぞ!?」

「しゃーねーじゃん、怪我してる奴見てファーニィちゃんに無視させるわけにもいかねえだろ?」

「治癒してる最中に一瞬は見かけたんですけどそのまま振り切られちゃって」

 まあ、どちらにしても間に合った。

 これであとは……。

「来るぞ。あいつ頭狙い辛くてヤなんだよな。クチバシで弾きやがるから」

「頭以外の急所狙えません?」

「さすがに内臓一発じゃ決めきれねえよ、あのクラスだと」

「だからお前は火力不足って言われんだよ」

「へいへい。アインはそんな生意気なこと言わないよなあ!?」

「とにかく倒せるなら何も文句はないです」

 翼が使えなくなったグリフォンは、その地上戦能力でこちらを殲滅すべく、地上を斜めに疾駆してくる。

 相変わらず飛び道具を警戒しての動きだろうが、アーバインさんはさすがにそれでも当てられる。

 ズドン、と巨体に穴を空けるアーバインさんの矢。

 突き刺さる、ではなく穴を穿つ威力は、ユーカさんたちじゃなきゃ充分に賞賛される威力だろう。

 しかし怯んで足をもつれさせながらもまだ向かってくるグリフォン。

 アーバインさんだけなら、ここで危機感が高まるかもしれないけれど。

 ここには、僕がいる。

「そこまでモタついてくれるなら……斬れる!」

 ダッと突進。

 魔導石をいじり、火属性にした剣で「オーバースラッシュ」を放つ。

 相対距離7メートル。本来だったら怖い距離だが、確実に当てにいける距離でもあり。

「クェエエ……!!」

 空に飛ばれる心配もなくなった今なら、水平斬りで当てられる。

 ここまで温存したおかげで、グリフォンはまだ初見の「オーバースラッシュ」に面食らい、動きを一瞬止めてしまう。

 それが命取り。派手な火属性だからこそ余計に驚いただろう。


 走った斬閃は、鷲獅子の鷲部分と獅子部分を泣き別れにした。

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