第20話 家事は仲良くご一緒に。

翌日。

オレと萌ねえは朝早くからキッチンに並び、一緒に料理をしていた。

作る量は二名分である。

半分はオレの弁当箱に詰められ、もう半分は今日はずっと家に居る予定らしい萌ねえの昼食になる手筈だ。


萌ねえは卵を握り、ごくりと喉を鳴らす。

それから緊張の面持おももちで、構えることしばし――


「……じゃ、じゃあ割るわよ? わ、割っちゃうからね?」


萌ねえが卵を振りかぶった。

かと思うと「……ふんっ!」と強く鼻息を吐き、思い切り食器にぶつける。

当然ながら卵はぐしゃっと派手に潰れた。


「――なんでぇ⁉︎」


オレは嘆く萌ねえに心の中で突っ込む。

いや何でもなにもない。

そりゃあ潰れるだろう。

当たり前だ。


内心軽く嘆息しつつ思う。

どうしてこうなるんだろう?

普段の萌ねえには、別段おかしな所なんてない。

なのにどうしてか、彼女は家事だけが極端に苦手だった。


たとえば料理をすれば焦がす。

食器を洗えば割る。

洗濯物を干せば、どこからか飛んできたカラスに攫われる。

全部こんな調子なのである。


その様子を目の当たりにしたオレは、今後の家事当番は全部オレがやった方が良いと申し出た。

けれども断られた。

萌ねえ的にそれは絶対にダメらしい。

どうしても世話がしたいと譲らない。


なのでここは折衷案せっちゅうあんを取って、家事はなるべく二人で仲良くやっていこうとの決まりに相成あいなった。



ふと隣をみる。

すると卵をぐしゃぐしゃに割ってしまった萌ねえが、肩を落として落ち込んでいた。

メソメソしながら言う。


「……うぅ……また失敗しちゃったぁ……。ごめんなさい、たっくん……。家事は一緒に頑張ろうって約束したばりなのに、私ってば、何の力にもなれてない……」

「萌ねえは力み過ぎなんだよ。卵を割るのも、他の家事も。オレが手本を見せるから見ててくれ」


オレはひょいと卵をひとつ手に取ると、程よい力加減で食器に当てる。

コンコン、パカっと割ってみせた。


「わぁ、すごい! さすが拓くん! 私の自慢の弟なんだから!」

「あはは……。卵を割っただけでそんなに褒められるのも面映おもはゆいけど、まぁこんな感じ。力は要らないんだ。軽く叩くだけで卵なんて簡単に割れるんだからさ」

「そ、そうよね……」


萌ねえは胸の前で小さく拳を握り込み、うんうんと頷いている。


「なんだか出来る気がするわ……。わ、私、もう一度挑戦してみる……!」


萌ねえが卵を手に取って振り上げる。

そしてまた勢いよく潰した。


「――なんでぇ⁉︎」


いや何でもなにもない。

そりゃあ潰れるだろう。

当たり前だ。


前途多難だが、家事については焦らずのんびりやっていこうと思う。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――校内にチャイムの音が鳴り響く。


昼休憩の到来だ。

今日もちゃんと登校したオレは、またしても校舎裏でぼっち飯をしていた。

クラスメートとは、まだまともに会話できていない。

このままではヤバい。

本格的にぼっち街道まっしぐらだ。

なんとか対策を練らねばならない。


だがとりあえず今は昼食にしよう。

オレは今朝萌ねえと一緒に用意した弁当箱の蓋を開けた。

そして中身に目を落とす。


……いやはや参った。

分かってはいたけど、昨日にも増して一段と強烈な見た目だ。

オレが作った分はまだしも、萌ねえが作ったおかずのうち一部は食べ物の色をしていない。


「ぐ……これを食べるのは、中々勇気がいるなぁ」


しかし、せっかく萌ねえと作った弁当なのだ。

食べないという選択肢ははなから存在しない。


「――いざ!」


オレは覚悟を決めると、米とおかずをがむしゃらに掻き込んで咀嚼そしゃくした。

ジャリジャリする。

なんか苦くて辛い。

ミントみたいな風味が鼻を抜けていく。

あと納豆じゃないのに、納豆みたいなネバつきがある。


うーん。

今頃きっと萌ねえもこの料理を食べてるんだよなぁ。

大丈夫かな?

無理してないと良いけど……。

そんな風に心配しながら、口に放り込んだものを嚥下えんかした。

すると――


「なに、なに? 小鳥遊たかなしってば今日もこんな場所でぼっち飯してんじゃん! うわぁ、寂しいやつぅ」


やってきたのは上園さんだった。


「それ手作り弁当? へっへー! おかず1個頂きぃ!」

「あっ、ちょま⁉︎ それは――」


一番ヤバそうだから最後に取っておいたヤツ!


弁当に手を伸ばした上園さんは、オレに制止されまいと、奪い取ったおかずを素早く口に運ぶ。

パクっと食べた。そして、


「――うぶぅ!」


盛大に吐き出した。


「――ぐほぇ! がはぁ! けふぉ! ……な、なな、なにこれぇぇ⁉︎ おえええ。アンタ、あーしに何てもの食わせんの⁉︎」


何を言ってるんだコイツは?

勝手に食ったくせに。

というか人の弁当を強奪しておいてこのふざけた言い草……陽キャはみんなこんなノリなのか?


やはり分かり合えぬ相手だ。

そんな風に感じるも、オレは陰の存在なので言葉にはしない。

涙目でせている彼女に、淡々とした口調で言う。


「何しに来たわけ? ここ校舎裏だぞ」

「ごほっ……な、何しにって、アンタがどうせまたぼっち飯してるだろうからって……けほっ、一緒に昼ごはんを……うぷっ……食べてあげようかなって」

「頼んでないけど」


クラスの中心たる上園さん相手なのに、つい冷たい喋り方になってしまう。

だかこれは仕方のないことだ。

だって上園さんは萌ねえの弁当を吐いたのだ。

いわば罪人である。


「……はぁ、はぁ……ひ、酷い目にあった……」


酷い目とは聞き捨てならない。

たしかに萌ねえの弁当はアレだけど、そこは鼻を摘んででもぐっと堪えて飲みこむ場面だろ。

少なくともオレならそうする。



げぇげぇと嘔吐えずいていた上園さんは、どうにか復活すると、パックの野菜ジュースで口内を洗い流した。


そしてオレの隣に腰を下ろす。

トラウマになってしまった弁当箱から意識的に目を逸らすと、口直しとばかりにサンドイッチを食べ始めた。


……というか本当に何しに来たんだろう。

今日は猫の餌やりでもないみたいだし……。


そんなことを考えながら黙っていると、上園さんは軽くどもりながら話を切り出してくる。


「ア、アンタさ? えっと、今朝のホームルームの話はどうすんの?」

「今朝のホームルーム?」

「た、体育祭の男女ペアダンスの話! 次の月曜日までにペアの相手を決めておけって」


ああ、その話か。

たしかに今朝のホームルームで聞いた話だ。

なんでも我が校の体育祭は五月の末頃に開催されるらしく、今から準備を進めていくそうだ。


しかしこれは困った。

ペアの相手どころか、オレにはまだまともに会話できる友人もいない。

頭を悩ませるオレに、上園さんが変なことを言い出した。


「ど、どうせアンタ、組む相手いないんでしょ? だ、だったら、あーしがペアの相手になってあげてもいーし!」


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