第26話 七つの光と闇の行方
「よかった……。みんな無事だったのね……」
見知った顔ぶれに頬を緩ませ、リーシェルは肩を落としてへたり込む。
ダグニスとの攻防から数十分。ようやく現れた仲間たちの姿に、張り詰めていた緊張の糸がほんの少しだけ緩んだ。
「よかったじゃねーよ、リーシェル。城門に集合ってはずが勝手に突っ走りやがって……」
「ごめんなさい、フェズ兄。嫌な気配に居ても経ってもいられなくて」
すると、目線を合わせるようにしゃがみ込み、応急処置をするフェズカに、リーシェルは弱々しく微笑んだ。
当初の計画では、魔法名家が城門に集合次第、この場への突入を想定していたのだが、彼女の先攻により少々予定が狂ってしまったらしい。大きな衝突の気配がして、慌てて駆け付けたというフェズカは、
細かい傷に障るけれど、そこはもう素直に受け入れようと思った。
「いてて。……あれ? 姉様と、オリティナとユタは? まだ到着していないの?」
「……」
「フェズ兄?」
だが、フェズカをはじめ、ティジーやルシウス、ナディ、レシノス、リンクスなど、よく知る面々が無事だったことにほっと息を吐いたのも束の間、リーシェルはここで、家族の姿が傍にないことに気が付いた。
厳しい戦いである以上、全員が無事などという甘い考えはしていないつもりだが、フェズカが寄越すこの沈黙は、一体なんだろう。
「私は無事よ。でも、オリティナたちが姿を現さないの」
「姉様……!」
胸を過る一抹の不安。かつて経験した嫌な動悸にリーシェルが辺りを見回していると、不意に風を纏ったラエーレが颯爽とその場に現れた。頬に切り傷を付けた以外、元気そうなラエーレはしかし、心配そうに何度も後ろを振り返る。
原因は姪たちが姿を現さないことにあるようだが、その言葉に深刻な表情を見せたリーシェルは、ゆっくりと立ち上がって言った。
「オリティナたちが来ない……? それって……」
「ん……。あの子たちに限って何かあるとは思えないのだけれど……やっぱり私、城門で……」
「ダメだ、ラエーレ。時間は限られている。敵がバラけてるうちにあいつをぶっ飛ばさねぇと、また消耗戦になっちまうだろう。あいつらを信じるんだ」
しかし、後ろ髪を引かれつつ、城門にメッセージを残してきたというラエーレを見つめ、フェズカは毅然と突きつけた。
確かに今この場で敵と呼べる存在は、目の前にいるダグニス・テラーただ一人。奴を討ち取れさえすれば、闇魔法師団全体の士気も下がり、この戦いは終焉となるだろう。
だが、戦いが長引くほど、敵兵もここへ集まって来る。正直ギリギリな戦いが続いている現状で、再び乱戦となるのは避けたいところだ。
自分たちの魔力の消耗と、戦い始めてからの時間を計算しながら告げたフェズカは、最後にもう一度だけ城門に視線を向けるラエーレから目を離すと、リーシェルに問いかけた。
「腕は大丈夫か、リーシェル」
「ええ。止血ありがとう、フェズ兄」
「そういやクロナは……」
「にゃ」
「無事だな。てか猫だな。ヒトガタはどうしたよ?」
止血した腕をさすりながら杖を持つリーシェルと、フードにすっぽり収まるクロナを見つめ、フェズカはつい、いつものように軽い口調で呟いた。クロナがヒトガタ化すると聞いて武器を用意したはずなのに、
「クロナは……。……!」
だが、軽口に対し、リーシェルがクロナの活躍を報告しようとした、瞬間。
不意に爆発する勢いで空気が弾け、幾つかの石柱が音を立てて崩壊した。
驚いてそちらに目を向けると、ダグニスを中心に、竜巻のような風が起こっている。
各人の防御により、甚大な被害とはならなかったものの、ほとんど黒に近い深紫色の礫を纏ったダグニスは、苛立った様子だ。
「魔法名家如きが! 我に歯向かったことを地獄の底で後悔させてくれる……! さあ我に従いし精霊たちよ……! 闇の礫を纏い、奴らを切り裂く刃となれえっ!」
「……っ!」
魔法名家の存在に激しく感情を揺すぶらせ、奴は宙を仰ぎ願いを語る。
途端、うねり、ぶつかり合う風が周囲を切り裂き、荘厳な石の古城が、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。
だが、それでなお収まらない感情を胸に抱き、ダグニスは赤い瞳で全員を睨む。そこには、魔法名家に対する凶悪な怒りが滲んでいるようだ。
