第4話

「本当に何もないんだね。」


「はい。というか、必要ないんで。」


話しながら、僕たちは僅かな荷物を運び出す。


殆どの家具が小型で、その数も少ないため、宵岡さんの車の後部座席にすべての荷物を詰め込めるだろう。


そして、1時間も経たない内に僕たちはすべての荷物を運び出し、閑散とした部屋をただ眺めた。


そこには不思議と何の感慨も抱かなかった。


ただ、かつて自分が存在していた脱け殻のみがある。


僕たち二人と荷物をのせた車は旧居を去った。


その後、我々は役所へ行き、正式に住居を変更してもらった。


意外と書類等の手続きは短く済んだみたいで、どうやら日が暮れる前に新居(僕にとってはだが)に帰ることができそうだ。


 帰ったら6時だった。


昨夜眠れなかったせいか、先程から欠伸が出てしょうがない。


身体中が緩慢としている。


睡魔が緊張を奪い去って僕を飲み込みかけていた。


そのとき、なにか暖かい感じのする記憶が僕を襲った。


それは現在、絶対に存在し得ないことだった。


ぼくがかつての家族に囲まれ、暮らしている…


という光景を僕は見ているだけだった。


その心地よさに溺れながらも、後ろから引き留める力がかかる。


やめてくれ。


もう、あんな思いはしたくない。


そうしていると遠くから声が聞こえてきた。


「…くん、晴也くん。」


すぐ横に宵岡さんが立っており、僕の名前を呼んでいる。


「ああ、なんでしょう。」


ややはっきりしないまま、応答する。


どうやら単に夢を見ていただけのようだ。


懐かしく、悲しい夢だった。


その後は何気ない会話をし、普通に食事し、普通に床についた。


あの夢のことは頭の片隅にも残っていなかった。


 僕は布団に入ってから、すこし考え事をしていた。


とりあえず宵岡さんのことは信頼してもよいのかもしれない。


今までの挙動を見る限り、悪い人である可能性はほぼなく、そして真剣に事態を考えてくれているように思える。


とりあえず生活面での問題はクリアできたところだろうが、また次は別な問題が立ちふさがっていることに気づいた。


そう。


勉強である。


今までとても忙しく、自分で勉強をするどころか、学校も頻繁に休んでいた。


そのため、たまに受験する学校の定期テストでは、平均を越えたことは一度もない。


ましてや、2年生に進級できたのも奇跡というほどだ。


ただし、一つ希望があった。


僕には中学までの勉強貯金が残っているかもしれないのだ。


一応僕の在籍している朝日河高校は、県内随一の進学校であり、国内の公立高校の中でも最高難易度の高校入試を合格しないと入学できない。


そのため、昔は割と勉強はできるほうだった。


そして勉強が好きでもあり、それが高じて高校の勉強までしていたほどだ。


それがあれば、まだ巻き返して、人並みにはできるようになるかもしれない。


とりあえず、焦らずすべきことををやっていくまでだ。














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