デビュタント②

 前回も何度か来たことがあるけど、本当に大きいわね。


 『壮観』の一言に尽きる建物を前に、私は馬車を降りる。

残念だが、バハルとはここで一旦お別れだ。

さすがに飲食物もあるパーティー会場へ、動物は連れて行けないから。

まあ、実際は精霊なんだが……。


「バハル、退屈だったら一足早く屋敷に帰ってもいいからね」


「ううん、大丈夫よ。待つのは、慣れているから」


「そこに軽食を置いてあるから、適当に食べておけ」


「精霊は食事しなくてもいいんだけど……まあ、ありがとう」


 ベーグルサンドの入ったバスケットを一瞥し、バハルはちょっとつれない態度を取る。

でも、これは単なる照れ隠しで……本当は喜んでいる筈だ。

だって、バハルは人間の食べ物に凄い関心を持っているから。

この前だって、シェフの作ったケーキを『美味しい美味しい』と平らげていた。

『精霊って、案外食いしん坊なのかも』と思いつつ、私は小さく手を振る。


「それじゃあ、また後でね」


 『お見送りありがとう』と言い残し、私は父と共に皇城の中へ入った。

そこで案内役の侍従に招待状を見せ、会場へ連れて行ってもらう。

開きっぱなしの扉を前に、私は小さく深呼吸した。

『いよいよ、本番ね』と意気込む中、衛兵は大きく息を吸い込む。


「────リエート・ラスター・バレンシュタイン公爵閣下と、ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン公爵令嬢のご入場です!」


 その言葉を合図に、私達は会場内へ足を踏み入れ、注目の的となった。

親子でデビュタントに参加するのは前代未聞だからか、皆面食らっている。


「ちょっと、あれっていいの?」


「ダメ……ではないと思うが、普通はやらないな」


「結婚が遠のくものね」


「パートナーを引き受けたり、お願いしたりして結ばれる縁もあるからな」


 ヒソヒソと囁かれる言葉の数々に、私は少し萎縮してしまう。

一応、覚悟はしていたが……人に注目されるのは、やはり慣れない。

『早く違うものに興味が移らないかな……?』と考えていると、父が不意に顔を上げた。


「最近の小鳥は随分とさえずるな。舌を切り落とされたいのか?」


「「「ひっ……!」」」


 ビクッと大きく肩を揺らして、周囲の人々は口を噤んだ。

と同時に、下を向く。

父と視線を合わせないように。


「ここはいつから、野鳥を放し飼いするようになったんだか」


 言葉の端々に嫌悪感を滲ませながら、父は一人一人順番に視線を向けていく。

────と、ここで視界の端に金髪を捉えた。


「────まあ、そう怒らないでくれ、友よ」


 そう言って、父の肩を軽く叩いたのは────ルーチェ帝国のトップである、エルピス・ルーモ・ルーチェ皇帝陛下だった。

胸辺りまである金髪を揺らし、私達の前に躍り出た彼はアメジストの瞳をスッと細める。

その後ろには、グランツ殿下やジェラルドの姿もあった。

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