第87階層 とある帝国文官その2

 皇帝陛下達が日本円ダンジョンから戻って来る。


 衝撃の通達があったその数日後、我らは会議室へ速足で向かう。


「いったい何があったのだと思う?」

「いや、普通に国の状況を見に帰って来たのではないか?」

「それにしては帰って来るなり、いきなり会議とは、不思議ではないか?」


 なにせ皇帝陛下が皇都に付いてまだ1時間足らずだ。

 だと言うのに重鎮を集めて、重要な会議を開くと言う。


「もしや、カーラード王国に下る、などと言うつもりではあるまいな?」

「馬鹿な、その様な事があるはずが無いし、あってはならない」


 嫌な予感を感じながらも、我らは会議室に入る。


「………………!?」


 そして中に居た、皇帝陛下を見て、全員が絶句する。


 なんというかその……まるで別人…………とまでは、いかないが、雰囲気がまったく違っている。

 以前の吹けば倒れるような雰囲気であって、それでも鋭さを放っていた陛下が……

 マッチョな筋肉ダルマになっている。


 ニコニコしたその風貌は変わらないが、青白かった顔色は健康的な肌色となり、枯れ木の様だった体は十年は若返ったかのように筋肉が盛り上がっている。


 いやいやいや、何があったの?

 えっ、あれ、本当に皇帝陛下?

 僅か数か月、あのダンジョンシティに居ただけでこうなるの?


 しかもだ、皇帝陛下に目を取られていたが、陛下だけは無い、一緒に向かった側近達も一様にマッチョになっている。


 えっ、こわ~。

 あそこのダンジョンに行ったらマッチョになるの?

 以前は以前で近寄りがたい雰囲気のあるお方達だったが、今度は別の意味で近寄りがたい。


 何が、どうなったら、こうなるの?


「今日集まって貰ったのは他でもない、イース卿が欲しいと言っていた我が国のダンジョンについてだ」


 驚愕している我々の胸の内をしらずか、皇帝陛下がそう話し始める。


「交渉の結果、かのダンジョンは引き続き我が国で管理していく事になった」

「おお……」


 さすがは皇帝陛下だ。

 このお方が居る限り、我が国も安泰だ。

 我らは皆、胸をなでおろす。


「そして管理するにあたって、付随する街の規模を10倍にする」


 ん? んんっ……!?

 今、何やらおかしなセリフが聞こえた気が……

 聞き間違いだろうか?


「あの街を倍の規模にされるのですが」


 隣の同僚がそう問いかける。

 ふう、なんだ、私の聞き間違いか。

 ただ、あの街の規模を倍にするというのも、とてつもない話だな。


「倍ではない、10、倍だ」

「「………………」」


 ばかな! ありえない!!

 人だってどこから集めてくると言うのだ?

 10倍など最早、街の規模ではない、小さな国ではないか。


「お前たちの驚きも良く分かる、だがこれは出来るだけ早急に行わなければならない事なのだ」


 宰相閣下までそう仰る。


 かのダンジョンが攻略されたという事は皆も知っておろう。

 その際に、ダンジョンの主がイース卿に接触を図って来たのだと言う。

 そこでイース卿は、とある契約をダンジョンの主と交わした。


「だ、ダンジョンと契約ですか……!?」

「うむ、ダンジョンコアの破壊を行ない事を条件に――――ダンジョンの持つ知識、技術を公開する事」


 皇帝陛下達はその一端を見て来たと言う。

 遥か空の彼方へ飛び立ったロケットと言う物を。


「私はそれを見た瞬間、身震いをしたよ。雲を突きぬけさらにその先へ……いったい空の向こうには何があるのか……」


 空の向こう……?

 思わず、室内だと言うのに上を向いてしまう。


「そのダンジョンの技術を手に入れるために、早急に街を工場化させねばならぬ」

「何せ期限付きとなっている、あくまで契約はイース卿、個人とのもの」


 イース卿が居なくなれば、ダンジョンの協力も止まる。

 人類がどれだけ発展できるかは、イース卿の存命期間に、どれだけダンジョンから情報を引き出せるかにかかっていると言っても過言ではない。


「少々、他の迷宮都市を放棄しても構わん、それをするだけの価値が、あそこにはあるのだ」


 また、それだけでなく、教育にも力を入れていくと言う。


「カーラード王国は、全国民に対して教育を義務付けるそうだ」


 技術には知識が必須だ。

 知識無き技術など、ただの暴力装置でしかない。

 物は正しく使ってこそ、価値が出る。


 彼の王国では、近場にあるダンジョンで潤っている迷宮都市を一つ潰す事を決定したそうだ。


 潰したダンジョンのコアを持ちいてリニアモンスターカーで街と日本円ダンジョンを結び、迷宮都市を工業都市へ変える。

 そこでロケットや飛行機などの開発を行う。

 我らも負ける訳にはいかぬ。


「教育の一環として、数年間の日本円ダンジョンへの留学を義務付けようと思っておる」


 こちらはそれほど急ぐ物ではないが、カーラード王国より教育の質が落ちるのは何としてでも防がねばならぬ。


「我らの国民を留学させるだけの規模があそこには無いでしょう」

「無ければ作れば良いではないか」


 余っているダンジョンコアならまだまだある。

 相手はカーラード王国だけでもない、他の国も王国の方針に習おうとしている。

 すでにフォースレア王国は、全面的にイース卿を支持し、どんな協力も惜しまないと言ってきている。


「これはもう武力を用いない戦争だ。これに勝利し得た国こそが、世界を支配する国となるだろう」


 まさか……そんな事が……


「お前達も一度、あのダンジョンに行ってみれば良い」

「そうだな、百聞は一見にしかず、とも言うだろう」


 えっ、…………行きたくない。


 陛下達の変わりようを見て、心の底からそう思う。

 いやでも、陛下の指示だ行かない訳にもいくまい。

 大丈夫、1日や2日ぐらいなら……


 たったそれだけで、マッチョになったりはしないだろう。

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