パーティ結成

宿場での遭遇

 ゼメカイトからフィルニアまでの間には三つの宿場がある。

 二日弱歩けば次の宿場、という感じで、本来は一日分の食料があれば、食べきって腹が減るころには到着できる。

 本当なら野営しなくていいような距離ごとにあるのが理想なのだけど、そこまでうまく宿場が配置されるのは王国が整備した大街道くらい。ゼメカイト~フィルニア間はそうではなく脇道扱いだ。

 それでも平穏な地域なら自然と道沿いに村ができるのだけど、ゼメカイト周辺はダンジョンや遺跡が多数確認されている冒険者好みのあぶない地域。モンスターも増えやすい。

 宿場やその生活のための畑などの防備にかかるコストを考えると、そういう地域ではまばらに離れて住むわけにはいかない。仕方ない。


 僕たちはその後、大した妨げもなく旅を続け、三つめ……つまりフィルニアに一番近い宿場に近いところまで進んでいた。

 妨げはなかったと言ってもちょくちょくモンスターには遭遇していたが、ゴブリンやバケウサギ程度のものだったので十分な休みを取った後なら問題になることなどない。

 というか、そのレベルのモンスターなら、片手しかないユーカさんでも倒せる。

「さすがに『オーバースラッシュ』の射程リーチありで、一発で倒せると怖さも激減だね」

「むしろお前の古い剣、ゴブリン一発で殺せないとかどんだけだったんだよ。棍棒のほうがまだしもマシだったんじゃねえ?」

「……今にして思うとそうかもしれない」

 倒したゴブリン数体を道から外れた場所に引きずって、まとめておく。

 道に放置すると他の獣が寄ってきて、後から来た別の旅人に鉢合わせしかねないし、そうでなくともグロテスクな死体を目立つ場所に放置するのはマナー違反だ。

 ……まあ、冒険者はわりとこのマナー守らないこと多いんだけど。

 敵が多かったり依頼が急ぎだったりすると、片づけに時間取られるのは厳しいよね。中にはトン越えのモンスターとかもいたりするから、魔術師の助けなしでは動かすことが出来なかったりもするし。

「しかし真っ黒になってどうしたものかと思ってたけど、切れ味はそんなに変わらないな」

「まあ、あいつのブレスの熱はブレスとしてはヌルい方だっていうから、黒いのはほとんどただのススだろうしな。フィルニアついたら鍛冶屋にいって磨いてもらえ。あと予備の武器も買っちまえ」

「予備……そんなの持ち歩くの大変じゃない? ここぞの冒険の時だけでいいんじゃ……」

 もちろん僕は後詰冒険隊サポートパーティなんか呼べる身分じゃないし。

 と思っていると、ユーカさんはバーカ、と首を振る。

「そういうのはお守りみたいなナイフでいいんだよ。素手の必殺技、まだ使えねえだろ。でも短くてもナイフさえあれば、今までのやつ全部使える。この前のヘルハウンドとの詰めの時にも、そんなん一本足に巻いとけば済んだだろ?」

「……確かに」

 僕が今までにモノにした技は、全て剣を使うものだ。

 が、刃渡りの短いナイフでいいだろ、と言われると、確かにできなくもない気はする。

 あの時は気づかなかったけど、もしかしたらユーカさんの腰のナイフでもできたのかな。

 ……いや、まあ、可能不可能で言えば可能だったかもしれないけど、あの時にナイフを投げ渡されても「こんなのでどうしろと」と絶望してただろう。

 僕、ずっとあの剣だったから、あえてナイフでモンスターと戦ったことなんてないしなあ。

「ちょっとユーのナイフで技の練習してみていい?」

「いいけど、さすがに武器の形が違うと馴染ませる感覚変わるから、最初は不発スカるかもな」

 そういうものか。

 まあ、確かに同じような刃渡りの剣同士だったから、前の剣でも他人の剣でも応用はできたけど、もしこれが棍棒とか鎖鉄球モーニングスターとか長槍とかだと技にならない気もするな。あと素手でも。

