第14話 VSグレッグ

「おい、彼女に謝れ」


 グランに声を掛けられたグレッグは少女を蹴るために動かしていた足を地面に下ろす。

 グランの顔を見ると馬鹿にする笑みを浮かべた。

 

 グランは守るように泣いている少女を後ろに下げ、グレッグと少女の間に入った。


「あー、お前ドブさらいのやつか。、臭いからさあ、僕の前に立たないでくれるかな」


 ニヤニヤ笑いながらグレッグは続ける。


「聞いたよあの弱いおっさん、お前の兄貴分なんだろ。あのおっさんもドブさらい専門なのか。ハッハッハッ、道理で弱いわけだ。黙ってないで何か言ってみろよ」


 笑いながら煽るグレッグに対して無言だったグランが口を開く。


「なんで女の子を泣かしてるんだ? 依頼でも失敗したのか?」


「あ?」


「帰って来てるのにギルドに来ないなんて変だよな。いつもなら誰も聞いてなくても騒ぐのによ」


「何言って?」

 

 グランの指摘は正しく、グレッグの顔から笑みが消える。

 その失敗はゲームとの差によるものであった。

 

 グレッグが別の町で受けた依頼は普通のスライムよりも大きい上位種の討伐依頼である。

 ゲームでは雑魚であり、ステータスがあれば簡単に倒すことが出来た。

 実際にはコアを破壊する必要があり粘体であるため素手では討伐が厳しい相手である。

 別の町のギルドでも、傍若無人に振舞いすぐに嫌われたグレッグには誰も教えてはくれなかった。

 素手で戦い、コアを狙う必要があるなんて知らないグレッグは決定打を与えることが出来ず依頼に失敗した。


 スライムの討伐に失敗したグレッグは彼を嫌っている冒険者達に容赦なく馬鹿にされる。 

 ただ、前世から馬鹿にされることが、絶対に許せないグレッグはその冒険者達を再起不能にまで痛めつけてからこの町に帰って来ていた。

 

「俺が広めといてやるよ依頼は失敗しても、女の子は泣かせれたってな!!」


「ぶっ殺してやる」


「やってみろよ。クズ野郎」


 二人は睨み合いながらが互いに構える。

 先に動いたのはグランだった。

 前に出ながら右の拳を振り上げる。

 

 グランの後ろには少女がいるため、後ろに引くことはできない。

 グレッグのことだ、グランが退けば少女を足蹴にするだろう。


 グレッグにとってはこの世界はゲームの世界、花売りの少女などNPCであり足蹴にするなんてことなんて、何てことはなかった。

 だからこそ、グレッグにとって、生意気な口を利くゲームにも出てこないただのモブグランは腹だたしくて仕方ない。


 グレッグはグランの右の拳に合わせて左の拳を振るう。

 顔を狙ったグランの拳は寸前のところで躱され、グレッグの拳が頬を打った。

 "剛腕"を持っているグレッグの拳の衝撃に加えて、グラン自身の勢いも加わった威力である。

 その威力はフォレストウルフの突進にも耐える頑丈なグランが一撃で意識を手放しにそうになるほどであった。

 

 何とかこらえたグランであったが、グレッグは腹と顔に拳をめり込ませていく。

 何発も拳が撃ちこまれ苦しそうな声を漏らしながらも、グランは距離を取るために前蹴りを放った。

 グレッグに流れるように躱され、逆にアッパーを顎にもらい脳を揺らされる。

 ふらつくグランに追撃をあえてせずに、グレッグは愉快そうに笑っていた


「まるでサンドバックだな」


 言葉通り手も足もグランは出なかった。

 グランはいまだにグレッグに一撃も与えられずにいる。

 気持では少女を泣かせたグレッグを殴りたくて仕方がなかったのに。

 

 グランは格闘術についても冒険者達に指導してもらっていた。

 その甲斐あってグランの格闘術は冒険者たちから見れば問題ないレベルである。

 それでも転生ボーナスでステータスと格闘術を上げているグレッグに良い様にあしらわれてしまっていた。


 グランは頭を守るように構えった。

 体を縮こませるグランの姿を見たグレッグが揶揄するように笑う。


「次は亀か?」


 グレッグはグランの顔に向けて拳を繰り返し放つ。

 それをグランは弾き、躱し対応しようとするがすべてに対応することは出来ず傷を増やしていった。


 グレッグはグランが守りを固めた頭に執拗に拳を放つ。

 グレッグは力の差を見せつけるためか、ボディに打ち込まず、蹴り技も使用していなかった。

 別のギルドで依頼に失敗していたことも相まって、グレッグはその鬱憤を晴らすように嬲っていく。


 守りに徹しているグランも隙を見ては反撃のために拳を放つが、それはグレッグに上半身の動きだけで避けられてしまう。

 攻撃に転じた分、グレッグの拳がグランの顔に吸い込まれる結果となった。

 グランの顔は血で赤く塗れており、全体が腫れ上がっていた。

 その血が殴られるたびに飛び散り、道を赤く染めていく。


 その様子を花売りの少女は泣きながら見ていた。

 グランが少女を庇ったときに一度は泣き止んでいた。

 庇ってしまったばかりにグランがボロボロになっていく様子に、申し訳なさに、再び涙が溢れてしまっている。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 殴られた衝撃でちらりと見えた少女の泣き顔がグランには見えた。

 少女が泣いているところを見た瞬間──再び、いや先ほどよりも鮮明に小さい頃の記憶がフラッシュバックする。

 それは幼馴染みの少女が泣きながら、大人に連れていかれる光景。

 少女を取り返そうと果敢に挑むが、力が全く足らず、歯牙にもかけられずにグランは蹴とばされ宙を舞い頭から落ちた時の光景である。

 それはグランの心の奥底に眠る、ボロボロになっても強くなりたいと思う根源であった。

 記憶の中の少女を守れなかったその後悔は、地面で頭を打って記憶を覚えていないグランであってもずっと残っていた。


 泣きながら謝る花売りの少女に、消え入りそうな小さな声が届く。


「好きかってさせてたまるか……」

 

 グレッグの拳に合わせて、グランも拳を放ち衝突させブロックする。

 

 「おおおおおおおおおおお!!」


 グランは全身に気合いを入れ、体の底から響くような雄たけびを上げる。

 気合いを入れた拳が迫るなか、グレッグは今まで通り動くが、その拳は今までで一番速かった。

 躱しきれずグレッグの左の頬を抉る。


「好き勝手やってんじゃねえぞ、クズ野郎!!」


 満身創痍ではあったがグランは後ろを振り向き、少女にニカッと笑って見せた。

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