第6話 でぇと……?

 若い男女が街に遊びに出かけることを、デートと呼ぶことは知っている。だが、自分がそれを行う場面が想像できなくて、ネーヴェは困った。

 氷薔薇姫、なんて大層なあだ名のせいで、今まで気軽に男と遊びに行く機会は無かったのだ。そんな甘酸っぱい恋愛をする前に、王子の婚約者やら女王やらになってしまい、普通はどんな風に男女が仲を深めるのか、さっぱり分かっていなかった。


「……ふむ。名案かもしれないな」

 

 シエロは真面目な顔であごに手をあてて考え込んでいる。


「デート云々はともかく、息抜きしても良いのではと思うがな。ネーヴェ」

「……それはそうかもしれませんが。シエロ様は大丈夫なのですか? その、私たち、一緒にいて、おかしな噂を立てられたりしないでしょうか」


 叔母が言い出した「デート」という文言に驚愕したが、確かにシエロの言う通り、城下町にお忍びで行くのは何かしら息抜きになるかもしれない。

 問題は、シエロと一緒に行けるか、というところだ。

 ネーヴェ自身は新女王であり、お忍びで行くにしても、護衛が必要になってくるだろう。

 一方のシエロも表の身分は大司教であり、実は天使という正体も含めると、気軽に出歩ける立場ではない。

 ましてや、二人一緒ともなると……女王も大司教も、立場上、清廉さを求められる。浮名を流すと、信用が失墜してしまう。


「……」

 

 シエロは何か考えているようで、無言だ。

 沈黙を破ったのは、またもやディアマンテの予想外の言葉だった。


「シエロ様、うちの可愛いネーヴェちゃんに、遊びで手を出していらっしゃる訳ではありませんよね? ああ、失礼なことは承知しておりますが、念のため伺いたいのです」

「叔母様!」

「将来どうするか。責任を取るつもりで、お付き合いされていますか」

 

 いや、まだ付き合い始めたばかりで、お互いの気持ちを通じ合わせたのは、ごく最近だ。将来なんて、そこまで話が進んでいる訳ではない。

 ネーヴェは遠慮して欲しいと声を上げたが、ディアマンテは可愛い姪っ子のために譲らない。

 

「ネーヴェ。お前の叔母の言う通りだ。この点に関しては、俺が全面的に悪い」

 

 シエロが物憂げに言ったが、ネーヴェは「心外ですわ」と唇を尖らせた。


「なぜシエロ様が責任を取る話になっているのです? 私は、自分の面倒は自分で見ますわ」


 そう言うと、シエロは不意に穏やかな表情になり、「そうだな」とくすりと笑った。


「お前がそう言ってくれるなら……むしろ、隠さない方が良いかもしれぬな」

「?!」

「無論、公表するのには時期が早い。しかし、それとなく民が好意的になるよう噂を流し、俺たちが一緒にいても不都合のないようにすべきかもしれない。どうだ?」

「シエロ様が、問題ないなら……」


 勢い自分で自分を追い込んでしまったネーヴェは、不承不承うなずく。恋愛初心者だと自覚があるので、付き合ってると宣伝するなんて、恥ずかしくてたまらない。

 ネーヴェは頬を赤らめ、二人の間には仲の良い男女特有の親密な空気、つまり第三者から見れば激甘な空気が漂う。それを目撃したディアマンテは咳払いした。

 

「ほほほっ! 要らぬお節介だったようですね! 私はこれで失礼しますわ。あとは若いお二人で、ごゆっくり~~」

「ちょっ、叔母様!」

 

 二人きりにしないで、と手を伸ばしたが、ディアマンテはわざとらしく笑って、すすすと器用に後ろ歩きで部屋を出て行った。


「……」

「……」

 

 ごゆっくり、って、どういう意味ですか、叔母様!

 ネーヴェはひたすら困惑した。

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