 ユーカさんのナイフを借り、とりあえずいくつか持ち方を変えてみて魔力を注ぐ感覚を確かめてみる。

 ……うん、確かに……なんかこう、違う。

 普通の剣なら、雪で言うならある程度の「かたまり」を作る余裕があるのに対し、ナイフだとそこまでいかない。雪を雪のまま片手で扱うような頼りなさがある。

「本当に違う……これで長剣と同じような殺傷力目指すのって、結構話が変わるんじゃ?」

「いや、まだ打ってねえのにわかるのかよお前……」

「え、わかったら変……?」

「わかんねーよ普通。アタシだって何百発も打ってようやく『この感じなら』って経験的に理解した感じだぞ」

 え……でも、なんとなくわかるけどな。

 これが元々、湖でスラッシュを習った時からこうだったのか、途中で目覚めた感覚なのか。今となっては不明。

 でも、どこまで溜められるか、溜まっているかは少なくとも感覚でわかる。

「お前、もしかしたら……魔術師向きなのかもな」

「?」

「魔術師も自分の魔力ってあんまり細かく把握できないからさ、代わりに呪文で制御するんだ。目をつぶったまま、決まった順番でペンを動かして字にする感じ。……でもたまに天才ってのがいて、そいつらは手元で魔力がどう動いてるのか詳細にわかるらしいんだ。だから無詠唱魔術なんて真似もできるし、呪文っていう迂遠な操作法を元から使わないから、誰も知らない魔法を簡単に編み出したりもできる。もしお前がガキの頃から魔術を習ってたら、そういうのになれたかもしれねーな」

「うーん……」

 そういう才能、なのかな。

 とりあえず魔力が武器に溜まってるかわかるだけだから、そこまで繊細な感じでもないのだけど。

 しかし、初歩の魔法ができずにその道を諦めたユーカさんから力を受け継いでコレ、かぁ。

 ……あの魔導書、いくらなんでも効果の表れ方がおかしくない?

 こんなんじゃ、本当に誰がなんのために使うんだか。

「それで、ナイフで技は使えそうか? それならソイツ、持っててもいいぜ。この前みたいになったらヤバいし」

「いや、『パワーストライク』だけならともかく、他はうまくやれる気がしない……それにユーが無防備ってのも怖いし」

「アタシは素手でも結構奥の手あるから」

「もう手がなくなっちゃまずいんだよ!?」

 一本しかないので大事にして欲しい。

 ローリスクの代表として「オーバースラッシュ」を挙げたくらいなんだから、残りの「奥の手」は間違いなく何か捨てる系の技になってしまうだろう。これ以上手も足も失っちゃ困る。

