第26話 嫌がらせに来た
準備の終わったクロウが、ようやく幻覚剤を持って出かけた。
クロウがスッと消えたのを確認すると、アウルは大きくため息をついて椅子に座った。
ふ、と一瞬だけ目をつぶって開けた瞬間、目の前に男が立っていた。
「やあ、アウル」
「ああ、パイソンか。何しに来やがった」
クロウは殺気立った目で、そこに現れた、派手なマントの背の高い魔法使い、パイソンを睨む。
「そんな怖い顔しないでくれますか?私はただ君に嫌がらせをしにきただけなんですから」
パイソンはそう言いながら、勝手にアウルの向かいに椅子を飛ばしてきて座る。
「どうやって入ってきた。結界が張ってあったはずだ」
「あれ、殺意とか悪意のある魔法使いを弾くやつでしょ?私は全く君に悪意はありませんからね」
「嫌がらせを悪意と見なさねぇなら、結界の失敗だな」
アウルは苦々しい顔をしてみせる。パイソンニヤニヤ笑って言った。
「私は君と遊びたいだけなんです」
「昨日のザコ共も、テメェの差金か?」
「ああ、全然だめでしたね、彼ら」
パイソンはクスクス笑う。
「勢いだけの子達でね。あんな弱い魔力しかないクロウ如きに降参してしまうなんて」
「クロウは強い」
アウルは間髪入れずに言い切る。
「だいたい、今じゃ落ちぶれたテメェよりも、クロウの方が有名な魔法使いだろうよ」
そうアウルが言った途端、近くにあった戸棚がのガラス大きな音をたてて割れた。
「コトバには気をつけなさい。君は今憎まれ口を叩ける状態じゃないでしょう」
パイソンは恐ろしい顔をして椅子から立ち上がり、アウルに近づいた。
アウルは座ったまま、一切パイソンから目をそらさずにいた。
「私が落ちぶれただって?笑わせてくれますね」
パイソンはアウルの襟首を小指でそっと撫でる。
「私は今の君を小指一本で殺す事も出来るんですよ」
「ふん、出来るかもしれねぇが、やらねぇだろ」
アウルは鼻で笑って見せる。
パイソンはかなりプライド高い男だ。殺すなら、魔法が使えないときではなく、きっちり万全の状態の時に、自分の力を見せつけるようにして殺したいはずだと、アウルにはわかっている。
しばらく二人は睨み合ったままだったが、ふ、とパイソンはため息をついてアウルから離れた。
「まあ、今日はただの嫌がらせに来ただけですから帰りますよ」
「嫌がらせって、人んちの戸棚割ることかよ」
「いいえ。これだけ言いに来たんですよ。―――君の予約している花嫁、カワイイですね」
「は?」
アウルは顔色を変えた。
「おや、今日初めて顔色を変えてくれましたね」
パイソンは嬉しそうに言う。
「アイツには印の腕輪をしている。いくらテメェであっても手は出せねぇはずだ」
「そうですよねー。でももし事故でもあって外れたら?その時どうなるかなーあの子」
「……どうするつもりだ?」
アウルの殺気立った、しかしすこし不安の潜れている顔を見ると、パイソンはとてもゾクゾクしてきて思わず口角が上がってきた。
「どうする?さあねぇ?こんなかんじかな?」
パイソンは鼻歌を歌いながら指を動かして魔法をかける。目の前に人型の霧が現れ、それが無惨に千切れるように消えた。
「ふふ、本当はこんな霧じゃなくてちゃんと見本見せてあげたいんですけどねぇ。ああ、クロウなんかで試してみせようか?」
「さっきも言ったろう。クロウは強い。テメェに殺られたりはしねぇ!」
アウルは思わず声を荒げる。
そんなアウルの様子を見て、パイソンは嫌らしい笑顔を隠すことなくニヤニヤしてみせた。まんまのとパイソンの嫌がらせに反応してしまったことにアウルは苦々しい気持ちで唇を噛む。
「その顔見れたから今日は満足ですよ。それじゃあまた会いましょう。君が花嫁と契った後にでも」
パイソンはそれだけ言うと、スッとマントを翻して消えてしまった。
「くっそ!」
思わずアウルはパイソンのいた場所にコップを投げつける。コップは派手な音をたてて割れた。
パイソンのことは怖くない。数十年前までは最強と名高い大魔法使いだったが、時代遅れの思考で、新しい魔法も覚える気が無かったせいで、今ではアウルの方が魔力も技術も高い。パイソンそれが気に入らなくていつも嫌がらせに来るのだが。
アウルはパイソンを恐れてはいないが、この魔法が使えない時に嫌がらせを受けると、相当精神に堪えるというのが正直なところだ。
パイソンに割られた戸棚、自分で投げたコップ。片付けなくてはいけないことはわかっているが、魔法を使わずにするのは億劫だった。しかし
「このままだと、クロウになんか言われるな……」
心配症なクロウのことだ。今後魔法の使えない時期に一人にすることを断固拒否されてしまう可能がある。
アウルはノロノロと椅子から立ち上がり、ガラス片を片付け始めた。
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