14.再度
また、何年か過ぎた。その間に、あの大地震があり、老朽化していた社員寮の一部が破損し、結局、全部建て替えになった。それ以外は、特に変わった事もない日々だった。それでも、過去の事を忘れたわけではない。毎日のように右波の事を思い出してはいた。また、時には望美の事も思い出した。そして、過去何年間もしてきたように、仕事のない時は決まって多摩川沿いを歩くのだった。
ある日の夕刻、いつものように羽田空港で乗客を待っていた。自分の番になると、一人の女性が乗り込もうとした。動作が非常にゆっくりで、ドアや座席に手を触れながら、ほとんど手探りという様子で乗り込もうとしている。幸路は何かを強く感じた。気になって後ろを振り向いた時は、自分の目を疑った。右波だと思ったのだ。だが、次の瞬間、違うと悟った。その女性は右波にそっくりで、盲目だが、顔に火傷の痕がない。その時、幸路は気が付いた、佐波さんにちがいない、と。
女性が完全に乗車して、幸路がドアを閉めてから尋ねた。
「どちらまで?」
「狛江までお願いします」
その女性の声は正に右波にそっくりだった。そして、狛江という。幸路はその女性が左波だと確信したが、まだその事には言及しなかった。慌てる必要はないと思ったからだ。いずれにしても、右波と一年近くも探して見つからなかった人が今後部座席に座っていると思うと興奮した。
「狛江のどの辺でしょうか?」
「市役所の辺りへ行ってください」
幸路は思った。同じだ。あの時と同じだ。
「分かりました。この時間少し混雑していると思いますが、高速を使ってよろしいですか?」
「はい、お願いします」
首都高に入ると、幸路の予想以上の渋滞だった。ほとんど前に進まない状態であった。
「お客さん、申し訳ありません。予想以上に混んでいました。すぐ近くには出口がないので、暫くこのままの状態が続くと思います。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。気を使ってくださってありがとうございます。後は自宅に帰るだけなので、ゆっくりしています」
交通渋滞はしばらく続いた。幸路はもう我慢が出来なくなった。
「あの~、お客さん、人違いだったらお許しください。あなたは左波さんではありませんか?」
幸路には左波の表情は見えなかったが、明らかに絶句の状態に思えた。暫くの沈黙の後、返答があった。
「そうです。どうして、わたしの事をご存じなのですか?」
「ほんとに唐突で失礼します。実は、私は4年ほど前、左波さんの双子のお姉さん、右波さんと一緒に暮らしていたのです。結婚しようとしていたのです」
左波はまたもや、絶句の様子だった。かなりの沈黙の後、また話し始めた。
「『結婚しようとしていた』というのはどういう意味ですか?」
「実は......、亡くなりました」
「うっ、......、そう言えば、丁度その頃、突然に胸が痛くなって、母が慌てて病院に......」
と言うと、左波はまた黙り込み、その後、しくしくと泣き出した。幸路は、まずいことを言ってしまったな、と思ったが、どうしようもなかった。それで、暫くそのまま、様子を伺った。
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