 片手でも服とか色々手伝うことになってるし、両手なくしたらもう着替えもトイレも一人で出来なくなっちゃうじゃないか。足も同じだ。

「それぐらいなら素手の技を僕にも何か教えて欲しい」

「んー……」

 ユーカさんはナイフを僕から返却され、後ろ腰の鞘に戻しながら、少し顔をしかめて唸る。

 しばらく悩んだ末。

「……よし。あれならいいか。名付けて『ハイパースナップ』だ」

「いや……名付けて、って。今名付けたの?」

「そもそも名前ついてる技の方が少ないんだよ。アタシいちいち言わねーし、使ってもみんな『またあいつ力任せに派手なことやったな』みたいな感じで流すし」

「……そう」

 まあ……ゴリラ時代のユーカさんだと、本当に何やっても「あのユーカだから」で皆納得しちゃう外見的説得力と名声があったもんなあ……。

 それこそ「オーバースラッシュ」や「パワーストライク」なんて、目の前で見ても「筋肉で不可能を可能にした」って説明されたら、納得せざるを得なかったところだ。

「よし、やり方説明するぞ。……あと不用意にアタシの前で使うなよ」

「えっ」

「そういう技なんだよ」



 最後の宿場について、まずやることは食料の補充と武器の洗浄。

 最後の戦闘からここまでに水場がなかったので、血糊が固まりかけている。

 でも、それをわざわざ一般人に見せつけるのは色々と印象が悪い。

 モンスターとやりあったのだ、といちいち説明しないと、なんか人殺しでもした後みたいに見えてしまうのが冒険者というものの印象だし。

 ……実際その場合もある。冒険者は道々の対人、対山賊の護衛をする場合もあるから。

 でもそれを一般人が深く理解し、無罪無害の存在として歓迎してくれるかというと、かなりきつい。

 僕たちが「仕事後」の山賊に見えてしまって無駄に警戒される事態は避けたい。

 なので、こそこそと隠れるように桶一杯の水をもらい、物陰で武器を洗う。

「悪いことしたわけじゃないんだけどな……」

「ま、どっちにしたって抜き身をカタギに見せるもんじゃねーよ。……ちゃんと最後に乾いた布で拭けよ。それ普通に錆びる剣だかんな」

「うん、わかってる。……錆びない剣とか使ってたの?」

「おー。最近は錆びる奴の方が珍しかったぜ。ン千年前に打たれて錆びてない希少金属の奴とか、そもそも金属じゃない奴とか。手入れが楽だったんでそういうのばっか持ち出してた」

