病気
「じゃーん」
僕を信じずに、更なる怒鳴り声を上げるペークシスに対して、こちらはナイフを取り出してみせる。
「……ッ!?」
慌てて反撃に備えようとするペークシスであるが、僕の行動はそんな彼女の心配に対してまったくの逆側。
「……はっ?」
自分の腕を己が取り出してナイフで思いっきり突きつけた僕に対して、僅かな血を浴びるペークシスが怪訝そうな表情を浮かべる。
「別に、僕は君を傷つけるつもりじゃないんだ……そう、少し。信頼に足る情報を上げてもいいかな?って思ってね……抜いて。ナイフ」
僕はナイフの刺さった腕をペークシスに差し出しながら口を開く。
「ふんっ」
それに対して、ペークシスはしっかりとナイフを掴んでからぐちゃぐちゃと、僕の腕を傷つけながら乱暴に引き抜く。
「ふぅー、ほいさ」
それに対して小さくため息を吐いた後、僕は自分の腕へと治療魔法をかけてペークシスが広げた傷を完全に治していく。
「……ッ!?」
それを目の当たりにするペークシスは驚愕の言葉を浮かべる。
「治療魔法。教会勢力しか持たぬはずの秘術……それを貴族の僕が持っている。この時点で何か面白いものを抱えていそうだと思ってくれないかな?」
そんなペークシスへと僕は言葉を投げかける。
「……良いだろう」
本来は決して使えぬはずの治療魔法を、ゲーム知識というチートで手にした僕を前にしてペークシスは眉を顰めながら僕の胸ぐらを掴んでいた腕を話す。
「話だけは聞いてやる……どうせ、治療魔法を使える男なんて教会の駒として、どちらにせよ放っておけないからな」
「話を聞いてやる……随分な言い草だけど、我慢しよう。かと言っても、僕の答えは簡潔だけどね。もうわかっているでしょ?呪いなんてないって。明らかに不自然だと思う箇所はあるだろう?」
「……」
僕の言葉に対して、ペークシスは口を閉ざす。
「教会には多くの人が身内に呪いがかけられてしまったとして、その組織に身をゆだねている。その中で、一人でも呪いを解消できた人がいたかい?あれだけ強者揃いで、なおかつ世界規模の組織である教会がただの一度も、呪いをかけた張本人を見つけられなかったなんてことがあると思うかい?ちなみに、呪いによる被害者なんて強者の身内以外いないのだよ?」
僕の疑問。
「……」
それに対して、ペークシスがまず見せたのは沈黙。
「……っ」
「どう?」
「……っ、くそ、ったれが。ただの餓鬼がぁっ」
その後もころころとその表情が変わっていき、多くの感情が乱れ咲く。
「……あぁ、良いだろう。良いだろうともっ!認めよう……私だって、おかしいとは、ずっと思っていたさ」
そして、最終的に苦渋の表情を浮かべながらもペークシスは頷き、諦めたように口を開く。
「……忘れるな。正教は世界各国の国政にも大きな影響を与える組織であると共に私は今ここで、お前を圧倒的な力で踏み潰せるほどの実力を持っている。ゆえに、こう告げる。聞いてやる。私の妹はどうなっているんだ?
そして、あくまでも上からの目線は崩さずに僕へと詳細を話すよう促す。
「彼女が罹っている病は狂犬病だね」
それを受け、僕は笑顔で頷いて口を開く。
「……狂犬、病?」
僕の口から出てきた聞きなれない言葉に
「あぁ、そうだよ。実に便利な病でさ。この病気に感染させた動物……そうだね。蝙蝠なんかが多いかな。蝙蝠に対象を噛ませるだけで病気にさせられるんだよ。便利だよね」
狂犬病。
それは実に恐ろしい病である。
「……その病の特徴は?」
「あぁ……それはね」
起源を探るべく過去を遡ってみれば。
古代メソポタミアのエシュヌンナ法典に『犬が市民を咬み、咬まれた市民が狂犬病になり死亡したときにはその犬の飼い主は40シェケルの銀を支払い、奴隷を咬んで奴隷が死んだときは15シェケルの銀を支払うべし』との記載があったり。
古代ギリシャのアリストテレスは狂犬病に罹患した犬に噛まれると他の動物も狂犬病にかかると記していたり。
古代ローマのアウルス・コルネリウス・ケルススは罹患した動物の唾液を介してこの病気が広まることを既に理解していたりと、紀元前からもその存在が広く語られている病だ。
そして、時が進みルイ・パスチールが誕生し、狂犬病のワクチンを作り出したのが1885年。
ここに来るまで何の進展もなく世界中で多くの死者を出し続けた最も恐ろしき病。
1885年から更に時が進んで現代の地球になっても死者は六万人以上。
ルイ・パスチールが作ったワクチンも多くの進化を遂げて高性能化したとしてもこれだけ多くの人の死者が出ているのだ。
何故、そこまでの被害が出るのか。
それは───。
「発症したら最後。絶対に死ぬ。致死率が100%という死の病ってことだよ」
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