第10.5話 【現代】受け継がれし奥義書

「えッ!? ラヴィって “地天流“ 使うの!?」

「はい。半ば独学のようなものですが、この巻物を読み解き会得しました」


 ラヴニールが手にしたのは、シンの部屋に入ってきた時から大切そうに抱えていた木箱だった。その木箱の中には、シンの父であるダインが書き記した巻物が当時の状態と変わらぬまま保存されていた。



「うおぉ……こ、これはまさしく父さんが書いた落書き……じゃなくて奥義書……」

「私が陛下に請願し拝領したのです。大切に保管していたのですが、やはり本物だったのですね」


「200年以上経ってるのに全然劣化してないんだな……。てっきり似非エセ魔道具だと思ってたぜ」

「似非魔道具?」


「この巻物さ、エルキオンの魔導具らしいんだよ。湿気を無効化していつまでも保存可能な代物だったらしいんだけど、正直あの国の魔導具なんて信じられないだろ?」

「確かにエルキオンの魔導具は説明以上のナニかが秘匿されている時が多いですからね。実害も多いですし、あなたの気持ちも分かります」


「だろ? あんなパル○ンテみたいな国の魔導具が本物だったなんて……正直ショック」

「パ○プンテ?」


「え? あぁ、なんていうかな……旧世界の言葉で、“何が起きるか分からない” ってとこかな!」

「なるほど。しかしその魔導具のおかげで私は地天流と出会うことができました。あなたの父ダイン様とエルキオンに感謝ですね」


 巻物を大切に木箱にしまうラヴニール。そしてその木箱をシンへと差し出した。



「あなたの話を聞いて、もしやと思い持ってきたのです。どのような経緯でライヴィアに流れてきたのかは分かりませんが、これはあなたが持っておくべきでしょう」

「…………」


 しかし、差し出された木箱を受け取ろうとしないシン。その顔は難色を示しており、何かを考え込んでいる。



「どうしました?」

「いや……流れてきた経緯が分からないって言ったけど……多分俺のせい……じゃなくて間違いなく俺のせいだわ」


「何があったのですか?」

「いや実はね────」



 シンは説明した。ダインから受け取った奥義書をゴミ箱に捨て、再度受け取ったふりをして買取屋に売り払ったことを。その話を聞いたラヴニールは美しい翡翠色の瞳をぱちくりさせて呆気にとられている。



「いやだってさぁ、どう見ても落書きじゃん!? それを2万ソールで買い取ってくれるって言うんだから……でもそのおかげで修道院の子供達にいっぱい果物を買っていけたんだし、父さんも喜んでるはずだ」


 腕を組みうんうんと頷くシン。そんな自分勝手に自己完結するシンを見たラヴニールは────





 ────くす



「え?」

「ふふ、そんな理由だったんですか? 私はもっと深刻な事情があるものだとばかり、ふふふ────」


 口元に指を添えくすくすと笑うラヴニール。普段から口元を隠す外套を着用しており、落ち着いた表情しか見せないラヴニールが笑う姿に、シンは目を奪われた。



(か……可愛い……)

「シン、この話……オウガにしてもいいでしょうか?」


「え!? あ、あぁもちろん!!」

「まさかこの巻物がそんな理由で私の手元にやって来ただなんて……この話を聞いたらきっとオウガも笑ってくれると思います」


 オウガと笑い合える話をしたい────その想いは未だに消えてはいなかった。どこまでいってもオウガのことを第一に考える従者ラヴニール……その心情を理解したシンは感心したようにボソリと呟いた。



「ほんと……従者って大変だな」

「従者ですから」


 微笑みながらキッパリと言い切るラヴニールを見て、シンもまたその表情を綻ばせた────


 



「ところでこの奥義書はどうしましょうか?」

「ラヴィが持っててくれない? 俺が持ってるとまた売っちまうし」


「いいのですか?」

「あぁ。サンディスとの戦いで父さんは俺に色んなことを教えてくれた。その奥義書がなくても……もう大丈夫だよ」



 そのシンの言葉は誰に向けてのものだったのか────

 

 息子の為にと用意した奥義書は、結局息子が持つことはなかった。しかし完成を夢見たダインの地天流は、数奇な運命を経てラヴニールの手によって完成した。それは紛れもなくシンの行動に起因するものであり、結果的にはダインの望み通りになったと言えるのかもしれない。



「ところでさ、今その奥義書を売ったらいくらになると思う?」

「そうですね……英雄ダインは “英雄” の称号を得た異名持ちノムトールたちの中でもかなりの人気度と知名度を誇っています。聖女アラテアがダイン様を英雄の中の英雄と評しているのが人気の要因らしいのですが、そのダイン様が生前に残した奥義書ですから、異名者遺物収集家ノムトールコレクターからはかなりの値がつくと思われます。そしてこの巻物自体も本物の魔導具であることが立証されました。半永久的に保存可能というこの巻物には、書写媒体に革命を起こす可能性があります。私の見立てでは、最低でも1億ソールの値は付くかと……」


「いッ……1億!?」

「あくまで素人の見立てではありますが、マニアのみならず欲しがる企業もいると思います。それ以上の値が付くことも考えられますね」


「うーむ……1億かぁ……」

「迷っているのですか?」


 木箱を差し出そうとするラヴニールだったが、シンは苦笑いを浮かべながら手をぱたぱたと振った。


 

「はは、いや違うんだ。そんな値段が付くなんて知ったら父さんもびっくりするだろうと思ってな。だって一晩で書いた奥義書だぜ? まぁそれはラヴィが持っててくれよ。その奥義書の価値を見出してくれたラヴィが持っててくれるのが、父さんも一番嬉しいだろうしさ。俺なんてその日に売っちまったし」

「シン……」


「あ、そうそう。ラヴィが完成してくれたからその巻物に意味はないかもしれないけど、代々受け継いでいって欲しいらしいぜ。ラヴィの子供が地天流を受け継ぐなら渡してやってくんない? 父さん子供好きだったから喜ぶだろうなぁ」

「わ、私の子供ですか?」


 唐突にふられた子供の話に頬を赤らめるラヴニール。だがそんなラヴニールの様子には気付かず、シンはただただ父ダインに想いを馳せている様子だった。



「────分かりました。では、大切に預からせていただきますね」



 木箱を大切に胸に抱くラヴニール。

 ラヴニールによって保管されることになったこの奥義書が再び日の目を見るのは……また別の話である────。

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