23.退院
そして、その二日後に望美は退院した。この時は、幸路が自分のタクシーで望美を連れて行った。望美は小さなマンションに住んでいた。幸路は望美が落ち着くと、マンションのカギを一つ預かって、まず会社まで車を戻しに行き、暫く休暇をもらい、着替えを少し持って望美のマンションに戻った。その間、望美はずっと横になったままのようだった。
その後暫くは、幸路が食事を用意し、その他の家事をした。体調が落ち着くと、望美は過去のいきさつを話し始めた。顔を伏せ、辛そうだった。
「あの日、幸路が帰ってこなかったので、あたしは心配になったの。幸路の携帯はすぐに留守電に入ってしまったので、あたしからは連絡出来なかったし。そして、次の日、仕事場に電話したら、前の日はいつもより2時間早く職場を出たという事を聞いたの。今日はどうしたのかと聞かれたので、アパートに帰っていない。行方不明だと言わなければならなかった。そして、あたしは気が付いたの。幸路があたしと貫太さんの会話を聞いたに違いないと。幸路、あたしはほんとにひどい女だ。今どんなに謝っても謝り切れない。幸路との生活は幸せだったのに、あたし、どうして! 貫太さんと関係して......、貫太さんから一緒になろうと言われて......、確かに、そのことを話して......」
「わかったよ。ほんとのことを言ってくれてありがとう」
「でも、幸路が出て行ってしまった後は、浮気の事を話したくなくて、警察にも親にも連絡しなかった。それからは、ほんとに辛かった。貫太さんとの仲もすぐに冷めた。それでも、貫太さんは、幸路が戻ってくるまで留まると言った。ところが、実際には、すぐに、出たり入ったりの状態になった。そして......、あたしが妊娠しているということが分かったの」
「えっ?!」
「そう。そして、その子は、明らかに、貫太さんが来る前に出来ていたの。あなたの子供なのよ。それは、生まれて来た子を見た時に一番実感したわ」
幸路には信じられなかった。そして、思った。望美と自分の間に子供が居て、今まで知らなかったとは! 知らなかったということは、自分の子供の養育に携わってこなかったことの言い訳になるだろうか? まだ驚きが治まらない間に、望美が話しを続けた。
「そして、子供が生まれる、もう、かなり前に貫太さんは完全に居なくなっていた。あたしは、後悔仕切れなかった。死にたいと思った。でも、死ぬ勇気もなかった。どっちにしても幸路が許してくれる訳もないし、連絡も出来ないでいた。それからは、隣の鮎出さん一家が助けてくれなかったらどうなっていたか分からない」
「そうか......、鮎出さん達が。それは、辛かっただろう......。そして、子供は?」
「『美世里』という名前を付けたの。美しい、世界の、里と書くの。与野瀬美世里」
「いい名前だ。15歳くらいだよね。どうしてここに居ないの?」
「それは、言いにくいのだけど、順に話すわ。あと、幸路が出て行ってしまって、5年ぐらい経った時、急に警察官が来たの。あたしは、幸路の身に何か起こったのではないかと、気がきではなかった。警察官は、幸路の身の上に心配はない。只、幸路の知り合いが事故に遭ったので事実関係を確認しに来たと言った。それ以外は一切教えてくれなかった。あたしは、事情があって別居している。居所は知らないし、連絡もしていないと言わざるを得なかった」
「そうか......、あの頃......」
「それからしばらくして、あたしの両親は交通事故で死に、両親が投資のために持っていたこのマンションを相続したの。そして、借りていた人が出て行った後に、ここに引っ越してきた。アパート代の節約になると思って。あっ、これを言わないと。幸路の両親のこと」
「どうしたの?」
「ここに引っ越して来て間もなく、はがきが青梅から転送されてきたの。二人一緒に経費老人ホームに移るって書いてあった。幸路にも連絡できなかったし、あたしはその時の状態を話すことは出来なくて、実は返事をしていないの。ごめんさない。はがきは、冷蔵庫の横の書類ポケットに入ってるわ」
「そうか、老人ホームか。俺もこんなに連絡していないで、親不孝も甚だしいな。それで?」
「そして、ここに移って暫くは、近くのスーパーで働いていた。アパート代がないから、それで十分だったの。その頃までは美世里も何とか普通に育っていた。幸路が居ないのは寂しかったけど、どうすることも出来ずにそのまま生活していた。そして、あの大地震の時にマンションの耐震対策の問題が指摘されて、改築の積み立てが始まったの。これが、かなりの負担で、スーパーの仕事だけでは賄えないようになった。あたしは、何も取柄がないし、段々と夜の仕事に入って行ったの。あたしは、ほんとに間違いばかりしてきた」
「自分を責めても仕方ないよ。気の毒だよ」
「いいえ、もっとひどいの。自分で自分の事を許せない。あたし、体を売る様になったの」
「え-っ?!!!」
幸路も、流石にこれには驚いた。望美がそんなことまで?!
「幸路、許せないでしょ! 詳しいことは言えないわ。あまりにひどかったから。ただ、それが美世里に決定的な悪影響を与えたことだけは事実なの。美世里はその頃から数々の問題に巻き込まれて......。暫く前に家を出て、帰って来ない......」
望美は泣き出した。幸路は慰めようとしたが、出来なかった。何も言葉が出なかった。幸路は望美を床に入れると、自分はダイニング・キッチンで横になった。それでも眠れるわけではなかった。幸路の頭の中は、完全に混乱状態だった。
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