第46話 めざせ中山マイスター
(そうきやがったか……)
八肋は内心苦虫をかみつぶす。
想定してないわけではなかったが、ハインケスを相手にさせられるのは、どこからどう見ても割に合わない。こちらにとって不利な取引条件と言わざるを得なかった。
「ずいぶんと足元見てくれるな。スタート後に外から被せてくる馬が手前以外にいないとでも思ってんのかァ?」
ボヤンスが問うと、やっちんは物怖じするどころか飄々とそれを受け流した。
「相手はディープインパクトの後継筆頭候補になるやも知れない超有望株。自爆覚悟で潰しにいったりなんてしたらどうなるか」
18頭中12頭がサウザーファーム生産。
枠順的に外に張り続けられる馬が多数いても、徹底マークを実行に移せる馬はそう多くはいない。
「
前に行っても、後ろから行っても、しっかり脚を使えるシャルルという恐ろしく厄介な存在がいる以上、やっちんの協力が必要不可欠。
そのためには、ハインケスを密着マークし、大外枠から終始外外を回らされる形を作らねばならない。
「捨て石なんてとんでもない! 一発もくろんでんじゃねーか!」
「さあ? どうだろうな?」
とぼけた言葉とは裏腹に、やっちんがニヒルな笑みを浮かべる。
シャルルの邪魔だけしてお役御免なんて気はさらさらないようだ。
「つまり手前は、コターシャンを内に閉じ込めて満足せずに、レース中のペース誘導まで視野に入れていやがると」
ボヤンスは話の内容に間違いがないか確認を取る。
「そのように受け取ってもらっていいっすよ」
「具体的にヨガチッタを何秒台で行かせるつもりだ?」
皐月賞はフルゲートゆえに序盤から速い流れになりやすく、直近10年で前半1000mの通過ラップが61秒を超えたためしはない。レースの大半が60秒を切る淀みない流れで進んでいる。
前半5F60秒台なら前残り傾向。
前目のポジションを取った先行勢が有利になるが――
「こっちもスタートから1コーナーに入るまで競り合わなきゃいけないんで。理想は60秒くらい。悪くとも59秒台半ばから後半に落ち着かせたいですかね」
好発を決めて好位置をキープ。
シャルルを内ラチに押し込めたうえで、向正面ではペースが忙しくならないように立ち回ると自信をのぞかせるやっちん。
萩Sの再現を狙ってくるであろう滝豊が、縦長ハイペースを演出すると考えにくいため、十分実現可能な範囲と言えた。
やっちんの言葉を信じるならば、1コーナーを過ぎ、隊列が決まってからは緩い流れになる。
展開的には3コーナー手前でマクリが打ちやすい。
けれども、コターシャンに対してはマンノウォーが、ハインケスに対してはドングラスが、それぞれ道中不利を与え続けている状況の中、隊列を崩してまで積極果敢に上がっていく騎手が果たしているのか疑問が残る。
ドングラスか、あるいはしびれを切らしたハインケスが進出していくのに合わせて動き出すと見るのが妥当か。
「ありっちゃあり……か?」
皐月賞は走破タイムによってレース質が異なり、勝ち時計が1分59秒を切るタイムで決着の場合、マイル適性が問われ、2分を超えるようなら中長距離適性が問われるレースになる。
総合力よりも瞬発力がものを言う時計勝負。
1分57秒台での高速決着を避け、スピード以外が必要とされる状況になれば、ドングラスにもチャンスが出てくる。
ある程度時計が掛かった方がいいのは、マンノウォー、ヨガチッタともに同じであろう。
前半ペースがミドルからスロー寄りで。
周りは2強を恐れて動くに動けない。
おあつらえ向きに、ドングラスが好きなタイミングで動ける条件が揃っている。
「大崩れするようなことにはならなそうだが――――おたくはどう思う?」
ズバズバ物を言うボヤンスにしては珍しく歯切れが悪い。
複雑な顔で八肋に意見を求めた。
「ロンスパ勝負で実力を発揮できたとしても、勝てる見込みは薄いってのは同感だな。枠順と展開の利があろうが、34秒0に迫るような上がりを出されたら、こっちはお手上げだ」
厳しい見方を示す八肋。
二頭がかりで不利を仕向けても牙城は崩せない。速い時計を持つハインケスやシャルルとの高速決着への対応力の差を冷静に指摘され、航は喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「ただそれでも、誘いに乗らない手はねえだろうな」
八肋は手厳しいことを言いつつも、やっちんとの共闘を否定したりはしなかった。
「やっちんがシャルルを自由にさせないようずっとフタしてくれりゃ、やつは最後の直線下げて進路を確保するしかない。思いのほか直線抜け出すのに手間取るようなら、どんべえが先着できる目が出てくる。何かが起きねえと、直線大きな不利が生じてくれねえと、アンラッキーに期待するしかねえ」
シャルル対策はひとまずこれでいい。問題は――
「ハインケスの出方だな。おとなしく一緒に外外を回ってくれりゃいいが。大外マクリを決めてきた時。ここがいっちゃん難しい」
遅くとも前半5F60秒台前半で進む皐月賞で、向正面からマクリにいくのは常識では考えられない。
だがハインケスは常識では考えられないことをすでにやってのけている。
東スポ杯で見せたような11秒台連発の超ロングスパート戦を仕掛けてきた場合、律儀にマークを継続するのか、それとも……
「確かに瞬発力の比重が小さい持続力型のレースになった方がどんべえに向いているだろうよ。それでも残り1000m地点前から進出して、最後まで脚が持つかは正直分の悪い賭け。マクリを敢行して失敗すりゃあ、二桁着順――惨敗だ」
言うべきことは言ったと八肋。
惨敗という言葉に、航は身を固くした。
「心中察するぜ」
と、やっちん。口調こそ穏やかであったが、その目は一切笑っていない。
当然のように掲示板確保だと。皮算用している航たちに対して疑念を募らせていた。
「俺だって大負けするリスク背負ってんだ。レース中、確認する術がないからって、途中で反故にするのはなしだぜ?」
「誤解だ。そんなこと考えてもいない。ちゃんとついて行くさ」
きっぱり否定。
元より1着狙いなのだから、ハインケスといっしょに上がっていくしかない。この相手に直線一気が期待できるのなら控えるという選択肢もあるのだけども。
「ま、ハインケスがどう動くか、実際始まってみないことにはわかりやしねえ。序盤でマクってきたら、マツリダの時の意趣返しだなこりゃあ」
八肋が意地悪く口の端を歪める。
江戸のかたきを長崎で討つぞとばかりに。
提案を受諾した日高産馬は、がぜん鼻息を荒くした。
クラシックロード~グラスの血を継ぐ者たち かける×かける @tulipplantation
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