「ダグニス・テラー! お前はなぜ……っ、こうも各地で騒動を起こす! この世界に何の不満があると言うんだ!」
すると、背筋が凍るほどの鋭い視線を前に、幾人かの戦意が折れ始めていることを悟ったフェズカは、懸命に耐えながら問いかけた。
その言葉が奴の怒りに油を注ぐ可能性はあれど、一先ずこの風を乗り切らなければ攻撃の機会が生れない。奴の気を削ぐ目的も含め言うと、不意に魔法を打ち消したダグニスは、赤い目を血走らせて叫んだ。
「なぜ、だと……!?」
「……!」
「そんなことも分からぬからお前たちは駄目なのだ! 我らは精霊を従える至高の種族。我らこそがこの世を統べる存在だ。本来魔法名家は、その矜持を胸に魔法族の筆頭と生きてきたはずだ! そうでなければ……っ!」
地獄の底から響くような禍々しい声音に恨みを乗せ、ダグニスは大きく跳躍する。
途端、疾風の如き速度で駆けた奴の剣技が幾人かを切り裂き、なぜか離れた場所にいるナディを狙った。
「……っ」
だが、気配に反応したナディが杖を構えようとした、瞬間。
「リーシェル先生……っ!」
ダグニスと相対したのは、教え子のピンチと駆けたリーシェルだ。
先程までと同様、ギリギリと
それを改めて見たリーシェルは、不意に心に浮かんだ仮説を呟いた。
「ダグニス・テラー。あなたも本来は魔法名家の血族ね」
「……!」
「魔法名家に対する激しい恨み。最初に私の元へ現れたときもそうだった。魔法名家をただのいい子ちゃんと罵り、蔑む口調。そして今、ナディを狙った事実。そこから察するに、あなたも本来は
フェズカの問いにイライラと喚き散らし、魔法族の筆頭たる魔法名家を如きと蔑むダグニスには、きっとそうなるだけの理由がある。
そのことを念頭に問うた途端、彼の目に、ほんのわずかな動揺が走った。まるで、決して知られたくはない心の奥を覗き込まれたような姿に、疑問が事実として落ちていく。
だけど……。
「そう。あなたにも抱えるものはあるようね。でも私たちは負けないわ! 暴力による支配も革命も、負の連鎖しか
「……っ。そんなものはきれいごとだ小娘! 非魔法族を一番蔑んでいるのはお前たち魔法名家だろう! その気持ちを押し殺し、上っ面の平和に縋ろうと言うのか……!」
「平和を生きて何が悪いのよ! あなたが知る異端審問の時代と今は違う! 魔法に対する認識も、少しずつだけど変わり始めている。いつかきっと、魔法は恐れられるだけのものではなくなるわ。でも、その世界にあなたはいらない、ダグニス・テラー!」
心の奥の動揺を悟られ、わずかにブレる奴の剣技を受け止めながら、リーシェルは渾身の力で剣をはねのけた。そして、
気付くと、フェズカをはじめとした他の魔法名家の面々も、己を加護する精霊に願い、色を纏った礫があちこちに漂う。
炎を纏う炎帝の一族は、緋色の礫を。
大地を纏う
光を纏う
風を纏う
森を纏う
氷を纏う
そして、水を纏う
キラキラと輝き、やがてひとつに集いし礫は、白く美しく輝いた。
これが、七大魔法名家を加護する七つの精霊を掛け合わせた白き
力を増した魔力は、再び響く
それに相対するは、ダグニスが放つ負の感情を魔力を使って取り込み、力に転換した深い紫色の礫たち。近くまで幹部どもが迫っているのか、時折藍の礫を交えたそれは、深く暗く展開していく。
眩しいほどの光と、すべてを吸い込む闇の礫はぶつかり合い、そして――。
――大きな爆発が起こった。
精霊たちの衝突が生み出す凄まじいエネルギーは、すべてを吹き飛ばすほどの勢いで弾け、周囲のものを巻き込んでいく。
だが、自ら加護を授けた名家に、精霊たちは牙を剥く気がないのだろう。色を纏った礫たちは彼らに寄り添い、目に見えないシールドのように保護していく。
一方、傷つけるばかりで、真に身を守る術を知らないダグニスは、ままならぬ防御のまま、白い
闇は、光があって生まれども、光を喰らうことは叶わない。
魔法族に巣食う闇は、魔法名家が放つ
(……きっとダグニスは、魔法族の闇が生み出した怪物だった。でも、私たちは乗り越える。あなたとは違う方法で、魔法族が虐げられない世界を、作ってみせるわ――)
赤い瞳が彼女を捉え、ゆっくりと消えた。
静まりゆくこの場に立ち尽くし、リーシェルは、何もなくなった空を仰いだ。
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