イザヤ学術院編
・イザヤ学術院の静かなる日々 - ルームメイトは美少年 -
入学早々、俺は浮いた。
いや浮いたというか、既に浮いていたというか、鮮烈なる学校デビューを果たしたグレイボーン・オルヴィンは、入学式当日から注目の的だった。
ちなみに入学生代表の挨拶は、入学次席の生徒が代わってくれた。
『いいやつもいたもんだ』
『ははは、面と向かって言われると照れるな』
『え、お前が次席……?』
『まあ……色々あってね。こっちも断ってくれて助かったよ』
それはジュリオのやつだった。
彼は気さくで偉ぶらず、人前に立っても物怖じしない。
入学式の挨拶でも、新入生のやる気を奮い立たせるような立派なスピーチを披露してくれた。
『ああ、アレかい? 草案は僕だけど、父が6割を書き直している。私からすればありがた迷惑だよ……』
『干渉が過ぎるところがうちの父さんに似ているな。だが、本人に悪気はないと思うぞ』
『ああ、お父さんのことは残念だったね。お悔やみ申し上げるよ』
『どんだけマジメなんだ、お前……』
ジュリオは講壇を下りて俺の隣に戻ってくると、自分の手柄にしないでそう種明かしをした。
入学式が終わると教室に案内された。
俺とジュリオは同じ1-Aだ。
ジュリオと席を隣同士に出来ると彼の父は言ったが、それは難しかった。
理由は簡単だ。
たとえ最前列の席を指名しようとも、俺のド近眼は黒板に焦点を合わせられなかった。
よってこうなった。
教室中央の最前列。ジュリオの隣から机を動かし、教壇の真隣に席を移動させた。
「あ、あの……グレイボーンくん……?」
うちの担任は綺麗な声をした女性だった。
ジュリオによると若くかわいらしい女教師らしい。
「気にしないでくれ、先生。許可は取ってある」
「こ、こんなに……? こんなに前に来ちゃうの……っ!?」
「すまない、これでも遠慮している方なんだ」
背中の後ろからから、人をかうような笑い声がこだました。
だが恥じる必要はどこにもない。堂々とすればいい。
「アレが入学主席? 嘘だろ……」
「あの人ー、マレニア魔術院の試験、間違えて受けちゃったんだってー」
「ああそれ知ってる知ってる! アイツがマレニアの連中に追いかけられてるところ見たし!」
「みんな声大きいってば……っ」
「お、俺、さっきアイツにガン付けられた……。すげぇ、恐かった……」
最後のはさっき偶然向かい合うことになって、顔をのぞき込んでみた相手だろう。
「え、不良なの……?」
「マレニアに殴り込みをかけてこっちに来た男だからな……」
「えーー、こわーい……」
というわけで俺は入学早々、浮きに浮きまくった。
前世での修学経験がなければ、軽く落ち込むレベルの浮きまくりふわふわの学校デビューだった。
「えっええーっっ、バロックくん……っ!?」
「先生、実は私も目が悪いんです。グレイボーンくんの隣でも構いませんよね?」
ところがそこで、ジュリオのやつが酔狂を起こした。
おとなしくしていればいいものを、自分まで席を動かして、俺の隣の特等席にやって来てしまった。
「ええぇぇ……そ、そうなのぉー……?」
「おい、お前まで浮くぞ……」
「何も問題ありません。父のせいで既に僕もだいぶ浮いているので……」
「友情……? これってー、友情ってことぉ……?」
うちの担任の先生、かわいいな……。
つい顔をのぞき込みたくなるほどに、先生は教師にあるまじき弱腰っぷりだった。
「お互い目が悪いだけです。そうだよね、グレイボーンくん?」
「お前すごいな……。いや、お前大物になるぞ、普通こんなこと実行に移せない……」
「君は特別だからね」
「ありがとう。だがそのセリフは、ホモ疑惑をかけられても文句を言えないやつだぞー……」
ジュリオ・バロックのおかげで、ずいぶんマシな入学式になった。
彼と中央トラム駅で出会わなかったら、酷い学校デビューになっていただろう。