「……それは今、ロゼッタさんのところに?」

「おう。そういうレア剣もただ使う分には別にいいんだけど、下手にそういう派手なの持ち歩いてスられると今のアタシは捕まえきれないし、腹立つからな」

 ……逆にそういうのを保管できてるロゼッタさん、一体何なんだろう。

 一本でも盗めれば大儲けだろうし、ユーカさんの資産を管理してると知られてるなら、大規模な盗賊団にだって狙われそうだよな。

 いや、逆にユーカさんの御用商人だから大丈夫、でもあるのか。

 敵に回すことがイコール、邪神殺しのユーカさんを怒らせるってことだしな。今もユーカさんが健在だという前提に立てば、だけど。

「よし。これで一応綺麗になった。……ここに腕のいい鍛冶屋いないかなあ。磨いてもらえないかな」

「やめとけ。フィルニアまで我慢だ。それより宿探そうぜ、ベッドで寝たい」

 宿は最悪の場合、見つからないかもしれない。

 こういうところの宿はそんなに定員も多くなく、冒険者に友好的とも限らない。いくら空いていても宿の主人が「冒険者お断り」と言い張ればアウトだ。

 たまにあるんだよなー。冒険者はトラブルの元だから、ってにべもない宿。

 そういう場合は家畜小屋や納屋を貸してくれる家を探すことになる。嫌な顔をされがちなので憂鬱なんだよな、そのパターンは。

 ここはそういう地じゃないと思いたい。

 ……で、宿が借りられない時に備えて食料を先に補充したというわけでもある。

 日のあるうちに食料だけでも確保できれば、宿で温かい食事にありつけなくても飢えなくて済むし。


 で。

 宿に着くと危惧していた状況だった。

「すみません。今日は満室でして」

「…………」

 邪険に追い払われる、ということはなかったのだが、どうやら旅人が多かったらしい。

 ゼメカイト側にはモンスターがいた。排除されてなかったということは、ここ数日の間は人が通っていなかったのだろうから、きっとフィルニア側から来た旅人の団体だろう。

 それはそれとして泊まるところがない、という事態には変わりない。

「あの……どこか他に泊まれそうなところないですかね」

「ないですねぇ」

 おかみさんに聞くも即答された。

 悪気があるわけじゃない……と、思うが、今言った通り満室なので忙しいんだよね、という雰囲気が、愛想笑いの裏に滲み出ている。

「このままだと野宿なんですけど……」

「お気の毒ですけどウチではねぇ」

 うぅ。返答が早い。

 これは他に何を言ってもスパッと切り捨てられて続かないやつだ。

「この通り、女の子連れなので……不用心なのは避けたくて」

「そうは言っても、ないものはないのでねぇ」

 ……駄目だー。

「チェッ。いいよアイン。行こうぜ」

「ユー」

「泣き落としはガラじゃねーし、たかが宿でそこまで深刻になるなよ。とっととフィルニアまで行っちまえばいいだけだろ」

 ……ベッドで寝たがったのはユーカさんのほうなんだけどな。

 でも、分の悪い勝負なら切り替えが早いのも彼女の長所だ。

 僕は一応、おかみさんに一礼しつつ、ユーカさんを追って外に出る。


「本当にこのままフィルニアまで行くの?」

「少なくともそんだけ団体さんがいるってことは、フィルニア方面あっちの道なら大の字で寝たって平気だろ。そんで明日こそベッドに寝りゃいい」

「うーん……まあ、そう……かも」

 強行軍でちょっと疲れが溜まってきてるけど、食料は足したし、一日くらいなら……うん。

 と、僕も迷いながらユーカさんの方針に頷いたところで。


「はぁ~い♥」


 妙に愛想のいい女の声が背後から聞こえる。

 振り向くと、可愛らしいエルフの女性がいた。

「エルフ……?」

「お宿、探してるみたいね?」

「ええ、まあ」

「それじゃあウチに泊まったら? 冒険者さん、疲れてるんでしょ? 顔に出てるわよ♥」

「う……」

 そうかなあ、と顔を撫でる。……ちょっと無精ひげ、出てるかも。

「それじゃ、こっちこっち」

「え、ちょっ……」

 遠慮なくエルフ女性が手を引いてくる。

 ユーカさんは……この事態にあたふたしている僕をジト目で見つつ、一応、屋根のあるところで寝られるという誘惑には惹かれるらしく、大人しく一緒の方向に足を向ける。


 そして、ある家にたどり着く。

 割と普通の……本当に普通の民家。

「エルフがこんな普通の家に住むんだ……?」

「どんな家に住むと思ってたの?」

「い、いや、エルフってもっと……なんというか、偏屈というか」

 深い森で生活をするというエルフ族には謎が多い。

 その本来の生活スタイルも、木の上に家を作るんだ、とか、いやいや大樹の中を掘り抜いて住むんだ、とか、そもそも家なんかいらない、森の中を全て我が家に見立てて生活しているんだ、とか、諸説ある。

 そして実際、街に定住しているエルフを初めて見たのが、あのロゼッタさんだったりする。

 冒険者にはちらほらいるけれど、彼らはだいたい普通に宿屋住まいで多くを語らないしなあ。

「ふふっ♥ まあ、偏見よ。エルフにもいろいろいるの。でも家族がびっくりするから武器はこっちに預けてね♥」

「う、うん」

 彼女が微笑んで差し出した手に剣を預け……僕は扉を開ける。

 中には普通のおじいさんとおばあさんがいた。

「?」

 突然ドアを開けた僕を見て、二人はきょとんとしている。

 僕は軽く会釈しつつ、エルフ女性に紹介を頼もうとしたら、そこには誰もいない。

「……えっ」

 硬直する。

 そして家の中のじいさんが声を上げる。

「なんだね若いの。急に人の家に入ってこようとするとは。そのナリは冒険者か」

「え、ええと……あの、エルフの女の子が、泊めてくれるって……」

「エルフ……?」

「……ご、ご家族……です、よね?」

 言いながら、仮に「家族」だとして一体どういう関係で「家族」なんだ、と疑問に思う。

 ……ま、まさか?

「エルフなんて儂らは知らんが……」

「…………!!」

 大きく振り返る。

 ユーカさんはカエルのように伏していた。

「えっ……ええええ!?」

 慌てて駆け寄り、助け起こす。息はあるが、意識はない。

 殴った音もなかったということは、そういう気絶じゃない。魔術か何かで眠らされたんだ。

 ……エルフは、魔術が人間よりだいぶ上手い種族。

「……つまり……」

 剣だけ、盗られた。

 僕の……いや、僕とユーカさんの持ち物の中でただひとつ、「金目」と思われる立派さを備えた代物が、あの剣。

 ……強盗? いや、詐欺師!? どっちもか!?

 エルフのあんな可愛い女の子が!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る