第5話

 今日は早く目が覚めた。


窓を開いて差してきたのは、今まで見た中で一番美しい、上り切ったすぐ後の旭日であった。


リビングに向かうと、宵岡さんが先にリビングにいた。


僕に微笑みかけ、


「あら、今日は随分と早いのね。」


「学校があるし、来月の模試に向けて少しでも勉強の感覚を取り戻しておかないといけないと思いまして。」


「勤勉だね。だけど、今回は初めてだし、そこまで気張らなくてもいいよ。」


「でもせっかくの機会を無駄にしたくないと思います。」


「ふふ、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいな。あ、わからないところがあれば、理科以外なら何でも聞いてね。できる限り丁寧に教えるつもりだから。」


そういいながら、宵岡さんは僕に近づく。


宵岡さんの手が僕の肩に触れる。


「応援してるね。」


その刹那、胸が騒いだ。


なんなんだこれは。


今の僕の語彙、そして人生経験では語りえない感情がこみ上げる。


宵岡さんは解釈不能な微笑を浮かべる。


そして、宵岡さんは僕の肩から手を離した。


「さあ、朝食を食べよう。」


「あ、そうですね。料理しましょうか?」


「いや、大丈夫よ。私がするから。」


「いえ、僕にやらせてください。こう見えても料理は自信があるので。」


「そうなんだ。じゃあ頼んだよ。」


「はい。」


そういい、僕はすぐに食べられそうで、そして栄養が偏らないように食事を作った。

宵岡さんがそれを食べる。


「んんっ。おいしい。晴君って料理も上手なんだ。」


「気に入ってもらえてうれしいです。」


「もし迷惑にならなければなんだけど...これから食事作るのお願いしてもいいかな?」


「任せてください。」


こうして、朝食を食べ終えて、宵岡さんは出勤し、僕は部屋に戻った。


そして、学校に行くまでの時間、勉強を始める。


 まずは得意意識のある数学からやり始めた。


一応学校の授業は聞き、仕事の合間に教科書は読んでいたから、基礎的なことは理解しているつもりだ。


ただし、手の感覚はほとんど抜けており、満足に計算することすらできない。


そのため、まずは計算練習からしたほうがよさそうだ。早速ノートを開き、手を動かしていく。


最初は傍用問題集のA問題すら満足に解けなかったが、解いているうちに手が感覚を取り戻し、軽快に問題を解けるようになっていった。


この調子なら、学校の時間までに2単元くらいはB問題まで解けそうだ。


 結局、学校の時間になるころには、2つの単元を片付けることができた。この調子なら、来月までに一通りは解き終わりそうだと感じる。


 すぐに支度をし、今日こそは遅れないように学校に行く。


そして席につく。


時計を見る。


秒針は淡々と、無個性な時間を刻んでいた。


始業時刻まであと20分ほどあるらしい。


学校に着いても、腹痛を催すことはなかったことに安堵しつつ、この隙間時間で英単語を覚えていった。


学校指定の単語帳のうち、なんやかんやで中学まででやっており半分くらいは覚えているが、それだけでは高校レベルの英文は確実に読めるようにはならないだろう。


パッと見た感じ、この単語帳のうち、覚えていないのはあと800語。


一日当たり40語ほど覚えていかなければならない。


少し大変そうだと思ったので、目標を600語程度に絞った。


そして、単語を覚えていく。


特に最初のほうでは、自分の生活の中でなじみのある単語ばかりで、覚えるのはそこまで苦にならなかった。


思ったよりも早いペースで単語帳を読むことができ、始業までに40語近く覚えられた。


ただし、英単語は反復で記憶に叩き込むのが重要だから、家でもう一回見ておこう。


 その後も何事もなく時は流れ、驚くほどに何もない一日であった。


すなわち最高の一日だった。


「あの人たち」は話しかけてこなかった。


僕は遥かなる極彩色の夕焼けを見上げながら、家への道を力強く、踏みしめていった。

 






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