声のかわいい担任、グローティア先生はこの後、俺たちにイザヤ学術院の教科や仕組みを説明してくれて、その後に学内を回って施設を案内してくれた。
その終点は学生寮で、そこでそれぞれ部屋番号を教わり、今日のところは解散となった。
「やあ、遅かったね。もしかしてまた迷ったかい?」
「ジュリオ……?」
「父上はよっぽど君のことが気に入ったようだ。まさかここまでするとは思わなかったよ」
介入が過ぎる彼の父親、バロック次官のご配慮により、俺は寮の部屋までジュリオと同じにされていた。
「クラスが同じで、席が隣。おまけに寮も同室。これは疑われるな……」
「別にいいじゃないか」
「あまりよくない……」
そこにノックが響き、誰かが入って来た。
「どうも、初めまして。僕――わ、わぁぁぁっっ?!」
やけに甲高い声だった。
入って来るなり悲鳴を上げて、そのまんま部屋から出ていった。
「ベッドが3つ、そういうことか。俺と同じ部屋になるなんて、さっきのアイツもついていないな」
「ちょっと呼んで来るよ。くれぐれも、不用意に相手の顔をのぞき込まないでね? 君のそれは恐いんだ」
「ああ、たまにビンタとかされる」
「女性には止めようよ……」
ジュリオがもう1人のルームメイトを呼びに行くと、さっきの声の甲高い生徒が戻って来た。
早くもジュリオと打ち解けていた。
「逃げちゃってごめんなさい……。噂の方だったので僕、ついビックリしてしまって……。あ、僕、トーマスっていいます!」
機関車……?
と返したら、さすがに変な人だと思われるだろう。
休日の朝によく見かける、あの目がギョッとした顔が脳裏に浮かんだ。
「グレイボーンだ、よろしく。目が悪いので、顔をちょっとのぞき込んでもいいか?」
「あ、ジュリオさんから聞いています。どうぞ、心の準備、出来ていますから……っ!」
トーマスの顔をのぞき込んだ。
頭1つ分も下にある顔に顔を近付けると、水色の髪色のかわいいおかっぱの少年――いや、青年相当の男性がいた。
「ヒッッ?!」
「トーマスくん。睨まれているように感じるけど、彼は精一杯に、目の焦点を合わせようとしているだけだよ」
焦点を合わせるためにまゆをしかめると、トーマスが震える。
トーマスっていうより、トマスって感じの美少年だ。いや、美青年か。
顔を遠ざけると小さな安堵のため息が目の前から上がった。
「さて、自己紹介が済んだところだし。これから明日の予習でも一緒にどうかな?」
「あ、いいですね……! ぜひお付き合いさせて下さい!」
「は……? お前ら、マジメか……?」
ベッドが3つの気持ち広めの部屋に、3人がけのラウンドテーブルが置かれていた。
「グレイボーンくんもどうぞ」
「マジで? 入学初日に勉強とか、それ若者として間違っていないか?」
「そうかな?」
「そうですか? 僕は今日貰った教科書の内容が気になります!」
「まあ、親睦にはなるか……。外をほっつき歩いても、また悪目立ちするだけだろうしな……」
どっしりとした石のテーブルを囲んで、俺たちは教科書に目を通していった。
当然だが、挿し絵が全くない。
科学と数学は現代の知識が通用するからよしとして、それ以外は俺の知らない世界ばかりだ。
「すごい……よく解けましたねっ!? 入学主席って、こんなにすごいんだ……」
打ち解けてみると、トーマスはかわいい同級生だった。
中学生レベルの三次方程式を解いてみせるだけで、なんか拍手までされてしまった。
「ああ、本当にすごいな、君は……」
「語学と歴史はお前の方が上だろ」
「どうだろうね」
始めてみるとなかなか楽しい時間になった。
健全な環境で、健全に勉学に励む。
イザヤにはそのための環境が整えられていた。
学校デビューは最悪だったが、これならなんとかやっていけそうだ。
ルームメイトのトーマスもいいやつで、同じクラスでないことが惜しいくらいだった。
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